表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/16

第9話

美月が言う。


「うん、せっかくだし」


昭人くんも頷く。


私は少しだけためらった。


(うーん……)


正直、あまり気が進まない。


でも――


「一人で残るのも危ないしね」


その一言で、私は小さく頷いた。


「……じゃあ、行く」


中に入った瞬間、空気が変わる。


狭い通路。


低い天井。


湿った空気。


(……やばいかも)


胸の奥が少しざわつく。


私は、軽い閉所恐怖症だった。


「大丈夫?」


美月が小声で聞く。


「うん……たぶん」


そう答えながらも、正直きつかった。


昭人くんが、何か説明している。


構造のこと。


作られた時代のこと。


でも――


(ごめん、今それどころじゃない……)


耳に入ってこない。


ただ、前に進むことだけで精一杯だった。


しばらくして、空間が少し開ける。


「ここが、大回廊です」


昭人くんの声が聞こえる。


見上げると、思ったよりも高い。


「……あ」


少しだけ、呼吸が楽になる。


圧迫感が和らいだ。


さらに進み、「王の間」へ。


昭人くんは、どこか誇らしげに説明していた。


「約四千五百年前に作られて――」


(四千五百年……)


その言葉だけが、妙に残る。


観光客の姿も多く、少し安心した。


でも、空気はどこか重くて、湿っている。


長くいる場所じゃないな、と思った。


外に出たとき、思わず大きく息を吸った。


「はあ……」


乾いた空気が、気持ちいい。


そのまま、隣のピラミッドへ向かう。


巨大な石。


積み上げられた形。


(……なんで、これできるの?)


誰もが思うであろう疑問を、私もそのまま抱いた。


そして――


視界の先に、それが現れた。


スフィンクス


「……うわ」


思わず、声が漏れる。


大きい。


そして――


動かないのに、圧がある。


まるで、そこに立ちはだかっているみたいだった。


(来るなら来い、って感じ……)


そんなふうに見えた。


守っている。


ずっと、ここを。


「ねえ」


私は小さく言った。


「イスラエル人って、このピラミッド作るために働かされてたんだよね?」


なんとなく、そう思っていた。


「それは、違うみたい」


美月が答える。


「え?」


「イスラエル人が奴隷になってたのは、もっと後らしいよ」


「そうなんだ……」


私は少し驚いた。


(ずっとそうだと思ってた)


なんだか、この旅は――


学校で習ったことの“やり直し”みたいだ。


でも、今は違う。


ただ覚えるだけじゃない。


ちゃんと、考えている。


(まあ、ミッションスクール出てて何も知らないのもね……)


そんな現実的な理由も、頭をよぎる。


私たちは、そのまま敷地内のレストランに入った。


(……レストランあるんだ)


少し意外だった。


砂漠。


ピラミッド。


レストラン。


どうにも、しっくりこない。


でも――


目の前にピラミッドがある場所で食事をする。


それは、確かに贅沢だった。


食事中も、昭人くんはよく話していた。


歴史。


構造。


いろいろ。


美月が主に聞き役になっている。


私は――


正直、あまりついていけていなかった。


その隙を見て、美月に小声で聞く。


「さっきの話だけど」


「うん?」


「イスラエル人が奴隷だった時のファラオって、誰?」


美月は少し考えてから言った。


「たしか……ラムセス王って言われてることが多いかな」


「ラムセス……」


「都市を作るために、労働させたって話」


「へえ……」


私は少しだけ考える。


「……なんかさ」


「うん?」


「この旅行で、やっと興味出てきたかも」


自分でも少し不思議だった。


「今まで習ってきたこと、ちゃんと知りたいなって」


美月は笑った。


「はは、良かったね」


「うん」


「だってさ」


私は少し照れながら言う。


「同じ会社で外資系だし。海外行って何も知らないのもね」


「えらいえらい」


美月が軽くからかう。


二人で笑う。


昭人くんは、そんなやり取りには気づいていないようだった。


まだ、どこか遠くを見ていた。


会話がふと途切れた、そのわずかな隙間に、昭人くんが遠慮がちに口を開いた。


「あのー……」


 ピラミッドを見上げていた美月と私は、同時に彼の方へ振り向いた。


「あの、王家の谷に行きたいんです」


 その言葉は、どこか控えめで、それでいて確かな意志を帯びていた。


「王家の谷って、いろんな墓が見つかったところよね。いいんじゃない? ねえ、菜々」


 美月が軽やかに言う。


 私は一度だけピラミッドを振り返った。あの巨大な石の塊は、すでに十分すぎるほどの存在感を私の中に残していた。


「うん、いいんじゃない? せっかく来たんだし」


 そう答えながらも、心のどこかで“距離”という現実を考えていた。


 すると昭人くんは、少し言いづらそうに続けた。


「それが……ここから、かなり遠いんです」


「えっ? どれくらい?」


「……五百キロぐらいです」


「えっ?」


 思わず、美月と顔を見合わせる。


「マジで? どうやって行くの?」


「あのー……カイロに戻って、飛行機でルクソールに行かないと……」


 さらりと口にするが、その行程の重さは、私たちでもすぐに理解できた。


「どれくらいかかるの?」


「カイロまでを入れると……四時間ぐらいです」


「まじか……」


 美月が小さく息を吐く。


「じゃあ、今日はこれでピラミッドは終わり?」


「そうなりますかね……。あっ、でもいいです。僕のわがままなんで……」


 最後の言葉は、どこか引っ込めるように小さくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ