裏目
「パパがグルだとしたら……何が狙いなんですか? オリバーなんて、常々あいつを殺すって息巻いてたのに……」
「ヴェーラが二枚舌なんだろ……パパはヴェーラを姉さん自身だと思ってて、ヴェーラとオリバーは上手いことパパを利用したってせせら笑ってる……こうだろうな」
「……あの人の観察眼は侮れませんよ、ピグトニャ。まして私は娘なのだから……」
「はっきり言っておくけど……ここだけはオリバーに同意する。パパは俺たちのことを、駒としか思ってないよ」
疲れて寝っ転がっていたチェレーゼだが、勢いよく起き上がって反論を試みる。
「そんなことっ……」
「じゃあ、なんでオリバーには愛情を注いでやらなかった? ……いや、ちがうな。パパは俺たちのことも愛してるよ。でも……特別な息子や娘としてじゃない」
「……」
「あの人は……ピグイタン王国民すべてを……いや、世界の人すべてを……平等に愛している。俺たちを愛するように、そこらへんの国民を愛している……まさに大神官に相応しい……博愛の人だ。姉さんだけは違うんだろう……俺はそう思っていたが、この状況から見ると……姉さんのことも、特別な才能のある人間として丁重に扱っていたにすぎない……そう考える方が……しっくりくる」
チェレーゼは、10秒ほど深呼吸をしてから、そうかもしれませんね、と呟いて、低い天井を仰いだ。私は、この家族に抱いていた違和感の答え合わせを前に居た堪れなさを感じていたが、足音ひとつ立てるわけにもいかず、ただ、突っ立っていた。
「俺たちはうまくいった。ある程度大きかったし、俺には姉さんが、姉さんには俺がいたし……なにより、最悪な親というのを知っていた。それと比べたら、あの優しさは特別だった……俺たちはあの人に命じられるがまま、親しみを込めてパパと呼び、父さん、母さん、と呼んでいた、元の親を捨てた」
「……」
「それと比べてオリバーは……本当に赤ちゃんの頃から育てられている。あの人が唯一の親なんだ。その親が、仕事で忙しくなかなか関わらず……任期があってコロコロ変わる乳母に世話を任せきり……その上、姉さんの天啓の完成のために、利用してきたんだ……恨んだって仕方ない」
「……そう思うなら、あの日……どうして、オリバーの元につかなかったのですか」
「姉さんがいたからに決まってるだろ!」
ピグトニャは怒ったように鉄格子を掴み、大きな音を立てる。ちょっと、と止めようとするも、睨まれて怯んでしまった。激情、と呼ぶに相応しい感情が、彼の瞳に燃えていた。
「俺は姉さんさえいればいい……姉さんが、俺の心臓だった」
あまりの発言に、思わず叫び出しそうになった。それはシスコンどころじゃない。
「……その割には、パパといるとき、いつも寂しそうにしていますよね」
「……」
「愛されたいって……本当は思ってるんでしょう? ごめんね……親代わりになれなくて」
私は、ファーザー・エイリムに撫でられていたピグトニャの、複雑そうな表情を思い出した。照れくさいような、嫌がっているような……あれはそういうことだったのだ。
「違う……いい、姉さんに、そんなことまで求めてない……」
「ヴェーラは狡猾にその心の隙に漬け込んで……あなたをたらし込もうとしたのですね。オリバーにしたのと同じように」
「でも、姉さんのせいじゃない……」
「至らない姉でごめんなさい、ピグトニャ……そして、ソメヤ様も」
「え、わたし?」
完全に蚊帳の外だと思っていた私は、何が? と返したが、彼女は反応しなかった。代わりに、服の隙間に手を入れて、鈍く煌めくものを取り出す……。ピグトニャはすぐその意図に気がつき、血相を変えてこちらに手を伸ばした。
「鍵!」
私も慌てて鍵を出すが、もう遅かった。牢の中に入ったときには、チェレーゼの口から、ごぼ、と嫌な音を立てて血が流れ、彼女の横たわるクッションを、赤く、じわじわと染め出していた。
「救急呼べ! 俺は上に運ぶ!」
ここでは治癒魔法も使えないのだ。私の入隊も、地下牢へチェレーゼを運んだのも、良かれと思った行動がすべて裏目になってゆく。ピグトニャはそれでも必死に、正しいカードを選ぼうとしている。私もがむしゃらになるほかなかった。




