ハムストリの箱
「パパがアホなのか、あるいはあえてなのか、俺でも見れるような場所に、まめに日記をつけてた……場所は後で言う。とにかく、その中には……姉さんが眠るソメヤに<ハンティング>を使い、例えば……姉さんが一度の詠唱で可能な限りの魔力を奪い、散逸しなかった魔力のうち1%のみを返したとき、ソメヤの残存魔力はどの程度か、呼吸の乱れ等健康への影響はあるか、その後どのぐらいのスピードで魔力が回復して安定するか……。そんなことを記録していた。理由は書いてない。そして、姉さんの体内魔力の増えた分は……ある魔道具の中へ仕舞われている」
「……まさか、」
「そう……ハムストリの箱」
チェレーゼは慌てて何かを打ち込む。すると画面が現れる。それをスクロールしたチェレーゼは、顔面蒼白でさらにキーを打ち込み、ポータルから何かを取り出した。
「普段私が物を忘れないから……ポータルの中身リストを見る習慣がないから、気づけなかった……」
ことん、と置かれたそれは、直径5cm程度の立方体で、色は斜めに白と青で分割され、側面には、私には意味のわからないシンボルが描かれている。
「ピグトニャ! どうしてすぐに言ってくれなかったの……!」
「姉さんがグルの可能性を考えてた……それに、ハムストリの箱は休眠状態。起動まで3年はかかる見通しだ。ソメヤの体調にも影響なさそうだったし……姉さんとパパの意図を、もう少し探りたかった」
「……そうですね。声を荒げてごめんなさい……正しい判断です。固有魔法を使う……それは本人にしか、普通できない……」
「そう。でも、俺は、姉さんが自分の意思でやってるとは思えなかった……姉さんの体を利用している誰かがいると思った。とりあえずソメヤに伝えて、用心するように話した。それが、最強決定戦のすぐ後ぐらいの時期。……ソメヤ、あいつは、俺が害はないって説明してたとか、言ってたんだよな」
「言ってた」
「話したのはこの家の、ちょうどこの辺りだから……ヤツの固有魔法の有効範囲的に……オリバーが俺らを"盗み聞き"してた可能性は低い。情報は他から漏れた……あるいはハッタリだったと考えるべきなんだが、それにしては妙に具体的だ……盗聴器が仕掛けられているか、オリバーがあのときこの家に忍び込んで……固有魔法さえ使わずに直接聞いていたか、他の強力な天啓を持った第三者がいるか……考えられる可能性はその辺りだが……どれにしても、やはり、あわてて話に来た俺が迂闊だった……そういうことになる」
すまない、と、今度はピグトニャが頭を下げた。チェレーゼは、ハムストリの箱、と呼ばれた魔道具を目の前にして考え込んでいる。
「オリバーの不法侵入はほぼないと言っていいでしょう。時系列が合いません……あの大会は3ヶ月ほど前です。そんなに長期間脱獄しているわけがありません。盗聴器もないでしょう……神官用宿舎は常に盗聴を妨害するための電波を発していますし、電波の影響を受けない単なるボイスレコーダーのようなものだとしても……誰にも知られずに取り付け、回収するというのは、至難の業です。それこそオリバー並の変身魔法の使い手が、合鍵を作ったりでもして不法に忍び込み、しかも私に気づかれない必要があります。このハムストリの箱を私のポータルに仕込み、私を夜な夜な操っている誰かさんなら可能かもしれませんが……これは、ファーザー・エイリム側の人間が仕込んでいるはず。父や私を憎んでいるオリバーとは、無関係のはずです。ありえるのは、その他の第三者ぐらいじゃないでしょうか……オリバーが頑なに口を割らない、忠誠を誓う誰かさんとか」
「……そもそも、二人の防御魔法は強力だから、人の天啓も防げるでしょ? 悪いとしたら私……私がつけられていて、固有魔法を使われたとか」
「おまえが外で俺以外の誰かにあの話をしようとしたことがあったなら別だが、そんなことしないだろ。あれは、単なる内心は読み取れない」
「それはそっか。ううん……まあでも、わかんないことは考えても仕方ないんじゃないかな。それもこれも、私の固有魔法でわかるんだし」
チェレーゼは思案しながら、私に問いかける。
「……それほどまでに深く、相手のことがわかるのですか?」
「かなり」
「……オリバーをチート級と言っていましたが、ソメヤ様もじゃないですか」
「えへへ、そうかな〜」
「そうだろ……」
とにかく、と、私は会話を自分に持っていき、自信満々に話した。
「この力があれば、拷問なんて必要ない。チェレーゼが手を汚すことなんてない」
「……よくわかりました。一考の余地はありますが、いくつか不安な点もあります。まずは反動のこと……ソメヤ様の天啓の反動は判明していますか?」
「……これも、嘘ついててごめんねなんだけど……実は、昨日体調不良って言ってたのは……天啓の反動のせいだったの。それで動けなくて、ピグトニャの家に泊めてもらうしかなかった」
「……家に帰れないほど、強力な反動なんですか?」
「そう……私は天啓を使い続けると、ある時点から、その対象以外の物事をほとんど認知できなくなる。何も見えない、聞こえない、感じない。それは対象が離れた後も、しばらく続く。触覚はあって、テレパシーは伝わる……ああ、あと骨伝導イヤホンで音を聞くこともできたけど、あれは治りかけだったからかも」
「……なるほど。それで、テレパシーができるピグトニャから離れられなかったのですね」
「うん。……ごめんね」
「いいんです。私がソメヤ様の立場でも、同じように真実を隠しますから。むしろえらいですよ」
ピグトニャに安易に天啓を話そうとして怒られたのを思い出した。えらいのは、私を戒めたピグトニャである。




