趣味と実益
宮園総美は義理の姉からママさんバレーのチームに入ってくれないかと話を持ち掛けられたが、
「練習を見てから」
と即答を避けた。
「問題は義姉のチームがどちら寄りかなのよね」
すなわち趣味でやっているのか、実益つまり体力づくりを主にしているかである。
総美はそれを確かめるべく助っ人として妹の華理那を連れて練習場を訪れた。二人は見学者と言う形で体育館の隅で戦力分析を始める。華理那は持参のパソコンで、総美はスマホのアプリでメンバーの実力を査定して入力していく。メンバーの名簿を貰って名前と顔は把握済みである。
評価はざっくりと心技体の三要素。と言っても心については練習を外から見ただけでは測れないので現時点では空欄である。評価はAからEまでの五段階。最上位としてS評価もあるが、そんな実力者がこの場にいるはずもない。
二人の評価はほぼ一致した。技術的には粗削りだが、長身の選手が多い。
「これならブロック主体でチームが作れるかも」
と既に乗り気な総美である。
「それは皆さんのやる気次第ですね」
と冷静な華理那。
休憩に入り義姉から二人が紹介される。
「西条さんでしょう」
声を上げたのはチームで最も若い原美乃梨。総美よりも二歳上で、高三のインターハイで当たったと言うが、
「私はベンチにも入れなかったので、覚えていないのが当然ね」
「と言う事は一年の時からインターハイに?」
これはチームでセッターを務める山本樹利亜。
「全国大会なら、小学生の頃から高校を出るまで毎年」
「私はそちらの妹さんに見覚えがあるのだけれど。バレーとは関係ない所で」
最年長の板垣紫音。
「この二人は瀬尾総一郎前総理の娘さんよ」
「一つ質問したいのですが」
趣味派と実益派で二手に分ける。前者が五名で後者が十三名。総美の義姉は前者である。
「私が参加するにあたって、試合では趣味派を優先的に使いたいと考えています」
これに真っ先に異議を唱えたのは趣味派の美乃梨である。
「これはモチベーションの問題です」
華理那が説明を始める。
「バレーに実益を求める人にとって試合の勝利とはただの結果にすぎません。一方で趣味でバレーを選ぶ人にとって勝利は目指すべき目的になるでしょう」
これはどちらが正しいと言う話ではない。
「趣味側は、私を入れても六人しかいないので、実益側からも選手を選んで試合に臨むことになると思いますが」
と総美。
「是非とも総美さんの実力を見せて戴きたいわ」
実益側の板垣さんである。
「それでは二対二でミニゲームをやりましょう」
総美は華理那と組んで無双した。いやむしろ華理那がジャンプフローターで敵を翻弄した。後衛一人では対応しきれずに二人三人と増やすことになるが、やっと上がったところで総美のキルブロックが止めを刺す。
一セットも持たずにギブアップ。
「こういう事よ」
と総美。趣味でバレーをやっているなら、どんなに劣勢でも試合を投げ出したりしないだろう。特にバレーボールは最後の一点を失わない限り負けないスポーツなのだから。
「それではバレーに必要な基礎運動力を強化するメニューを提示しますので、出来る範囲で挑戦してください」
バレーは脚力。上に飛んだり左右へ移動したりする能力が必要となる。総美が与えたメニューの一つがスクワット。但し股関節の柔軟性を意識させるために、腰を下げる際に足を一歩左右へ交互に踏み出す。腰を上げる際には足を閉じる。腕を体側に付けてインナーマッスルを意識することで体幹も同時に鍛えられる。
.「これは兄の受け売りですが」
と華理那。
「バレーの基本は予測と反応です」
予測は実戦を経験して磨かれるが、反応は地道に身体能力を高めていくしかない。目標を定めて正しく努力すれば結果は得られる。
翌週。華理那は義姉の西条沙也加の助っ人に駆り出されていた。
「厄介な新人がいるのよ」
そこそこ上手いけれどやる気がない。だけならばまだ良いのだけれど、
「裏でスポーツクラブの勧誘をやっているらしいのよね」
つまり引き抜き工作である。
「バレーをやりたくて参加しているメンバーは良いのだけれど、体力づくりを目的としている人は、バレーで無くても良い訳だから」
今のところ辞めた人はいないようだが、
「そういう事でしたか」
総美が華理那を頼ったのもそういう背景があったのだ。
「その方の意図は置くとして」
良かれと思ってやっているのか、何かリターンがあるのか。
「さや姉のチームは人数も多いので、ある程度は抜けても構わないのではないですか?」
「今の状態は全体の士気にかかわるのよ」
「やり方を任せてもらえるなら」
言質を取った華理那は沙也加のチームの中でも体力づくりを目的とする面々を集めて説明会を開いた。
テーマはバレーボールを体力づくりに用いるメリットとデメリットについて。
「その最大のメリットは、なんと言っても費用が安いことです」
スポーツクラブの会費は高額だが、定期的に通って専属のトレーナーの指導を受けられるならば十分な効果は期待できる。但し、
「これが続くのは自発的に運動を求めるタイプの人で、他人に誘われてクラブに通うようなタイプの人は中々続かないモノなのです」
多くの人が身に覚えがあると見えて無意識に頷いていた。
「ここで第二のメリットです。バレーボールいと言う競技の特性として、仲間の助けがないとゲームが成立しない。これが合う人と合わない人がいます」
誰かのミスで負けるのが嫌なタイプはそもそも団体競技に向かない。
「そういう性格の方には登山とかランニングとかのグループへ移ることをお勧めします」
と言い出したので沙也加も困惑した。
「逆に自分がミスしても誰かが助けてくれる。それがこの競技を長く続ける為のポイントですが、その一方で自分が決めてやろうと言う人も欠かせません。強いチームを作るにあたってはその配分が最大の難点なのですが」
この説明会によって約二割がクラブを辞めて別のスポーツを始めたのだが、逆にこれが宣伝効果を生んで二倍の有望な新人が集まってきた。
「まさかここまで計算していたの?」
と目を丸くする沙也加に、
「減った分を埋め合わせる計画も用意していたんですけれど、不要になりましたね」
「・・・。やっぱり任せて正解だったわ。私はバレーの事しか判らないから」
新人の技術指導に関しては従妹の刹那の手を借りた。
刹那は身体的スペックは飛び抜けているが、技に関しては極めて基本に忠実で、体育教師をやっているだけあって教えるのも上手い。
そして二人のチームが練習試合を組んだ。
「こうしてネットを挟んで対峙するのは初めてね」
と沙也加。
「今日は胸を借りるわ」
沙也加のチームは県大会を勝ち抜いて全国大会の経験を持つが、総美のチームはまだそこまで行っていない。
華理那と刹那も審判として駆り出された。
例のメンバーは残っているどころかセッターである沙也加の対角で出場する。
「あの人は何がしたかったでしょうね」
と華理那に聞かれて、
「ああ。あれよ」
沙也加の視線の先には応援に来た総志に話しかける例の女性がいた。
「そお兄が目当てだったのね。それにしては」
沙也加が随分と冷静だ。昔ならもっと悋気していただろうに。
「だって。見るからに相手にされていないのだもの」
と妻の余裕を見せる。
総志は昔から女子にモテたが、興味のない相手には素っ気ない所が実に母親似であった。弟の希総などはある種の帝王学として女性のあしらい方を父の総一郎から仕込まれていたらしい。
試合が始まる。
「あちらは総美がセッターをやるのね」
と言ったのは母の志保美。沙也加のチームのメンバー、と言うか沙也加をチームに迎えたのが志保美なのだが、今日はベンチスタートである。隣には息子の総志。総志は娘の弥保歌を、志保美は双子の兄秀志を抱いている。
「小学生の頃は二人で交互にやっていたけれどねえ」
小学生の頃は総志も含めた三人の身長は同じくらいだった。中学に入るとセッターは沙也加が担当し、二人の身長差も顕著になった。沙也加の方が小さいからセッターになったのか、セッターになったから身長の伸びが止まったのか、判断の難しい所だが、同じような関係の春真と希総を見ると、後者の要素が強いように思える。
総美のチームはリベロを除いて全員が170以上と言う編成になっている。この高さを生かしてバンチシステムを布いてリードブロックを行う。
「完成すれば無敵だけれど、まだまだ発展途上ね」
沙也加が指揮する時間差攻撃に翻弄されて、試合の方は2-0で沙也加のチームが勝った。
「ふうがセッターだとやっぱり攻撃機力が落ちるわねえ」
「おかげで課題が明確になったわ。でもそれはそれとして」
本人は不完全燃焼だったらしく、
「華理那。こっちに入ってトスを上げてくれない」
「良いですけれど」
「それなら刹那をこっちに入れるわ」
と沙也加。
「審判は俺がやろう」
と総志が動く。
クロスとストレートを空中でワイドに打ち替えてくる総美は手練れブロッカーほど翻弄されるのだが、身体能力が飛び抜けている素人である刹那には通じない。まさに天敵である。華理那は即座に総美を囮にして他で勝負する戦術に切り替えた。高さでは総美のチームの方が上回っているのだから。
逆に刹那の単純な高さは総美のチームのブロックをやすやすと超えてしまう。空中戦では勝ち目がないと判断した華理那はブロックを一枚だけにしてディグで対応するように指示を出す。高さで対抗しうるのは総美くらいだが、それだとレシーブの手が足りない。そもそも刹那と一対一で張り合えるアスリートは国内には居ない。
華理那の戦略は刹那の身体能力をかろうじて封じたが、総合力では沙也加のチームに軍配が上がる。
沙也加は改善点をつらつらと十項目ほど並べ立てた。
「まあどれから手を付けるかは皆さんの気持ち次第ですけれど」
この練習試合をきっかけに趣味派へ転向したメンバーが出た事で練習の質も向上したらしい。
別々に考えていた総美と沙也加の話を混ぜたら、華理那の話になっていました。




