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三従士の初陣

 松木美津流は神林希総の腹心、三従士の筆頭である。

 彼ら三従士は希総と直接の雇用契約を結び、神林の系列企業に派遣社員として送り込まれる。松木の最初の派遣先は神林ロジスティクス(KL)の総務部である。

 KLは希総の母希代乃が買収した複数の企業を合併したモノなので、それぞれの企業文化が未だに残っている。その最たるものが様々な提出書類の書式である。統一規格を提示してあるのだが、旧書式で出される書類が一割程度あって、それを直すのが松木に与えられた業務である。

人材交流フォーラム(パルコム)より派遣された松木です」

 直属の上司である課長(彼だけが松木の素性を知っている)から文書の入った封筒を受け取って部屋の隅で自前(支給品)のパソコンを開く。

 ボスの希総から鍛えられた松木にとってこの手の地道な反復作業を全く苦にしない。とは言え、この仕事は彼の任務の半分である。彼ら任務は希総の耳目、代理人である。希総の顔はすでに知れ渡っているのでお忍びで現場を視察すると言う訳には行かないのだ。

 キーボードに指を走らせながら、社員たちの様子にも注意を払う。松木は部の主将を経験する事でこの手のスキルを獲得していた。

 社員から仕事を頼まれることもあったが、

「それは契約にないので」

 と断る。そもそも時間契約で職務もあらかじめ決まっている。契約外の仕事を引き受ける義理はない。

 正社員の中には契約社員を下に見るモノもいるが、両者に上下関係は無い。松木に限ってみれば、社長と直接繋がっている関係から上と言っても良い。社内のデータにアクセスする権限を与えられていて、事前に課内の社員のデータには目を通していた。

 神林の系列企業では一つの職務に二人以上で当たる分業制を原則としているのだが、まだ完全には行き渡っていない。それが顕著なのが外様の合併企業であるこの会社で、この課でも半分以上が単独責任で回っている。現状で上手く行っているなら無理に変えることは無い。と言う意見もあるが、それを確認するのが松木の役割である。

「ランチに行きませんか」

 と女性社員に誘われたが、

「弁当があるので」

 松木が取り出したのは保温機能付きのランチボックスである。

「愛妻弁当ですか?」

 とからかわれたが、

「自分で作っていますよ」

 と松木。

「料理は自分の方が得意なので」

 と言いながら左薬指の指輪を示して既婚者を強調する。

 松木家は手取りなら妻の方が上である。但し夫の美津流は現物支給が多い。衣食住のうち、住は家賃から光熱費を含めて非課税の手当として処理されていて、衣に関しても今着ているオーダースーツは支給品だ。食についても月に一度の報告会と言う名の食事会の他、季節ごとの高級食材が貰える。調達しているのはこの会社だ。

 三日目の午後、スマホに通信が来る。

『何時に終わる?』

 ボスの希総からだ。

「四時には上がります」

 と返すと、

『では社長室で』

「了解」

 と最後はスタンプだ。

 仕事を終えると早々に最上階へ向かう。松木の持つパスを使うと社長室への直通エレベーターを利用できる。

「今日は出勤日でしたか」

 希総は系列企業の二社で社長、他にも数社で役員を務めているので、それぞれに足を運ぶのは週一になる。

「調子はどうだい」

 秘書は席を外しているので、希総自ら紅茶を入れてくれる。

「順調です」

「これは母から与えられた宿題の一つなのだが」

「ボスが直接出向いても片付きませんよ」


 週末。歓迎会と称して数名の社員から飲み会に誘われた。契約社員としては参加する義理は無いが、裏の任務を考えると貴重な情報収集の機会である。

 この手の突発的で領収証が取れない案件の為に、必要経費として現金が定期的に渡されている。給食費と言う名称なのは、食事に使われる事(情報提供者との会食など)が多いからだ。

 参加者は二十代の若手ばかり。女性三人に男性二人。ほぼ合コンである。

女性1「背が高いけれど、何かスポーツをやっていたの?」

松「バレーをやっていました」

女性2「ポジションは?」

松「ウイングスパイカーを。大学ではオポジットもやりましたが」

女性3「奥さんってどんな方?」

 と訊かれてスマホの待ち受けを見せる。夫婦のツーショット写真だ。

男性1「美人だな。と言うか背が高いな」

 写っているのは上半身だけだが、身長差が判る。

松「俺とはちょうど十センチ違いですね」

男性2「松木君は190くらい?」

松「残念ながら一センチ足りません」

女性1「スタイルが良いわね。もしかして奥さんもバレーを?」

松「ええ」

 情報を得るにはこちらからもある程度与えるべき。と言う訳でここから情報を取る側に回る。

 初めは個々の仕事についての不満を聞く。これが下手すればトップの耳に入るかもしれないと知っていたら、こんなに簡単には話してくれなかっただろう。松木の方も、細かい個人の不満まで上げる心算は無かったが。

 共通する不満は、仕事を任せてもらえない事なのだが、これは本来ならおかしい話で、神林の方針は複数の人間でのクロスチェックである。ベテランになると仕事を一人で任されると言うのは方針に逆行している。だが派遣と言う立場にある松木はここでそれを指摘する訳にもいかない。

 最大の元凶は最古参の沢野女史。合併前から勤務していて、管理職への昇進を固辞して現場にとどまっている。一人で三人分の仕事を担当していて、彼女が抜けると現場が回らないと言われるが、これは希代乃が最も避けたい状況だ。女史が優秀なのは大前提としても、仕事量が多いのはクロスチェックを省いているお陰でもある。

「それは一大事だな」

 報告を受けた希総も珍しく表情を曇らせた。

「しかしモノは考えようだな。その沢野女史さえ取り除ければ一気に正常化できる訳だ」

「その為には人員の補充が不可欠ですが」

「早急に二人準備しよう」

「二人ですか?」

「あと一人分は君が埋めてくれ」

 と希総は笑う。

「沢野女史が抱えている仕事の分量が実際にどれくらいあるのかは、ブラックボックスを開けてみないと判らないからね」

 実際の作業量を見て微調整すると言う判断だ。

 チャンスはそれから二週間ほど後。沢野女史が有給を取った。

「理由は聞いていないが、数年前に亡くなられた御父上の墓参りだろう」

 毎年同じ時期に有給を取っているらしい。彼女は他に係累もなく天涯孤独だと言う。

 鬼の居ぬ間に、ではないが、松木は精機の仕事をパスして沢野女史の関わった仕事のチェックを始める。データは女史が登録したパスワードで保護されているが、彼はそれをクリアするマスターコードを与えられているのだ。

 十年分のデータを自分のパソコンへコピーする。

「これは・・・」


 翌日。出社した沢野女史は社長室へ呼び出された。

 社長室には希総の他に松木も控えている。沢野は松木にちらりと視線を向けたが、何も言わずに勧められた椅子に腰かける。

「実に見事な処理でした」

 沢野が座ると同時に松木が切り込んだ。

「今まで見つからなかったのも無理はない」

「この松木が貴女の処理された書類に不備が見つけました。残念です」

 と希総。

「やはり、社長の送り込まれた密偵でしたか」

 沢野はどこかほっとしたような表情になる。

「金の使い道は、御父上の治療のためですね」

 沢野の唯一の係累であった父親が完治の難しい難病にかかり、多額の治療費が必要となったのだ。

「そこまでお調べでしたか」

 目的はすでに達している。だからこそこの落ち着きなのだろう。

「もっと早くに申し出て戴ければよかったのに」

 仕事を減らせば、父に寄り添えるが、それでは治療費はおろか生活費も賄えない。

「その当時に相談してもらえればいろいろと対応策もあったのですが」

 神林にはその為の救済制度も存在する。総一郎の母みさきが若くして亡くなった事がこの制度の念頭にある。

「制度は知っていましたが」

 仕事人間であった沢野は仕事に没頭することで父を失う恐怖から逃れようとしてしまったのだ。

「この書類に署名してもらえば、遡って手当を算出して、貴女の横領分と相殺します。但し」

 収支のつじつまは自分で修正するように、と言い添えた。

「処理が済んだら、引継ぎを済ませた上で移動していただきます」

 と言って辞令を渡す。

「警備保障ですか」

「その手腕を存分に使ってもらいます」

 仕事の内容は事務処理の不備を看破する事。言葉は悪いが泥棒を捜査官に使うと言う事だ。

「幸いにも向こうの社長も僕ですので」

「どうしてそこまで私を買ってくれるのでしょうか?」

「一言で言えば、沢野さんの手際が見事過ぎたのですよ」

 と説明を始める。

「着手が十年前。当時の社長はまだ母でしたね」

 結果として沢野はあの希代乃を出し抜いた。すべての行動を白日の下に晒して罪に問うとなると、直属の上司をはじめとしてトップの希代乃まで類が及ぶ。

「母なら自分も含めて大改革を断行するでしょうけれど、僕にはそこまでする必要はありませんので」

 むしろ最低限の処分で効果を最大化する方を選ぶ。

「こういう人なんですよ」

 と松木。

「有能な人間を見つけたら、その能力を最大限まで発揮させて利用する。

「こういう人なんですよ」

 と松木。

「有能な人間を手に入れたらその能力を最大限まで発揮させて利用する。その強欲さは父親譲りなのでしょう」

 こう言う事が言えてしまう辺りに、松木が忠臣ではあってもイエスマンで無いことが示されている。希総の方も苦笑しつつ、

「僕は母と違って神林の乱を起こす必要性がありませんので」

 状況はあの時と似ている。女性である希代乃は神林の乱によってその存在感を内外に知らしめた。だが男子として生まれた希総は、生まれた瞬間に神林の後継者として認知されていた。今回の決定も希総の権限の範囲内であり、希代乃が異議を唱える事はむしろ息子の足を引っ張ることになる。そこに明らかな瑕疵があれば苦言を呈してくるであろうが、

「会長からはすでに内諾を取り付けています」

 KLは非上場で筆頭株主は四割を持つ社長の希総。会長の希代乃が三割で残りは神林重工本体が保有している。重工の社長も希代乃なので、彼女には事実上の拒否権があるが、滅多なことでは行使しない。


 修正に半月。並行して業務の引継ぎも済ませた。交代の人員は系列の警備保障とマテリアル(これは同じビル内の移動になる)から一人ずつ。しばらくは松木も手伝ったが、課内の全員に仕事を配分して目処が付いた。同時に一つの仕事に二人が付くと言う原則も完全に機能するようになった。

 任務完了。


三人分まとめで書くつもりだったけれど、一人で枚数が来た。

残りの二人もいずれ書きます。

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