第12話
発掘の様子を見つめながら、美月がぽつりと呟いた。
「こういうのってさ、ロケに時間かかるんじゃない? 発掘とかも、きっと……」
「そうだね」
私は目の前の光景から視線を外さずに答えた。
「でも、こういう機会って、一生に一度あるかないかだよ」
砂を削る音が、乾いた空気の中に静かに響いている。
「岡田圭吾もだけど……テレビに映ることも」
自分で言っておきながら、少しだけ実感が追いついていなかった。
「もしかしたら――今世紀最大の何か、見つかるかもしれないし」
軽く笑ってみせる。
「それに……」
「それに?」
美月がこちらを見た。
私は小さく顎で示す。
「ほら」
その視線の先――
昭人くんがいた。
目を見開き、前のめりになりながら、発掘の様子に見入っている。
鼻息が聞こえてきそうなほどの勢いだった。
「……ああ」
美月が、どこか諦めたように息をついた。
そのときだった。
遠くで、誰かが叫んだ。
聞き慣れない言葉。
だが、その声には明らかな興奮が混じっていた。
場の空気が、一瞬で変わる。
ざわめきが広がる。
神代が素早く岡田圭吾のもとへ歩み寄り、短く告げた。
「何か見つかったようです。棺かもしれません」
「えっ……本当に?」
岡田圭吾の声が、わずかに弾んだ。
その一言をきっかけに、周囲のスタッフとカメラが一斉に動き出す。
人の波が、発掘地点へと押し寄せる。
私たちはその流れから、少し距離を取った。
気づけば、神代もこちらへ戻ってきていた。
目が合う。
「通訳、しなくて大丈夫なんですか?」
私が尋ねると、神代は軽く笑った。
「ああ、もう大丈夫です。後で編集で入れるはずですから」
肩の力を抜いたような口調だった。
「こういう場では、全員に通訳するのは難しいですしね」
そう言って、視線を再び発掘現場へ戻す。
その横顔は、どこか落ち着いていた。
――慣れている。
そんな印象だった。
そのとき、背後から声がした。
「あの……」
振り返ると、昭人くんが少し困った顔をして立っていた。
「実は……今晩のホテル、まだ予約してなくて」
「えっ?」
思わず声が出る。
「でも、ルクソールってホテルたくさんあるって聞いたよ?」
美月が明るく言う。
「どこか空いてるとこ、あるでしょ」
私も軽く頷いた。
――そのときだった。
「今日は、少し事情が違います」
横から、神代の声が入った。
私たちは同時に振り向く。
「この季節にしては、観光客が多いんです」
神代は、ゆっくりとある方向を指差した。
その先には――人だかり。
若い女の子たちが集まり、こちらを見ている。
その視線の先には、当然――
岡田圭吾。
「……あ」
美月が小さく声を漏らした。
「ほとんど、日本人ですね」
神代は淡々と続けた。
「ファンの方々でしょう」
一瞬、嫌な予感がよぎる。
――泊まるところ、ないかも。
そんな空気が、三人の間に流れた。
そのときだった。
「もし見つからなければ、うちに来るといいですよ」
神代が、自然な口調で言った。
「妻と六歳の子供がいますが、部屋は三つほど空いていますから」
そう言って、名刺を差し出す。
昭人くんは少し驚いた様子だったが、すぐに姿勢を正し、丁寧に受け取った。
「ありがとうございます」
そのやり取りを見ながら、私はふと空を見上げた。
気づけば、空はオレンジ色に染まり始めていた。
いつの間にか、夕暮れになっていた。
ふと視線を戻すと――
岡田圭吾が、ファンの波の中に飲み込まれていた。
黄色い歓声が上がる。
手を伸ばす人々。
その中心で、彼は笑顔を浮かべていた。
「あっ……」
思わず声が出る。
「サイン、もらうの忘れた……」
「ほんとだ……」
美月も同じ顔をしていた。
そのときだった。
「ああ、それなら」
昭人くんが、何でもないことのように言った。
「僕、もらっておきますよ。明日も会うんで」
「えっ、ほんとに!?」
「やったー!」
私たちは思わず顔を見合わせた。
そのやり取りを見ていた神代が、ふっと笑った。
「それにしても……」
少し興味深そうに、私たちの服装を見る。
「その探検隊の格好には、驚きました。どなたの発案ですか?」
一瞬の間。
私と美月は同時に、同じ方向を指差した。
――昭人くん。
神代は納得したように頷く。
「なるほど」
そして、少しだけ感心したように言った。
「理にかなっていますよ。この地域では」
穏やかな口調だった。
「強い日差しを防ぐ帽子。動きやすく、風通しの良い服装。そして足場の悪い場所でも対応できる靴」
一つ一つ、確認するように言う。
「発掘には、最適です」
その言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「それに――」
神代は少しだけ笑った。
「あの岡田さんのチームに紛れ込めたことも、運が良かった」
――確かに。
そう思わざるを得なかった。
昭人くんは、どこか誇らしげに頷いていた。
ルクソールへ戻るタクシーの中。
私たちは、それぞれスマートフォンを手にしていた。
ホテルを探すためだ。
検索。
電話。
問い合わせ。
だが――
結果は、どれも同じだった。
「……ない」
美月が、静かに言った。
「こっちもダメ……」
私もスマホを見つめたまま呟く。
昭人くんも、何度も電話をかけていたが、やがて小さく首を振った。
――どこも、空いていない。
車の窓の外には、夜の気配が広がり始めていた。
街の灯りが、ゆっくりと浮かび上がる。
その中で、私たちは――
次の行き先を、まだ決められずにいた。
「どうする?」
美月の声は、わずかに震えていた。
ここまで手を尽くした。それでも、どのホテルも満室だった。スマートフォンの画面に並ぶ「空室なし」の表示が、まるで現実を突きつけるように冷たく光っている。
夜は、すでにすぐそこまで来ていた。
昼間はあれほど賑やかだった街も、どこか表情を変え始めている。見知らぬ土地での夜――その言葉だけで、不安が胸の奥にじわりと広がった。
その時だった。




