第11 話
「失礼しました。私は神代といいます。今回、日本人スタッフの案内を任されていまして」
そう言って、軽く頭を下げる。
神代――その名前に、なぜか胸の奥がわずかにざわついた。
「ちょうどこれから、発掘予定地の説明を行うところでした。よろしければ、ご一緒にどうですか?」
昭人くんがこちらをちらりと見る。
その視線に、美月と私は一瞬だけ迷った。
だが――
ここまで来て、断る理由はなかった。
「……はい」
気づけば、そう答えていた。
神代は満足そうに微笑むと、歩き出した。
私たちも、その後を追う。
前方では、岡田圭吾が変わらぬ真剣な眼差しで進んでいる。
その背中を見たとき、なぜか確信した。
これはただの観光ではない。
――何かが、始まる。
神代の後を追いながら、私はふと前方に目をやった。
――岡田圭吾。
その姿は、やはり見間違いではなかった。
「ねえ……やっぱり、あれ岡田圭吾だよね……?」
美月が小さく呟く。
「うん……」
私も声を潜めて頷いた。
そのときだった。
視界の端に、黒い機材が動いた。
肩に担がれたテレビカメラ。
その横には、長いブームマイクを構えたスタッフの姿。
さらに奥には、レフ板を持った人影まで見える。
――撮影だ。
ただの発掘じゃない。
岡田圭吾を中心に、周囲が明らかに“番組”として動いている。
その中に――
私たちは紛れ込んでいる。
岡田圭吾が、ほんのわずかにこちらを振り返った。
一瞬、目が合う。
――近い。
あまりにも、近すぎる。
普通なら、絶対に近づけない距離。
それなのに今は、
同じ隊の一員のように、同じ流れの中にいる。
美月が小さく息を呑んだ。
「……やばい」
私も同じだった。
胸の鼓動が、少しずつ早くなる。
後ろで、昭人くんが何も知らない顔で周囲を見ている。
その姿は、いつもと変わらない。
ただ――
その“何気ない選択”が、
私たちをこの中に紛れ込ませたのだとしたら。
偶然にしては、出来すぎている。
そのときだった。
前方で、不意に動きが止まった。
「――あれ?」
静かな声が、空気を切った。
岡田圭吾だった。
その一言に、周囲の視線が一斉にこちらへ向く。
「彼女らは?」
低く、落ち着いた声。
だが、その問いにははっきりとした意思があった。
先頭にいた年配の探検隊長が振り返る。
しかし言葉が通じないのか、わずかに眉をひそめるだけだった。
その間に入るように、神代が一歩前へ出た。
「グループの方ですよね?」
穏やかに、確認するように言う。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、後方にいたスタッフの一人が慌てたように手を横に振った。
「違う、違う――」
そう言いかけた、そのときだった。
「観光の人なんだ」
岡田圭吾が、軽く笑った。
その場の空気が、わずかに変わる。
「でもさ」
彼は続ける。
「僕一人より、仲間がいた方がいい」
そう言って、まっすぐこちらを見た。
「ね?」
柔らかな声だった。
けれど、不思議と逆らえない響きがあった。
「君たち、ここにいてよ」
一瞬、時間が止まったように感じた。
「同じ服、着てるしさ」
そう言って、少しだけ肩をすくめて笑う。
その笑顔は、テレビで見るものと同じ――
なのに、どこか違って見えた。
気づけば、すでにカメラは回っていた。
レンズがこちらを捉えている。
ブームマイクが、わずかに揺れる。
スタッフたちは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに言葉を飲み込んだ。
――止められない。
もう、この流れは。
そう判断したのだろう。
誰も、何も言わなかった。
ただ、そのまま――受け入れられた。
美月が、そっと私の袖を引いた。
「……やばい」
小さな声。
その震えは、隠しきれていなかった。
私も同じだった。
こんなことがあるだろうか。
ありえないはずの場所に、立っている。
ありえない距離に、いる。
そして――
ありえない形で、受け入れられている。
私たちは、そのまま列の中に加わった。
発掘現場は、すぐそこだった。
砂に覆われた地面。
慎重に掘り進められる層。
道具の触れる、かすかな音。
そのすべてを――
息がかかるほどの距離で、見ていた。
私たちは、そのまま列の中に加わった。
発掘現場は、すぐそこだった。
砂に覆われた地面。
慎重に掘り進められる層。
道具が土に触れる、かすかな音。
そのすべてを――
息がかかるほどの距離で、見ていた。
そのとき、不意に視界の端で赤いランプが点いた。
小さな光。
だが、それが何を意味するのかは、すぐに分かった。
――カメラが回っている。
私は、はっと息をのんだ。
美月も同じだったのか、そっと私の腕をつかむ。
「……ねえ」
その声は、さっきまでとは違っていた。
少しだけ、現実に引き戻されたような響き。
「これって……」
言いかけて、言葉が止まる。
言わなくても分かっていた。
私たちは今――
テレビに映っている。
その事実が、遅れて胸に落ちてきた。
ドクン、と鼓動が強くなる。
日本にいる家族。
友達。
もしこれが放送されたら――
この格好で、ここにいる自分たちが、そのまま映る。
「……やばい」
美月が小さく呟いた。
私も同じだった。
恥ずかしい。
でも――
どこか、嬉しい。
こんな場所にいること自体が、もう現実じゃないみたいで。
その二つの感情が入り混じって、胸の奥がざわつく。
思わず、自分の服を見下ろした。
砂色のシャツに、短パン。長いソックス。
――完全に、探検隊。
「……これ」
小さく息が漏れる。
恥ずかしさと、少しの誇らしさと。
そして――
言葉にできない、不思議な高揚感。
そのすべてが混ざり合って、
私の中で、静かに揺れていた。




