怪しい状況
「……状況を整理しよう。姉さんは、護身用のナイフで胸を刺した。幸い心臓には届かず……絶対安静だし意識もないが、生きてる。……嫌なことを言えば、姉さんが入院してる間は、ヴェーラを恐れずに行動できるってわけだ」
「……」
「……固有魔法は使えたか?」
「……バレてたか。搬送中に試したよ……意識がないから完全に無防備だった。チェレーゼは自分ごと、ヴェーラを葬ろうとしたみたい。そうでなくても……元々、精神を病んではいたんだと思う」
激動の1日だった。私と同じ病院の夜間救急にチェレーゼが運ばれたものだから、医師もびっくりしていた。
『数時間しか経ってませんよ! 何があったんですか!?』
『……自傷です。事件じゃない』
『1日に2回も、同じ現場で自傷ねぇ……まあ、事情の追求は医師の仕事ではありませんね。チェレーゼ神官様は、ひとまず無事です……優秀な当直医がいてよかった』
現場の責任者であるらしいその人は、しきりに顎を撫で、こちらとはあまり関わりたくなさそうに、目を逸らしていた。
『……できれば、まだ内密にしてもらえませんか。マスコミに騒がれたくない』
『ピグトニャ様がそうおっしゃる以上、私たちが発表することはしませんが……警察には通報せざるを得ません。警官を説得してください。あと、大神官様にも連絡します』
『父には……俺から連絡します。警察への通報も、それまで待ってくれませんか。どうか……どうか。このとおりです』
ピグトニャが深く頭を下げ、私も慌ててそれに倣う。病院の床には塵ひとつなく、無機質に清潔だった。
『……あなたと大神官様の命令が違えば、大神官様に従います。恨まないでくださいよ』
『構いません。ありがとうございます』
そして、今に至る。私たちは時間外ということで病院を追い出され、病院の前のシティホテルに一泊することとした。必要であれば連泊もできるようだ。
「ヴェーラについては……最初に固有魔法を使った時から見えてたのか?」
「ううん、見えてない。完全に本人の意識外にいたんだろうね……さっきはちゃんと見えたよ」
「共有してくれないか」
「勿論」
そうして私は、チェレーゼを通じて見えたヴェーラの概要を説明した。
名前:ヴェーラ
年齢:不詳(肉体年齢はチェレーゼと同様29歳であるものの、本人の自認が不明)
性別:おそらく女性
性格:臆病で泣き虫、逃避傾向が強いが、気が強い部分も持ち合わせる(※チェレーゼの主観である点に注意)
能力:不明。ただし、身体の主導権を奪い合う際、精神世界において魔法を使用
天啓:不明
備考:ユーシャ・リリヴェージュのことが好き
「なんだこの備考は……」
「知らないよ。でも読める限り読もうとしたら出てきたの。逆にいうとこれしかない……記憶を遡ればもっと深い情報が出てくるかもしれないけれど、反動が来そうになってやめた」
「はぁ……まああいつは姉さんの幼馴染だから、初恋の相手だったのかもな……ヴェーラが実体を持ってたのって、俺が生まれる前だし」
俺が生まれる前だし、に、少し怖気を感じる。オリバーが言っていたように、本当に恋人同士、あるいはそれに近い感情が二人の間にあったらどうしよう。きょうだいでなんて私には考えられないが、多様性として認めるべきだろうか。令和は多様性の時代だし。でもメヒェリエではどうだろう。もしかすると、きょうだい婚も当たり前の可能性もある。そしたら、私がいる間に挙式を上げさせて、今は行方不明らしい勇者をなんとか見つけて、友人代表スピーチをやってもらいたい。それを見届けないと帰れない。




