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三従士の初陣2

2 倉庫番 大鳥


 神林矩総の三従士の一人大鳥桐也の最初の任務は神林マテリアルの倉庫番だった。

 神林マテリアルと言う企業は神林希代乃が複数の企業を買収統合して設立された。これら企業のすべての研究データを保管しているのが倉庫、正式には途絶研究保管庫である。途絶とあるようにほとんどが失敗に終わった研究のデータであるが、そう言うものも決して疎かにしないのが如何にも希代乃らしい。総一郎は物を捨てられないだけと笑うが、彼の場合は不要なものを抱え込むだけのゆとりが無かったのである。社員からは技術の墓場(グレイブヤード)と呼ばれ、その管理者も墓守と揶揄されるようになった

 一口に失敗と言っても一様ではない。理論的に不可能な事案は論外として、技術的に困難なモノ。経済的に採算が合わないモノ。もっと端的なところでは必要な特許や技術を他社が握っているために断念したモノもある。つまり条件が揃えば動き出す事案もあって、実際に他社との提携や企業買収と言う力業で実現したモノもある。

 この宝の山をあの希代乃が見逃す筈がない。にも拘らず膨大な量の文書を管理する墓守は一人のベテラン社員である。元は数名で管理していたのだが、上の年代から順に退職して行って、最年少だった一人だけが残った。

「毎年のように新人が送り込まれてくるのだけれど、続かなくてねえ」

 これは最後に残ったベテラン社員が優秀過ぎた所為でもあるのだが、希代乃は息子への宿題としてこれをあえて残してきたのだろう。

 マテリアルは創立者である希代乃が今も社長を務めており、希総はこの四月から常務として役員の末席に加わったばかり。希総が自分の権限内で打てる一手が腹心の一人である大鳥の派遣と言う訳だ。

 状況を見て大鳥が取り組んだのは文書を検索する為の索引(インデックス)の作成である。大鳥は三従士の中でも頭脳派で、データの分析を担当していた。高三になってからは画創研が担うようになったけれど。

 文書は案件ごとにまとめて段ボールに入っているのだが、それを読み込んで検索に必要な情報を抜き出していく。合併前に作られた文書も多くあるので書式(フォーマット)の統一に一か月を要したが、書式の最適化が済めば、後は手順に従って打ち込んでいくだけ。文書の紐付け作業は二ヵ月と掛からずに終えた。

 この後は段ボールに無造作に放り込まれていた生データをバインダーに閉じて参照しやすくする作業に入るのだが、発注した荷物を台車に乗せて運んできた作業着の人物は希総であった。

「ここは部外者立ち入り禁止だからねえ」

 受け取りのサインをもらいながら、

「昇進辞令を持ってきたのだけれど」

 塚原哲司氏を新設される特務開発部の部長に任ずる。とある。

「これが本命でしたか」

「断ることは出来ませんよねえ」

 と当惑気味の塚原であったが、

「部下が二人ついてそれぞれ課長と係長になるから、貴方が断ると彼らの昇進も無くなります」

 と詰める希総。

「仕事は特に変わりませんが、管理職手当が付くので、手取りで十万ほど給与が増えます」

 特に重要なのが積み立て式の社員年金で、その支給額は退職時の役職に応じて決まる。つまり部長と言う役職が付いたことで老後は保証されたと言ってよい。

「飴と鞭ですか。流石はあの方の息子だ」

「貴方はあと数年で定年ですから、苦労するのは残される二人ですよ」

 特務開発部は常務、つまり希総の直轄になる。結果を出せばそれに報いるし、駄目でも責任は上司である希総が引き受ける。なので、

「くれぐれも報連相は欠かさないように」

 と言って専用の連絡網(リング)を作ったが、

「彼には年末まで残ってもらうので存分に使ってください」

 困惑する大鳥に、

「君ら仕事が早すぎて、次の派遣先がまだ決まってないんだよ」


3 山林王 望月


 三従士の一人望月一兎に与えられた任務は他の二人とは若干毛色が違っていた。

 彼が送り込まれたのは神林ロジスティクス。新社長となっていた希総が打ち出した新規事業の立ち上げの支援を任された。

 ロジスティクスは希代乃が息子希総の為に良質な食材を安定的に確保するために創設された。これを引き継いだ希総は新たな分野として林業の再生を掲げた。管理が行き届かない山林を借り受けて活用する計画であるが、この最初の案件が望月の本家筋の海野家その一人娘が望月の許嫁である睦実。つまりこの事業計画自体が彼の縁談を前提としているのである。

 四月末の契約に際しては社長の希総が自ら足を運んだ。単に新規事業のため担当がまだ決まってないのである。

「望月は僕の代理人として引き続き関わりますのでよろしくお願いします」

 契約を終えて帰途に就く希総主従。運転席に座った希総が経路を指定すると、

「道が違いませんか?」

「姉さんのところに寄って行こうと思ってね」

 正しくは姉の夫である宮園氏の経営する菓子店が目的地だ。

「いらっしゃい、希総君。それと望月君だったか」

 宮園は希総の結婚式に参列して三従士とも親しく会話した。

「用意してあるよ」

 と言って箱を出してくる。事前に注文していたらしい。三つの箱に分けて、一つは神林の家族用。と言っても希総自身の他に妻の掟と母の希代乃だけであるが、他に使用人用と現在研修中の三従士用。ここには望月本人も含む。

「調子はどうですか?」

「まあ順調だよ。君のところの社員も交代で買ってくれるしね」

 この辺の町内は総美の仲介で神林警備保障と契約した。それもあって支社が置かれている。常駐ではなく定期的に訪問するので、その際の土産として活用されているらしい。

「残っているのも買いましょうか」

 と希総。

「大丈夫だよ。しばらくすると下校時間の学生さんが来るので、それに合わせて二割引きで売り切るよ」

 それでも原価割れせずに利益は出る。材料は本社が纏めて契約して神林から安価で購入している。神林の方もコネで安くしている訳ではなく、長期契約の業者を相手にして安定した需要を確保しているのである。チェーンでは輸送も外注でなく内部職員で行っている。

「見事な循環ですね」

 と希総も笑う。

「学生さんに安く売るのは一号店の頃からやっている有効な販促だからね」

 学生が買って帰ればその家族に対する宣伝にもなる。そうして増えたお得意さんにのみ特別な日のケーキを提供する。客の購入履歴を考慮して好みに合わせた一点ものである。

「記念日もの。特にクリスマスケーキなどは大手の量産品と勝負しても勝てないから。棲み分けが必要なんだ」

 その最たるものが総一郎が開発してチェーンで売りにしている太りにくいケーキ。宮園自身がその実証例で、店内には総美とのツーショット写真が二枚。一枚目はふっくらとした宮園とセーラー服の総美。そしてそれから数年経った結婚式の写真。宮園は見違えるほどスマートになっている。

「これって西条先輩に相当絞られたと聞いていますけれど」

 と望月。

「妻からは冬眠前後の熊みたいだと言われたな」

 風貌がクマに似ていることから、学生時代のあだ名はクマサヒコ、妻の総美からはクマヒコと呼ばれている。

「義兄さんは、元々姉さんを抱き上げられる腕力を持っていたからね」

 彼は昔から機械を使わない手作りを信条としている。近所の高校にある料理同好会の特別顧問を引き受けているが、機械を使っている生徒よりも手作業の宮園の方が速いので驚かれる。


 それから二ヵ月。研修期間を終えた望月は現地へ向かう車の運転席に座っている。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

 助手席の荻生田に声を掛ける。

「社長案件で失敗したら責任を取るのは社長(ボス)本人ですから」

 荻生田譲二は三十になったばかりで、この案件に志願して課長代理の役職を得た。成功すれば代理が取れて部下も付けてもらえるが、今は派遣社員の身分である望月しか居ない。

「失敗した時に最も損害を被るのが俺ですから。頼りにしてますよ、滝川教授」

 総一郎の紹介で専門家として招聘されたのが後部座席の滝川千万太氏である。

「詳細な計画は現地を見てからだが、元々眠っていた資源を活用するのだから失敗のしようが無いよ」

 現地を見てどんな木がどれくらい生えているか。そしてそれを切って運び出すのにどれくらいの初期投資が必要か。であるが、

「需要を掘り起こすのはそちらの仕事なので」

「承知しております」

「車まで出していただいて」

「まあ色々と道具も積んでいるので」

 乗っているのは千万太氏のワンボックスカーであるが、後ろには山で必要な様々な機械器具。チェーンソーや草刈り機、は良いとして問題は猟銃である。これを乗せ換えるとなると厄介だ。

「本日はお世話になります」

 後部座席にはもう一人。千万太の息子太一がバイトとして参加している。望月にとってはあの滝川校長の息子であるが、それ以上に見慣れた顔立ちである。

「空き時間があったら、レシーブを教えてください」

「そうだね。山は広いから、全域を回るのに数日かかるだろうから」


「ここから見える範囲はすべて当家の持ち物になります」

 と海野家当主が説明を始めた。

「林業を辞めてどれくらいですか?」

 と千万太が確認する。

「先代、つまり父の代まではやっていたので、三十年ほどになりますか。人手不足などもあって、採算が取れなくなったから」

「こちらの準備は良いよ」

 太一は空撮用のドローンを起動させた。レーザー測量が可能で、植物を透過して詳細な地形図を作成できる。同時に動態センサーも装備ししていて小型動物の生息も調べられると言う優れモノだ。御堂本家の春真が趣味で開発したもので、機能を絞った量産安価型が一般販売されている。

 現状把握に二日。それから間伐作業に入る。

「クマが居なくて良かったですね」

 と荻生田課長代理。

「食料を産みだす樹木がほとんどありませんでしたからね」

 今後の利用状況では野生生物がやってくる可能性もある。間伐材を利用してふもとの空地に待機小屋を作り、小屋に隣接する森を里山化して野生生物との棲み分けを目指す。

 伐採と里までの運び出しは海野家が担当。里での加工と輸送・販売はL社の仕事となる。

 三か月後にはルートが確保されたので、荻生田の代理が取れて部下(補佐役の係長一名と三名)が正式に配属されることになった。

 千万太は外部顧問として引き続き助言を求められる。そして大鳥は担当こそ外れたが海野家側の関係者としてこの案件には関与し続ける。



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