本当の
「私は、おそらく4歳か5歳の頃に生まれました。ピグトニャが生まれる直前か、生まれたばかりの頃です。それ以前の記憶がないのは、不自然な歳でもないと思っていたので……気にしたことはありませんでした。けれど、あのスラムを出るまで、私はヴェーラと交流がありました。本当に、どうして忘れていたんだろう……。
私は、ヴェーラの受ける虐待を、代わりに受けるために生まれました。ヴェーラは……緩衝地帯のスラングで、「本当の」という意味合いです。だから、基本人格である彼女の方をヴェーラと呼び、私は名無しのまま生きていくことになりました。ヴェーラは庇護者たる私を愛し、私も保護対象としてヴェーラを愛しました。けれど、ファーザー・エイリムが来て……私たちは初めて対立しました。どちらが彼の娘に……チェレーゼ・イグノジーに、なるべきか?
私が今までずっと表に出て生きていたのだから、私がなるべきだ、見初められたのは私と弟なのだ……お前じゃない。私はそう主張し、ヴェーラは……お前は私を幸せにするために生まれたんだから、もう要らない。そう言いました。彼女は主導権を奪おうとしましたが……もはや、私の方が、この体で生きた時間が長かった。勝負は私が勝ち、ヴェーラは眠りました。そして私は……私が最初からこの体の持ち主だった。そう、記憶を改変し……ずっと生きてきました。彼女のことを忘れて」
私とピグトニャは、黙ってその話を聞いていた。何も口を挟むべきことはなかった。
「ヴェーラは……時々目覚めていたのかもしれません。……彼女がやりたいことは、なんとなくわかります。憎い私を押し退けて……本来の自分の体を取り戻したいのです。こうなった以上、私が自由に行動するのは、二人にとって危険です……私はここに幽閉されて生きるべきです」
「それは極端じゃないかな……まずカウンセリングを受けないと」
「ヴェーラは何をするかわかりません! まずは私自身がヴェーラと話さないと……でも、どうやっていたのか、思い出せないんです……昔はあんなに、話していたのに。必要なら体を返さないと……この権利は本当は、あの子のものだったのだから……」
「姉さん」
ピグトニャは優しい声で語りかけ、牢屋越しにチェレーゼと額をくっつけ、ひそひそと囁く。
「俺の姉さんはひとりだけだよ、チェレーゼ・イグノジー……俺を育ててくれたのも、想ってくれたのもあんただけじゃないか……」
「……ヴェーラも、ピグトニャを想っていないわけじゃない……だからこそオリバーも、あなたを味方に引き入れようとしてる。そうじゃないかと、思う」
「伝わらないものは無いのと同じだよ……俺にとっては。本当の姉さんはあんただ、他には要らない……もしヴェーラが俺の姉さんになって、チェレーゼが二度と現れないとしたら……俺はそいつを殺してしまうよ」
二人の間に流れる空気が妙に気まずい。お前ら気持ち悪いな! と叫んだオリバーの気持ちが、今なら少しわかる。




