第4話
こうして、私たち三人は――
ロンドンへ向けて、成田を発った。
(……なんか、変なメンバーだよね)
飛行機の中で、ふとそんなことを考えてしまう。
男一人に、女二人。
卒業旅行といえばもっと賑やかなものを想像していたのに、
現実は少しだけ違っていた。
でも――
それでもいいと思えた。
むしろ、この“少し違う感じ”が、
これから始まる何かを予感させるようで、悪くなかった。
三人の中で、海外が初めてなのは私だけだ。
少しだけ緊張している。
でも、それ以上に――
新しい空気に触れられることへの期待の方が大きかった。
窓の外に広がる雲をぼんやり眺めながら、
私はそんなことを考えていた。
長いフライトのあと――
機体は無事、ロンドンに到着した。
ヒースロー空港
夕方の空気が、ガラス越しに柔らかく差し込んでいる。
飛行機を降りた瞬間、最初に感じたのは――
「……違う」
言葉にするほどのものじゃない。
でも確かに、日本とは違う空気だった。
耳に入ってくるのは、英語のアナウンス。
周りから聞こえる会話も、すべて外国語。
当然のことなのに――
それが、妙に新鮮だった。
(ああ……本当に来たんだ)
ようやく、実感が追いついてくる。
空港を出て、事前に手配していたタクシーに乗り込む。
窓の外を流れていく街並み。
古い建物。
石造りの壁。
整った道路。
そのすべてが、どこか現実離れして見えた。
(……なんか、見たことある)
そう思って、すぐに浮かんだ。
シャーロック・ホームズ。
霧のロンドン。
石畳。
静かな街。
推理小説の中で見ていた景色が、
そのまま目の前に広がっているようだった。
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
ホテルに到着し、チェックインを済ませる。
部屋は、美月と二人。
ドアを開けると、ほっとするような空間が広がっていた。
「ついたね……」
美月がベッドに倒れ込む。
「うん……ついた」
私も荷物を置いて、少しだけ息をついた。
長時間の移動で、体は思ったより疲れている。
それでも――
気持ちは、まだ高揚したままだった。
「ちょっと休憩してから、夜ごはんだって」
「うん」
昭人くんからの連絡を確認しながら、美月が言う。
明日の動きの確認も兼ねて、レストランで打ち合わせをするらしい。
(こういうの、嫌いじゃない)
むしろ――
今回は、時間を無駄にしたくない。
せっかくの卒業旅行。
できるだけ多くのものを見て、感じて、持ち帰りたい。
それはきっと、美月も同じだ。
そして――
(やっぱり、昭人くんってすごいよね)
ここまで段取りを組める人がいるのは、正直ありがたい。
安心感がある。
しばらく部屋で休んだあと、私たちはロビーへ向かった。
時間ぴったり。
そこにはすでに、昭人くんの姿があった。
「レストラン、予約してあります」
「……え、もう?」
思わず声が出る。
「はい」
いつも通りの、落ち着いた返事。
(完璧すぎる……)
私は思わず苦笑した。
頼りになる。
でも――
少しだけ、隙がなさすぎて肩がこりそうになる。
「すごいね、本当に」
そう言うと、昭人くんは少しだけ視線を逸らした。
照れているのかもしれない。
(まあ、贅沢言っちゃダメか)
心の中でそう思いながら、私は小さく笑った。
これから始まる旅。
まだ、ほんの入り口に立ったばかりだ。
その時の私は、ただ浮かれていた。
ロンドンの空気に。
初めて見る景色に。
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光で、目が覚めた。
「……朝だ」
見慣れない天井。
一瞬、どこにいるのか分からなくなる。
(あ、ロンドンだ)
思い出した瞬間、少しだけ胸が高鳴った。
隣では、美月がまだ眠そうにしている。
「起きる?」
「うん……起きる」
小さく笑い合って、ベッドから降りた。
ロビーに降りると、すでに昭人くんがいた。
「おはようございます」
「おはよう」
「早いね」
「時差で目が覚めました」
相変わらず、淡々としている。
でも、その落ち着きがどこか頼もしかった。
最初に向かったのは――
バッキンガム宮殿
広い広場。
整然と並ぶ柵。
その奥にそびえる宮殿。
テレビや写真で見たことのある景色が、目の前にあった。
「ほんとにあるんだ……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
観光客のざわめきの中で、それでもどこか静けさを感じる場所だった。
「衛兵交代、見れるかな?」
美月が楽しそうに言う。
「時間的には、もう少し後ですね」
昭人くんがスマホを確認しながら答えた。
(ほんと、全部分かってるんだな……)
私は小さく苦笑した。
そのあと、いくつかの通りを歩きながら、街の空気を感じた。
石造りの建物。
古い街並み。
少し冷たい風。
どこか現実感が薄い。
まるで、自分が物語の中に入り込んだみたいだった。
そして――
次に向かったのが、
大英博物館
建物の中に入った瞬間、空気が変わった気がした。
広いホール。
高い天井。
静かに行き交う人の流れ。
外の喧騒とは、まるで別の世界だった。
「すご……」
美月が小さく呟く。
私は言葉も出なかった。
ただ、目の前に広がる空間を見上げる。
(ここに、全部あるんだ)
歴史が。
人の営みが。
積み重なってきた時間が。
展示をいくつか見て回る。
古代の石像。
装飾品。
文字の刻まれた板。
どれもすごいはずなのに――
どこか、現実感が薄い。
(すごいけど……)
そんな感想が、頭の中をかすめる。
しばらく歩いたあと、昭人くんが立ち止まった。
「こっちです」
「え?」
ついていくと、少しだけ人の少ない展示スペースに出た。
ガラスケースの中に、それはあった。




