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4真柴健斗

もう7年ほど前の話。

「お姉さん、何してるの」 

繁華街のど真ん中。待ち合わせによく使われる、カッパの銅像前で俺はとある女性に声をかけた。

土曜日の昼下がり。ビルに囲まれて熱気を帯びた街中を、人々が行き交っている。みんな片手にはジュースやらうちわやらハンディ扇風機やらを持っていた。とにかく最近の夏は暑すぎる。

カッパ像前には、他にも待ち合わせらしき人が数人いた。

背中まである長い茶髪を靡かせて、彼女は振り向いた。マスカラでしっかりと主張された大きめな瞳が俺を射るように見た。

「何って、人待ってんの」

棘のある言葉で警戒感を露わにしている。

「今俺さ、アイドルの客引きしてんのよ」

そう言って俺は彼女にポケットティッシュを渡す。中には、カラフルなポップ体で「未来のアイドル、募集中!」と書かれた広告用紙が入っている。彼女は、目一杯にデコレーションされた爪でそれを受け取った。

「で、可愛い子に声かけまくってるわけ。おねーさんどう?」

彼女はちょっと呆れたような顔でティッシュを俺に突き返してきた。

「興味ない。他当たって」

「そう。じゃあ…」

俺は得意げにもう一度彼女を見てこう続けた。

「俺と付き合ってよ」

そう言われても、彼女は全く動揺していないようだった。言われ慣れているのだろう。

「むり。それも興味ない」

私、待ち合わせしてるから。彼女はもう一度そう言って歩き出した。長い髪の奥で、小ぶりのピアスが揺れていた。

「じゃあさ、またここで会ったら、ご飯行こうよ」

歩いている彼女を少し追いかけてそう言った。

「おにーさんさぁ。仕事しな?私なんかナンパしないで。そのティッシュ全部捌けたら、遊んだげるよ」

彼女はそう言ってその場を後にした。ショートパンツをじっと見ながら、今日のパンツの色は何だろうなんてことをぼんやりと思った。

その後特に可愛い子なんていなかったけれど適当にティッシュを配り、夕方にはカゴがすっからかんになった。

とにかく今日は暑かった。汗で背中がびっしょりだ。

「へぇ、可愛い子って街中にそんなにいるんだ?」

背後から声が聞こえたので振り返ると、いつか見た長髪ギャルが、カゴを見ながらそう言った。

また会えるとは思っていなかったので、少し言葉を探すのに時間がかかった。

「断っておきながら実は誘われたかったクチ?」

と、笑顔でなんとか皮肉を吐く。

「よかったー、また会えて運命だなんて言われたら気持ち悪くて即帰ってたけど。たまたまこの辺通ったから寄ったの」

「ご飯奢って欲しいんでしょ。来なよ、美味しい店教えたげるから」

俺はカゴをその辺に放り投げ、歩き出した。こんなクソ暑いとこはさっさとおさらばだ。彼女が隣でえ、いいの?と言った。

夕方になっても、人の波は止まることなく続いていた。暑さは少しはマシになったのだろうか。肌にまとわりついた汗が少しずつ体温を元に戻していく。

「その靴さ、歩きにくくないの?」

コツコツ、と音を立てるピンヒールを見て聞いた。

「まぁ、これもオシャレだからねぇ。痛さはツキモノよ」

へぇ、と答えながらチラッと横を見る。華奢で自分よりもだいぶ小柄であることに今更気がつく。

「お姉さんって、結構モテるんだ?」

「まぁね。よく声はかけられるかな」

互いに名前すら聞かず、俺たちは会話を続ける。

「あんな刺々しい返事聞いたらみんな逃げ出すでしょ?」

「そーね。だから、驚いてる」

「俺の行動力に?」

「鈍感力に、かな。普通なら脈なしだってわかったら引くでしょ」

そーだねぇ、と空返事して、どうして俺はそこまでして彼女を誘ったのか、理由を探す。そして、適当に理由を後付けする。

「それにしてもさぁ。今時あんな怪しげなティッシュ受け取る人がいるわけ?アイドル募集だなんて嘘くさい」

「ま、誰が配るかによるかな」

うっわ、自信過剰ー、やだやだ、と彼女が言う。

彼女と話していると、まるでそれは切り取られた特別な日常というより、普段の延長線上のたわいのない日常に思えてくる。自然と生活に馴染んでいくその感覚は、なんの違和感も覚えさせない。張り詰めた糸とは真逆にある、楽しさや穏やかさに似た感覚だ。

昔から「頑張る」という言葉がどうにも嫌いだった。それは、普段とは違う特別なことを強要されているように感じるからだ。

何かを得るために頑張ると言うのは、得ることだけが目的になっていて、それはなんというか、本来の目的ではない気がするのだ。

「へぇ、大学生なんだね」

チェック柄基調のファミレスに入り、お冷を飲みながら話し続ける。

「あんまり見えない」

俺が笑いながら言うと、それ、いい意味でしょうね?と彼女が圧をかけてくる。

「そっちは?」

お冷をストローで上品に飲みながら、上目遣いに聞いてくる。

「実はあるアトリエに通っててさ…」

あまり身の上話をしたくないので、どうでもいい話を持ってくる。

俺は、1年ほど前からとある絵に魅了され、それを描いた画家に弟子入り志願していることを簡単に伝えた。

「一年も通ってまだ弟子にさせてもらってないの?」

彼女が目をまん丸にして言った。

「そうだね。基本、門前払いかな」

「それでよく挫けないね。よっぽど好きなんじゃん」

それはよく言われる言葉だった。普通なら心折れてるよ、とか、時間の無駄じゃん、とか、根性あるね、とか。いろんな感想を持ってもらうのは結構だけど、どれも俺の気持ちとは遠いものだった。

「でもさ、ただ通って弟子にさせてくれって言うだけだよ?何も辛いことない」

「人が頑張れるのって、ゴールがあるからだって聞いたことあるんだけど、きみのゴールはなんなわけ?」

「なんなんだろうなぁ…」

土曜日の夕方。とあるファミレスで、茶髪のギャルと金髪のギャル男がこんな真面目な話をしているなんて、誰も思いもしない。

もう7年も前の話か…。

チェック柄の屋根から雨が滴り落ちるのをじっと見つめた。店内は暖かいのに、さっき飲んだお冷がすっかり体を冷やしてしまっていた。

カランカラン、と音がして、俺は入り口に目をやった。





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