同盟関係
「チェレーゼの天啓については聞いたか?」
「聞きました。昨日。<ハンティング>……ですよね」
「それは表層的な部分に過ぎない。私たちの目的は……チェレーゼの天啓を完成させることにあった」
「完成?」
オリバーも言っていたが、知らない概念だ。私が訝しげにすると、彼は丁寧に教えてくれた。その雰囲気が、難しいことを講義するときのチェレーゼやピグトニャに似ていて、なんともいえない切ない気持ちになる。
「そもそも固有魔法とは、天啓の子のうち片割れに過ぎない。固有魔法と反動を合わせて天啓であり、その二つが真に融合したとき……固有魔法よりもさらに強力な効果が得られる」
「ふむ」
「完成の条件は、自ら探すほかない。ほとんどの者は、完成のためのわずかな手がかりさえ掴めないまま生涯を終える。しかしチェレーゼは……ピグイタンにきて1年も経たずに、ある現象を起こした」
「ある現象……」
「チェレーゼの固有魔法は……魔力を使った何かとしてしか返せない。魔法、錬金物、単に魔力を返すだけでもいい……しかしあの日のチェレーゼは、全く別のものとして返した」
「それは……なんですか?」
エイリムは少し言い渋ったが、覚悟を決めたのか、口を開いた。
「……愛だよ。チェレーゼへの愛情だ」
「!?」
そんな不定形なものとして返せるのか? 今まで習ってきた魔力素子の動きとしては、かなりおかしい。
「それは……精神魔法とかではなく?」
「私もそう思ったが……チェレーゼの固有魔法では、相手になんらかの魔法を返した場合、返された側はそれを使う権利を得るのであって……得た魔力を使って攻撃することはできない。その上、どうも魔力の動きがおかしかった……。私は魔力素子観測装置の前で実験を繰り返したが……結果、愛を返した場合のみ……魔力素子はチェレーゼの体内に残っていた。明らかに魔法の挙動ではなかった……科学を超越している! つまり……、神の奇跡だ!」
「……」
「被験者はとある犯罪者だったのだが……チェレーゼから魔力の8割程度を愛に置き換えられたとき、ひどく敬虔な信徒として生まれ変わったよ。以降、彼の中には失った魔力の代わりに、チェレーゼへの親愛が渦巻いている。もちろん、全く悪いことはしていない」
「怖……」
あまりに怖くて素が出てしまった。
「そのときのチェレーゼは、自分が何をしたのかをあまりわかっていないようだった……普段の固有魔法の発動と違い、完全に無意識下で行われるらしい。しかしこれは……世界を平和にできる力だと、神の恩寵であると……私は感じた」
「……」
「再現実験を何度も試みた。そこでひとつの仮説がたった……これは、同一人物に繰り返し固有魔法を使った後、然るべきタイミングで発動するのではないかと」
「……」
「……その仮説に基づき、何年か実験を繰り返したが、うまくはいかなかった……被験者たちは、魔力を奪われて衰弱するばかりだった。当時のチェレーゼはまだ魔力制御が拙く、あまり多くの魔力を被験者に返すことができなかった。最初の被験者は、偶然にも、類い稀に見る魔力の回復速度があったからなんとかなったのだ……そこで、同様の才能があった、当時6歳のオリバーに白羽の矢が立った」
6歳。その年頃で、魔法の実験台になるなんて、どんな思いだろう。チェレーゼはおそらく15歳……二人とも、あまりにも子どもすぎる。私は嫌悪感から思わず顔を顰めたが、彼は続けた。
「オリバーはまだ幼かったし……例の被験者は幸せそうだった。天啓の完成が訪れれば、子どもたちのためになると思った……なにより、チェレーゼが意識的に、しかも誰にでもこれを行えるようになれば、より強力な魔法となり、平和への足がかりになる」
「……愛に置き換えられた分の魔力は、二度と回復しないんですか?」
「ああ……そうなる」
「ということは……魔法は使えなくなるんですか? 他にも体に悪影響とか……」
「悪影響はほぼない。生命維持に必要な最低限度の魔力量を下回らなければな。魔法は高確率で使えなくなるだろうが……それがなんだというのだ? 魔法が使えない民などいくらでもいるが、皆平等に国民だ。この国ではな。私はいずれメヒェリエ中を、この国のようにするつもりだ」
「……だとしても、最初から使えないことと、奪われることは明確に違う」
「しかし、代わりに大いなる愛を得る……ともかく、悪い取引ではないと私は考えたのだ」
「……」
この人は大局を見るあまり、人間味を失っておかしくなってしまったのだろうか。博愛主義者だとピグトニャは言っていたが、私には、心や愛の代わりに虚無が巣食っているように見えた。
「それを私にもやろうということですか? 魔法を使えなくなれば、勇者になるどころじゃなくなる気がしますけど」
「それを提案したのは私ではない……チェレーゼだ。チェレーゼには、自分の天啓を完成させ、悪に溺れ救われない人々を助けたいという想いがあった……私も同じだ。私たちは志を共有していた。君を召喚した直後、ソメヤ・イツナの体内魔力量、魔力回復速度、魔力効率、あらゆる条件が実験にちょうどいいと……チェレーゼ本人が言ったのだ。天啓の完成のため更なるデータが欲しいだけで、君の魔力を奪い尽くすことが目的ではない。しかし……オリバーで一度失敗しているから、本人に言うのは得策ではないと……。私もそのとおりだと考え、秘密作戦として協力することにした。といっても、私にできることは多くない。チェレーゼの報告を受け、分析し、記録し、研究者として助力する程度のことしかできない」
私は、その研究結果がしたためられていた、隠しファイルのパスワードを思い出していた。チェレーゼとピグトニャの誕生日……。じゃあ、オリバーは?
「……それなら、どうして今日の朝、そいつは私を入隊させるようにと言いにきたんでしょう? 私のそばにいたほうが都合がいいのに」
「簡単なことだ……実験は十分に行った、手がかりを得たからもう大丈夫、そろそろ勇者候補計画に進捗がないとスケジュール的にも困るだろうし、わがままを言って悪かった……そう言ってきた。だから入隊を許可した」
時間的に、オリバーがチェレーゼに変身し、これを伝えに行ったのだろう。作戦がうまくいかなかった時のため、私とチェレーゼを物理的に引き離しにかかっていたのか。ヴェーラの真の目的を含めわからないことだらけではあるが、多くの情報を得ることはできた。
「……ソメヤ・イツナ殿。あなたに色々と隠し立てしてきて申し訳なかった。しかし、我々はあなたに危害を加えたいわけではない……我々は、世界を平和にしたいだけなのだ」
「……完成させたチェレーゼの天啓を、あらゆる人に使うんですか?」
「そうだ。そうすれば、この世には平和が訪れる……たとえチェレーゼが死ぬまでの、瞬きのような短い平和だとしても、その間に世界の福音化を大きく進めることができるだろう。メヒェリエだけではない……異界も含めた世界全体の人類に、倫理的な進化が訪れる」
「……言いたいことはわかりました」
「そして……こちらの都合で申し訳ないが、今後も助力を願いたい。今度は騙し討ちのような形ではなく、正式に。チェレーゼ自身が手がかりを得たと言っても……完成したという口ぶりではなかった。しかし、いつまでもここで停滞してもらうわけにもいかない……ソメヤ殿の入隊は、国の都合とバランスをとった妥協案にすぎない。できれば、今後も実験を続けたいと、私は元々考えていた」
「そうですか……」
私は考えるフリをして見せたが、心は固まっていた。ファーザー・エイリムとのコネクションを、このまま捨て去るわけにはいかない。ヴェーラがいない今のうちに、彼にどうやってヴェーラが接触したのか、ヴェーラはいつチェレーゼと入れ替わっていたのか、ヴェーラの真の目的は彼の言うとおり世界平和なのか、他にあるのか……その辺りを確かめなければならなかった。それに、天啓を完成させるとしたら……私の知っているチェレーゼが、その力を持たねばならなかった。このままヴェーラにこの力を渡すことは危険だ。
「わかりました。実験には協力します。でも、あなたの言葉を借りるなら……100%信用したわけではありません。 昨日の朝の件といい、不可解なことはまだ多い……私にもっと情報をください。申し訳ないと思うなら」
「……約束しよう。あなたといた娘と、私といた娘……どちらが本物かは、どちらにせよ確かめなければならない」
私は、スッと両手を差し出す。
「エイリム・イグノジー大神官様……親友のお父様として、あなたのことを信じます」
「……光栄だ、勇者候補……ソメヤ・イツナ殿」
そうして私たちは、硬く両手を握り合った。




