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武侠女傑

 某日。シアターMスクエアにて。

 定例の新人オーディションに一人の老婦人が参加していた。 

「潮江美都子先生ですよね」

 面接に臨んだ麻里奈が聞いた。

「やっぱりばれちゃったかあ」

 婦人はぺろりと舌を出した。

「出来れば貴女と一戦交えたかったのだけれど」

 麻里奈は、

「では私の弟子と」

 と言って奥にいた鵜野天音を呼び出した。

「このご婦人と手合わせをして」

「は?」

「手加減は不要よ。名前くらいは知っているでしょう。この方は潮江美都子先生よ」

「母から聞いたことがあります」

「見覚えがあると思ったら、加賀さんの娘さんね」

 美都子刀自は持っていた杖を捨てて構えを取る。

 天音が身構えると同時に刀自の体が旋回し後ろ回し蹴りが放たれる。とても八十近い老女の動きではない。

 天音は屈伸してこれを交わすが、美都子の足は天音の頭上で止まってそのまま降り下ろされる。

 天音はこれもとっさに後ろへでんぐり返しをして逃れた。

「良く鍛えられているわね」

 天音自身は格闘技の経験は無いが、間夫の太一が日常的に行っている訓練を間近に見て動きをトレースできる。

 軽いステップからボクシングスタイルで反撃を試みるが、その連打は軽快に捌かれた。

 焦って大振りになったところを、間合いを詰められてショートアッパーが撃ち込まれる。美都子は当たる寸前で手首を外に曲げて手を開いて顎をぎゅっと掴む。

「参りました」

「筋は悪くないわね」

 気付くと刀自の息は荒い。

「この年になると全力で動くのは一分が限界だわ」

 とぼやく美都子。

「若い頃なら五分は行けたけれど」

「ボクシングでも、三分戦ったら一分はインターバルですよ」

 と苦笑する麻里奈。自分の椅子を勧めると、

「改めてご用件は?」

 美都子はバッグから一冊の台本を取り出した。

「出演依頼をしに来たの。主演は決まっているのだけれど、フィルムの冒頭で主人公と戦う敵の役を貴女にやって戴きたいのよ」

 出番は冒頭の五分だけだが、重要な役どころだ。台本には段取り無しでの真剣勝負。とだけ書かれている。

「主演はどなたが?」

「春瀬綾香さんにお願いしているわ」

 動ける美人女優として人気である。麻里奈よりは五つ若い、四十ちょうどだ。

「条件を二つ、呑んでいただけるなら」


 麻里奈が出した一つ目の条件は、

「自分の出演シーンを自分で演出・編集させてもらえるなら」

 彼女が関わるのはその一日だけ。衣装も作品のイメージに合わせて自前で用意し、メイクを担当するのは麻里奈の専属を務めた野田可奈多に頼んだ。スケジュールはどちらかと言うと可奈多合わせである。

 二人の武器は長めの杖。主人公は薙刀使いで、麻里奈の役は普通の棒術である。刃については後で背景も含めてCG合成する。

「では始めましょうか」

 打ち合わせなしの一発撮り。カメラは三台用意して、三分間を五セット。これを後で編集する。

 まずは初めの一分。対峙してのセリフの応酬だが、音は後で入れる。

 そこから殺陣の始まりである。戦いの決着は、麻里奈の背後から第三者の声が掛かり、そちらを振り向いたところで主人公の一撃が入ると言うもの。

 麻里奈は主人公の強さを強調しつつ、自身の存在感を観客に強く印象付けるアクションを行った。

「参りましたよ」

 と綾香。

「本気で倒しに行ったのに、きっちり三分持たせて来るんですから」

「こちらこそ。隙があったら仕留めてやろうと虎視眈々と狙っていたのに」

 と笑い合って握手を交わす。

「では編集に入ります」

 三時間ほどと予告していたが、一時間少々で仕上げて戻ってきた。CG処理まですでに終わっていた。

「CGも水瀬さんが?」

 とスタッフが目を丸くするが、

「そこは専門家に頼みました」

 麻里奈は旧知の勅使田類とアクセスして助力をお願いしていたのだ。

「では最後の一分を撮りましょうか」

 と麻里奈。

「それなんだけれど、シナリオを変更するわ」

 と美都子監督。

「当初のシナリオでは敵は斬られておしまい。だったけれど、谷底に落ちて生死不明にするわ」

 この作品中での再登場は無い。が映画が当たって続編を作る際のとっかかりにするのだと言う。

「そうですか。このメイクにしたのは正解でしたね」

 麻里奈は仮面をつけて顔を隠して撮影に挑んでいた。その仮面を外すとその下には、

「私ソックリ」

 特殊メイクで綾香そっくりの顔立ちに仕上げていたのである。

「これなら再登場の際には春瀬さんが演じるのも可能ですね」

 改めて声を掛けられるところから。この役は麻里奈が出した二つ目の条件に基づいて天音が行っている。つまり鵜野天音をバーターで出演させることが条件であったのだが、

「こちらとしても望むところだわ」

 麻里奈が条件として出さなくても、美都子は天音に出演を依頼しようと思い立っていた。

 天音の声掛けで動きを止める麻里奈に対して、綾香演じる主人公は武器を振り下ろす。実力が拮抗した二人の間に生じた僅かな隙が勝敗を分ける。

 麻里奈は仮面を外して、

「貴女の思うように生きなさい」

 と最後のセリフと共に画面の外へ消えてく。

 谷底へ落ちる場面は後でCGで作成する。

 これで麻里奈の出番はすべて終了。


 主演の春瀬綾香と対峙するのは五人の若手女優。鵜野天音も含まれている。

 設定上は冒頭のシーンから数年後。隠れ里を逃れたヒロインを追う五人の刺客に襲われる。シナリオ上では四人は返り討ちになり、一人が救われて相棒となるのだが、その一人はこの立ち回りを通して決定される。つまり五人の若手女優は仲間であると同時にライバルでもある。

 事前の打ち合わせで、

「これが事実上の選抜戦である以上、順番に掛かるのが常道なのでしょうけれど」

 と最年少である天音が口火を切る。

「一対一ではあの人に勝てません」

 綾香は大河ドラマの主役を演じる際に薙刀を習って段位を獲得した。そればかりか演じ終えた後も修練を続けて段位を順調に上げていると言う。それに対して五人が持つのは模擬刀である。

「何が言いたいのかしら?」

 と最年長の二十九歳。まだ代表作が無く、これが最後のチャンスと入れ込んでいる。

「総掛かりで倒しに行くべきです。と言っても全員で一斉に仕掛けるのは有効ではありません」

 連携が取れなければ各個撃破されるだけだ。

「同時に掛かるのは二人まで。三番手は隙を見て首を取りに行く」

「それだと止めを刺したモノが漁夫の利を得るのでは?」

 と中間の二十四歳。

「そこで止められればそうなりますけれど、そうなったら改めて私たちで総当たり戦を指示されるでしょうね」

「私は乗るわ」

 と二番の二十七歳。

 反対意見は出なかった。

 一人発言を控えていた四番はこの計画を綾香に通報した。

「そう。こちらとしては望むところだわ」

 と嘯くと、

「貴女も本気で掛かってきなさい」

 と微笑んだ。

「十分間は何があってもカットを掛けないように」

 と綾香は宣言した。

 一対五の真剣勝負が始まる。

 総掛かりを予告されていた綾香は初手で先陣の二人をあっさりと沈めた。ダメージは無いが、首筋に刃を当てられたので何食わぬ顔で起き上がることは出来ない。

 この実力差だと一対一で仕掛けていたら、五分も持たなかったかもしれない。

 三番と四番は引き気味に戦わざるを得ない。

「武器を奪って」

 と天音は指示を出す。綾香が長物を操っている限り数を揃えても勝ち目はないと判断したのだ。それに対して無手であれば、天音にもわずかに勝機がある。

 だが武器を狙いに行けば確実に倒される。故に二人とも踏み込めない。仕方なく天音が前に出る。鍔迫り合い状態に持って行って武器の動きを制限できれば他の二人が動きやすくなる。筈であったが、綾香は刃とは反対の石突の部分を天音に向けてきた。

 薙刀は普通に使うと突き技がない。だが石突を用いることで突きが選択肢に入る。これだと迂闊に踏み込めなくなる。天音が突きを警戒して距離を取った瞬間に、背後にいた一人を打ち取る。これでダメかと思った瞬間に残った三番が捨て身で薙刀に抱き着いた。

 綾香は即座に薙刀から手を放して、倒した相手の剣を拾って最後の一人を倒す。

 これで天音と一対一。時間はまだ半分残っていた。

 理想は無手の勝負であったが、剣の勝負なら薙刀よりは若干マシと開き直って攻勢に出る天音。綾香は無理をせずに受けに回る。時間が余っていることを計算しているようだ。

 天音との一騎打ちになった時点で選抜戦は事実上終了となった。後はこの場面をどのように決着させるかになる。

「カット」

 膠着状態のままで十分が経過した。

「この後は台詞の応酬になるのだが」

 と監督。

「台詞は入っています」

 と天音が答える。

「では決着に至る段取り(シナリオ)を説明します」

 と武術演出兼総監督の潮江女史。

「仕方ない。私の奥の手を見せよう」

 この台詞をきっかけに次のシーンを始める。綾香は外套を脱いだ状態で登場。背中に差した短刀を抜いて二刀流を披露する。これは先ほどまでの立ち回りでは存在しなかった追加設定である。

 左手に剣を構え、右手は短刀を逆手に持つ。実は綾香は左利きなのだが、薙刀を使っている間はその特徴は生きていない。二刀流のアイディアは麻里奈からの提案であった。

 通常の二刀流は左手に脇差を、右手に太刀を持つ。左は防御に用いて右が攻撃用になるが、綾香の二刀流は長さが逆。しかし左の太刀で攻撃を受け流し、右手で止めを刺すと言うスタイルに違いは無い。薙刀を操っているときは如何に間合いを詰めるかに苦心したが、今度は近間は死地になる。

「剣ならもう少し行けると思ったのに」

 左で鍔迫り合いを演じながら、右手の短刀が天音の首筋を捉える。

「このまま死ぬか。それとも私に付いてくるか」

「この命お預けします」

 そしてストーリーは動き出す。


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