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第8話

翌日。


夕方の便でエジプトへ向かうことになっていた私たちは、


出発までの時間、ローマの街をゆっくり歩いた。


石畳の道。


柔らかな光。


行き交う人たちの声。


どこを見ても、少しだけ映画みたいだった。


「……あれ?」


ふと、時計を見る。


約束の時間を少し過ぎていた。


「昭人くん、遅いね」


「ね」


美月と顔を見合わせる。


珍しい。


いつもは、必ず先にいるのに。


しばらくして、昭人くんが小走りでやってきた。


「すみません、少し遅れました」


「全然いいよ」


そう言いながらも、私は少しだけ違和感を覚えた。


(なんか……)


様子が違う。


いつも無口だけど――


今日は、さらに言葉が少ない。


美月が、そっと私の耳元で囁いた。


「ねえ、奈々」


「うん?」


「昭人くん、緊張してるんだと思う」


「え?なんで?」


美月は少しだけ笑った。


「いよいよ、エジプトだから」


(ああ……)


私は小さく頷いた。


なるほど。


ずっと楽しみにしていた場所。


(そりゃ、そうなるか)


ちらっと昭人くんの方を見る。


落ち着いているように見えるけど、


どこか内側がざわついているような気がした。


(まあ、それくらいのご褒美、あってもいいよね)


心の中でそう呟く。


ここまでの旅。


無駄のない移動。


無理のないスケジュール。


どれもこれも、昭人くんのおかげだった。


(たっぷり楽しんでください)


そんな気持ちで、私は少しだけ微笑んだ。


その日の夜。


私たちはエジプトに到着した。


カイロ


空港を出た瞬間、空気が変わる。


少し乾いた風。


どこか重たい夜の匂い。


ロンドンともローマとも違う。


ホテルに直行し、チェックインを済ませる。


「とりあえず、レストラン行きましょうか」


いつもの流れ。


いつものように、明日の予定を確認するはずだった。


でも――


「明日は……ピラミッドに行きます」


昭人くんが言った。


それだけだった。


「……それだけ?」


思わず聞き返す。


「はい」


短い返事。


(あれ?)


少し違和感を覚える。


今までなら、もっと細かく決まっていたはずなのに。


美月が小さく笑って言った。


「自分のことになると、苦手みたい」


「……なるほど」


私はなんとなく納得した。


(でも、詳しいなあ……)


ふと、そんなことを思う。


美月と昭人くん。


並んでいる姿を見て――


(まさか……付き合ってる?)


頭をよぎる。


でもすぐに、首を振った。


(いやいや、ないでしょ)


結局、その日は


「明日の朝、ピラミッドへ行く」


それだけを決めて、部屋に戻った。


そして――


翌朝。


もっと大きな問題が発覚した。


「……え?」


思わず声が出る。


「一泊分しか、予約してない……?」


昭人くんが、少し困った顔をしている。


「連泊で取ったつもりだったんですが……」


(うそでしょ)


一瞬、頭が真っ白になる。


「どうする?」


私が言うと、美月がすぐに小声で言った。


「大丈夫、私、空いてるホテル探すから」


「え、ほんと?」


「うん、あとでこっそりやる」


(……助かる)


正直にそう思った。


同時に――


(私、なにもしてないな)


そんなことも思う。


(あとで、ちゃんと何か返さないと)


心の中で、そう決めた。


「とりあえず、行こう」


昭人くんが言う。


私たちは頷いた。


外に出て、タクシーに乗り込む。


向かう先は――


ギザのピラミッド。


ギザの大ピラミッド


しばらく走ると、視界の先にそれが見えてきた。


最初は、小さく。


でも、近づくにつれて――


どんどん大きくなる。


「……え」


思わず、声が漏れる。


タクシーが止まり、降りる。


そのまま、見上げる。


(でかい)


ただ、それだけだった。


言葉が出てこない。


圧倒的な存在感。


重さ。


高さ。


時間。


ロンドンで見たもの。


ローマで感じたもの。


それとは、まったく違う。


これは――


(……本物だ)


そんな感覚が、全身を包んだ。


私は、ただ見上げていた。


何も言えなかった。


ただ――


そこに立っているだけで、十分だった。


隣で、昭人くんが落ち着かない様子で辺りを見回している。


いつもの静かな雰囲気とは違う。


少し早口で、どこか興奮しているのが分かる。


(……そんなに?)


思わず、少し笑いそうになる。


「とりあえず、写真撮ろうか」


美月の一言で、三人は並んだ。


ロンドンでもローマでもやってきた、いつもの流れ。


でも――


今回だけは、少し違った。


昭人くんが前に出て、真ん中に立っている。


カメラに映った顔は、明らかにこわばっていた。


「……顔、ひきつってるよ?」


「え?」


昭人くんは慌てて表情を整える。


その様子がおかしくて、私は思わず笑った。


(そんなに嬉しいんだ)


「中、入ろうよ」

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