交流戦
T大にはバレーボールチームが二つある。
大学を代表して公式戦に挑むのがバレーボール部に対して、趣味として楽しむのが同好会である。と言うと一軍と二軍と捉えがちであるが、実力的には遜色ない。何と言っても部活動の実績が就職に一切影響しないのがT大なのだから。
そもそも同好会を立ち上げたのが、T大バレーボール部を勝てるチームに鍛え上げた神林希総であったが、現在の同好会はその時以上の実力を備えていると評される。その中心となる三人は御堂の御三家の跡取りたちである。
部と同好会の試合は春と秋の二回行われる。春の交流戦は学祭の出し物として定着しつつある。そして秋の交流戦は部にとっては四年生が抜けて新チームの方向性を見極める大事な試合である。
「僕は同好会側でコートに立たせてもらう事になった」
と言い出したのは四年の岩城正倫であった。
彼は元々希総とバレーをするために入部したので、希総の同好会立ち上げに参加を希望したが、残って梅谷や鹿角を助けてやってくれと諭されて残留した経緯がある。
「今更だけれど」
未来の義弟たちに懇願されて参戦を決めたらしい。
試合会場は例によって同好会が手配した。
場所は近隣の公立高校の体育館。同好会が利用している学校はいくつかあるが、それらの各校から関係者が観戦に来るのも恒例だ。彼らは格好の練習相手でもあるが、空き時間で勉強を教えたりして良好な関係を構築している。これらの学校はT大への進学率が微増しているらしい。
そんな観客の中に撮影準備をしている松木が居た。新妻の愛も同行しているので業務半分レジャー半分と言う所か。
映像は試合前の練習から撮っている。
「流石に良く鍛えられているなあ」
と感想を漏らしたのは上映会場を提供した春真だ。撮影を依頼したのが彼であり、撮影会には希総とその三従士も招かれている。岩城が出ていると聞いて真梨世も呼ばれている。
「お前の築いたレッドゲートは今も健在だな」
T大の通称に因んだ異名であるが、
「大砲が居ないからこその苦肉の策ですよ」
と苦笑する希総。
希総と一緒にT大に進んだ梅谷がたまたま長身のミドルブロッカーであったことから、シンプルなサーブアンドブロックをチーム戦術とした。全国制覇を経験した八橋の加入によりこの異名は実体を持つことになる。希総からチームを引き継いだ鹿角は長身の学生を積極的に勧誘し、サーブ練習に多くの時間を割いている。
「ボスが八橋をスカウトしてきたときは、みんな半信半疑だったけれどなあ」
と同じポジションだった大鳥。八橋に直接技能を叩きこんだのが彼である。
「僕だってここまで化けるとは思わなかったよ」
希総が目を付けたのは長身と柔軟さ。その長所を殺さないように計算して筋肉量を増やしてきた訳だが、想定を超えていたのは体力テストでは対象外だった彼の頭脳である。妹の華理那に次ぐ学年二位の知力がネット際の駆け引きで大いに発揮された。
「インハイを制した時は各校のエースが軒並み八橋に止められて、エースキラーと呼ばれてましたねえ」
と望月が笑う。
単純な攻撃力では同好会も相当なレベルにある。セッターは滝川太一。オポジットに助っ人として入った岩城が配置され、速水貴真と不破皆人が攻撃の軸になる。だが経験値の違いか一対一で八橋のブロックを突破できない。
「あの二人、フォームに癖があってコースが読みにくいはずなのに」
と希総。
「お前、まさかワザと?」
「貴真はサッカーをやっていたから体幹が強いけれど、その分だけ体が硬い。特に肩回りが」
いつもの希総ならば柔軟運動をやらせてほぐすところだが、
「得意だったヘディングの要領でスパイクも手打ちに成らずに全身を使って打つ。しかも空中でコースを打ち分けるから、直前までクロスとストレートの判別が出来ない」
「皆人のフォームは、姉さんに似てますね」
と真梨世。
「姉さんたちと練習した時に学習したらしいな」
皆人は貴真とは逆に柔軟性に優れ、しかも空中感覚が卓越している。こちらは姉の総美が得意とした肩回りの柔軟性によるコースの打ち分けをやってのけている。
「なのに八橋は普通に対応しているなあ」
希総が持論としている読みと反応をその頭脳と長い腕で実践している。
「八橋自身が空中でコースを打ち分けられるタイプだからじゃないですか」
と師匠の大鳥が分析する。
「八橋の読みは勘ではなく、事前の情報解析の賜物。と言う点でもボスの教えに忠実ですね」
第一セットはバレー部が無難に取った。
「まさかこのまま終わりではないよなあ」
希総の視線の先には松木がいる。撮影係として現場にいた彼だけが結果を知っている。
「それは、見てのお楽しみです」
と交わす松木。
「太一が大人しすぎるなあ」
と春真。
「あいつは俺たちと違って勝ちにこだわるタイプなのに」
岩城を招聘したのも彼の考えだった。
「貴真や皆人は自分の型を持っているからそれを壊さずに伸ばしたけれど、太一にはセッターとしての基礎を徹底的に教え込んだ」
と希総。
「あいつは基本に忠実でいながら、そこから自分のオリジナルな型を生み出すことができるから」
父滝川千万太から様々な武術を学び、それらを応用して独自の武術を確立した男だ。
「守破離か」
と春真。
「俺の音楽は自学自習だから型が無いんだよなあ」
「決まった師を持たないと言うだけで、先人の演奏を見て真似ているでしょう」
第二セットの一発目は太一のツーアタックから始まった。
「遂に動き出した。と思いましたよ」
と松木。
岩城が後衛から上がってきてトスを上げ、それを太一が決める。
「岩城さんってセッターも出来るのね」
と真梨世。
「一通り教えたよ」
岩城は万能型のオポジットとなった。器用貧乏ならぬ器用大富豪だと自虐ネタにしていたくらいだ。
「セッターを代わったと言うよりもツーセッターで行くみたいだな」
と春真。
「それにしてもぶっつけ本番で良くやるなあ」
「第一セットで太一が大人しかったのは、各選手のスペックを岩城に紹介するためだった訳だ」
と希総が解析する。
「家内も同じ意見でした」
松木の妻鶴田(旧姓)愛も元セッターである。
八橋が前衛に上がってくると、太一を囮にして逆サイドの皆人が大暴れする。
如何に優秀なブロッカーでも、左右の攻撃を一人では対応できない。
部がタイムアウトを取ったが、
「対策があるのかねえ」
と春真が首を傾げる。
「僕も今のバレー部のメンバーはほとんど知らないので」
希総が知っているのは四年生より上で、三年以下で知っているのは高校の後輩である八橋のみだ。むしろ同好会の方が判る。少なくともスタメンは全員彼が鍛えた選手たちだ。
「一人代えてきましたね。居ないのはオポジットかな」
と望月。
「でかいな。八橋と並んでも遜色ないくらいに」
それ以外の情報は無い。
「一年の津端勝喜。まさに期待の大型新人と言う所ですね」
松木は試合後に作った選手名簿を配る。
「もっと早く出せよ」
と大鳥にツッコまれた。
「八橋は太一を選んだか」
と春真。
太一を八橋が一枚でマークし、津端ともう一人が皆人に当たる。
ボールは太一に上がるが、八橋のブロックに阻まれる。
「双方地上に足を付けての打ち合いなら、太一の一撃で八橋は倒されていただろうけれどね」
太一が誇る爆発的な脚力も、この場合は上に跳ぶために使われるから、空中戦では八橋に有利である。 身長差が十センチ以上、体重は太一の方が若干重いのに最高到達点はほぼ互角である。但し八橋の方は全力で跳んではいない。
太一は二発目には威力を上げて八橋の手を弾いた。それでも外ではなく頭上、味方が拾える範囲へコントロールしているところが流石の八橋である。ブロックフォローから八橋の攻撃でポイントを決めた。
「最後は自分で決めようとする太一に対して、八橋は常に仲間の力を計算に入れて戦っている」
「太一は一騎打ちなら無類の強さを誇るのだけれどなあ」
バスケであの西条総志と一対一で互角に戦えるのは国内では彼一人だろう。但し総志の真価は仲間との連携にあるので、集団戦になれば太一に勝ち目はない。
「そこを考慮して、太一をセッターにしたんですが」
単純に消去法と言う面もある。希総以外であの三人をコントロールできる人材が居なかった。
「その点、岩城君は上手くやっているなあ」
「そこは未来の義兄だからかな」
希総は妹の真梨世に視線を向ける。
「披露宴の時の試合を見て、実力を認めた結果だと思いますよ」
と松木。
「あの三人は自分より劣る人間には従わないと言う点では共通していますから」
露骨に態度に出すのが貴真、隠すのが上手いのが太一。マイペースなのが皆人である。
試合は佳境に入る。
追い付いてデュースに持ち込んだバレー部。ここでサーブは後衛に下がった八橋になる。八橋は渾身の連続サービスエースを決めて第二セットをもぎ取った。
「ここでミスれば流れは一気に同好会だったなあ」
と春真。
「本人的にもイチかバチかだったと言ってましたよ」
と松木情報。
「八橋は良いなあ。俺にくれないか?」
と春真。
「どこへ就職するかは八橋本人が決める事ですが」
と前置きしたうえで、
「彼を取ってどう使うつもりですか?」
と切り返す希総。
「取り合えず財団職員にして」
とここまでなら三従士とほぼ同じ扱いだが、
「球団の運営に一枚噛ませるかな」
「それはうちでは出せない条件だなあ」
流石の希総も苦笑いを浮かべたが、
「声を掛けるなら、岩城を仲介者にするのが良いですよ」
と助言した。
「なるほど。本人に当たってみるか」
実は岩城も呼んでいたのだが、一緒に観戦するのは厳しいと言うことで別室で待機していたらしい。
別室へ移って食事をしながら試合の講評を行う。
「同好会も勝つつもりであれば、もっと早くに岩城にセッターを任せるべきだったな」
裏を返せば勝つことに重きを置かないからこその同好会である。
「太一たちにもいい経験になっただろう」
その一方で美紗緒から松木に、
「四月から奥さんと同じ会社で働くので、よろしく伝えてください」
「・・・。役員になるんですよね」
「ええ。一応社長に」
「むしろこちらからよろしくお願いします、と言わないと」
と苦笑していた。




