失言
「今日は1日出張にしました。一緒にあなたのキーボードを買って、それからジムに行きましょう。勇者になるなら、まずは名前を売らなきゃいけないので……ソメヤ様には、大会に出ていただく必要があります」
「大会」
「ええ。よくやってますよ。純粋な速度を競う、魔法に適性のない方も含めた大会から、なんでもありの魔法大会まで……今ソメヤ様に出ていただきたいのは、団体戦です」
「団体戦」
「近々、大きな大会があります。各タイピングジムが5人1組でチームを作り、ジムの名をかけて競い合います。昨日行ったジム……バラーズ・ジムのプロチームに入って、それに出てもらいます」
とりあえず、この星には大きな何かの大会があり、私はそこで戦って、多分勝たなきゃいけないということまではわかった。
「こんなぽっと出が入っていいの?」
「もちろん反発はあるでしょう……それを認めさせるのが、今日の私のお勤めですね。だからこんな格好して、わざわざついていくんです」
そういってチェレーゼは、神官らしい装飾を揺らしながら笑う。笑ってもらえると、少し打ち解けられたような気がして、なんだか嬉しい。私には彼女以外、寄る辺が無いのだ。
「その服、気に入ってないの? 似合うのに」
「そりゃあ気に入ってますけども、こういうのは儀式で着るものです。これじゃあ虎の威を借る狐ってやつです……でも仕事のためには仕方ありません」
「こういう慣用句もさぁ、エデンの言語で翻訳されてるの?」
「ああ、そうですね。地球では……えーと……へえ、虎の威を、借る狐、ですか。面白い言い回しですね」
こちらからしたら自然な言葉だから、面白いと言われてるのが面白い。元の言い回しも気になるし、この翻訳システムの仕組みも気になる。
「その逆翻訳みたいなのもどうやってるの?」
「これはエデンの言語の研究者特権ですね。詳しく知らないとできません。まあ、魔法の一種で……えい」
チェレーゼはキーボードを顕現させた。キーの一部が可愛らしい水色に置き換わっている。そういうオシャレなのだろうか。
「じつは、こっそり詠唱して魔法を使ってたんです。見せるとこんな感じ」
そういって、チェレーゼはかたかたと何かを打ち込み、Enterを押す。目の前に映像が表示されているが、正直見てもあまりわからない。言語が通じない、というより、内容が難しすぎて、知らないカタカナ語がたくさんあるような感じだ。ただ、魔法というよりプログラミングみたいだな、と思った。魔法は科学のひとつなのだというのは、確かに真なのだろう。
「こんな感じで、魔力を込めながら詠唱して、聞いた言葉を打ち込むと、この魔法が直訳した文章に直して教えてくれるんです。何か変だな、と思ったらすぐ使える日常魔法にしたいのですが……一般化するにはちょっと、まだコストが高くて」
「へえ……」
「キーボード、どんなのがいいですか? 私みたいに二つ以上持つこともできますよ。今見せたのは物理キーボード、事務仕事とかは全部これです。私の愛用品。こっそり詠唱するときに使うのは非物理型で、常に顕現させておいて、目立たない場所で打てるようにしておくんです……集中力が必要ですが、実戦では絶対に使いたい技術です」
ぺらぺらと実戦の話をするチェレーゼに、私は少し面食らう。『少なくとも、この部屋の中では一番』と言っていたのを思い出す。普段は敬虔な神官、落ち着いた研究者、といった出立ちの彼女が、高速タイピングで敵と戦うところを想像してみた。なかなかかっこいい。
「チェレーゼ……強そう。チェレーゼが第二の勇者になったら?」
「いやいや、だめですよ。私は勇者の腰巾着だっただけです」
「まっさかぁ、せめて名脇役の間違いでしょ」
ははは、でも、本当に無理なんですよ。そういって笑った彼女の顔は、朝と違って、少し悲しそうだった。勇者について思い出しているのだろうか。私はまた失言したのだな、と密かに反省し、もうこんなことは言うまいと誓った。理由も、避けた方が良い事柄も、何にもわからないけれど、ともかく、こんな顔はさせまいと思った。




