爆走遊戯
秋。神奈川県H峠。百名を超える走り屋がここに集まった。道路改修の為に通行止めになるのだが、その機会を利用してこの場の使用許可を取った人物が居たのである。
「今や絶滅危惧種となった走り屋の皆さん。ようこそ」
トラックステージに立って挑発的な挨拶を始めたのはこの企画を立てた御堂春真本人である。スタッフ全員が揃いのレーシングスーツを着ている。
自動運転が主流の当世において、自らステアリングを握って走りの腕を競うなどナンセンスだ。プロの自動車レーサーであってもサポートAIを使うのが一般的で、それを前提としたF0と言うレース規格も存在する。
「皆さんの存在意義を図るため、これよりこの公道を使った予選レースを開催します。詳細は事前に通知した通り・・・」
参加費用は一万円。登りと下りの二本それぞれに運営が設定したタイムをクリアすれば十万円の賞金。両方をクリアできれば百万円が得られる。但し、
「両方ともクリアできなかった場合には載っている車を差し押さえさせていただきます」
申し込みをするとGPS内蔵のナンバーシート(磁力式の剥がせるタイプ)が渡される。これをボンネットに張り付けてスタートゲートを潜ると時計が動き出し、ゴールゲートを潜った時点でタイムが記録される。このシートには二次元コードが付いていて、スマホで読み取るとコースの概要が見られる。
「まずは山登りから挑戦してもらうことになりますが、そこでリタイヤする場合にはシートを外して係員に渡してください」
参加費用は返ってこないが、車に載ってそのまま帰って構わない。
「この基準タイムはそこにおいてある俺の愛車が叩き出したものだ」
とステージ前にある赤いポルシェ・ケイマンを指差す。
「但し、実際に運転したのは自動運転システムだ。この意味はご理解いただけるだろう」
要するに自動運転に勝てない走り屋には存在価値はない。
「予算と時間の関係もあって、シートはちょうど百枚しか用意していない。すべて配り終わったら締め切りになるので、ご了承いただきたい」
参加費用の合計上限は百万円。上り下りの両方をクリアしたドライバーが出た時点でお仕舞いになるが、そもそも参加費用だけで運営費が賄えるはずはない。各所に配置されたカメラの映像が後日有料配信される手筈になっている。没収された車も費用補填の材料ではあるが。
おおよそ十分おきにスタートさせるり。登りで基準タイムをクリアした走り屋は僅か七名。この時点で約半数がリタイアを決断し、シートを返して山を下りて行った。
「思ったよりも残ったなあ」
最後尾で登ってきた春真がそう評価した。
「これって、ペイするの?」
峠の上で待っていた妻の美紗緒が不安そうに尋ねる。
「まさか。これ単独ではペイしないよ。このイベントはあくまでも先行投資だから」
と笑う春真。
「じゃあ利益はどこから引き出すの?」
「まず第一に、うちが開発しているADSの宣伝」
御堂はF0にも参入して実績を上げているが、業界のシェアはそれほど大きくない。
「うちは後発だからな」
「そもそも本業からはかけ離れているものねえ」
実際にADSの販売を行っているのは速水の系列である。速水は元は小さな町工場で、二代目の秀臣が御堂の娘を妻に迎えたことから医療系の精密機械も扱う様になった。故に御堂の本業と結びつかない仕事も多い。ADSを扱う速水電産は速水と西条の共同出資で作られた企業で、基本システムを作ったのは西条総志であった。総志は父を経由して速水精機の株式を保有していて、経営にも一定の発言権を持つ。
「兄さんからは速水株を買わないかと再三言われているけれどね」
速水株の市場価格は彼が貰った時の二倍近くになっている。
「総志義兄さん、何かお金が必要なのかしら」
「別に急ぐ訳ではなさそうだよ」
と春真。
「何なら、希総が買っても良いよと言ったら、流石に御堂側が了承しないからと、断っていたから」
話を戻す。
山の下で待機していていた係員からリタイヤ組の撤収完了の連絡が入った。
「では後半の山下りのタイムアタックを開始します」
登りで基準タイムをクリアしたドライバーは後回し。車の没収が掛かった参加者から先にスタートさせる。残ったのは四十五名。そのうち登りをクリアしたのが七名なので残りの三十八名が挑戦して、生き残ったのは僅かに三名。実に三十五台の車が没収されることとなった。
車を失った参加者はバスで最寄り駅まで送られて、帰りの電車賃を支給された。参加費用として払った一万円よりも高額のリターンになったモノもいるが、車を失ったので大損である。
そして登りをクリアした七名による百万円チャレンジ。成功者は二名出た。
「さてここからが本番だ」
残ったのは十名のドライバー。
「これから俺の愛車とのバトルをやってもらう」
「賞金は?」
とドライバーの一人。
「無い。勝った人間をうちのテストドライバーとして採用する。故に希望しない人間はそのまま帰ってもらって構わないよ」
「我々はタイムではその車に勝っているだけれど」
と別の一人。
「あのタイムは市販のノーマルモードで出したモノだ。安全マージンを外したバトルモードで走ればこちらのタイムも上がるよ」
そもそも市販のADSは追い抜きを考慮していない。F0で用いるのはドライバーが主体でAIはあくまでもサポート。つまりドライブアシストシステム(DAS)と呼ばれる。これは素人が下手に使うと危険なので市販していない。
「採用を辞退するのは可能ですか?」
と別の一人。
「良いけれど、それは勝ったうえで言わないとねえ」
全員が参加を表明した。
「登りと下りを交互に戦う。順番は予選タイムの遅いモノから」
と言う訳で初戦は登りの七位。二台が出発した後で、下りのみの参加者が後に付いて上に上がって待機する。
「先行とと後追い、どちらにする?」
と聞かれて、
「前で」
「了解」
前を走れば最低限負けは無いと思ったのだろうが、春真のポルシェはコースの中盤で見事な追い抜きを決めた。
「まずは一人」
下り組の三名が上がってきて下りの第一戦。
「後追いで行きます」
コースの中ほどでぶっちぎっての勝利。
「ほんとにタイムを上げてきた」
春真のタイムは基準タイムを大きく上回って本日のベストタイムであった。
登りの二戦目は後追い。勝敗を度外視して、登りでもタイムが上がるのか試してきたのである。そして実際に登りでもベストタイムを更新してきた。
下りの二戦目。先行車を終盤に余裕をもって抜き去った。
登りの三戦目は下りもクリアした百万円ゲッターである。先行を選んで最後まで譲らなかった。
「GJ。AIが最後まで抜けると判断しなかった」
下りの三戦目は先行を選択。突っ込み過ぎて途中でスピンを起こす。春真の車は事前に危険を察知して減速していたので問題なくこれを回避した。
自力で降りてきた下りの二位を加えて、
「ADS車は互いの走行情報を共有しているから車両事故を起こさない」
と演説を始める。
「困るのはADSを切ったり、そもそも付いていない車だ。ADSを義務化して、非ADS車は公道を走れないように法律を改正すべきと言う議論があるのはキミらも承知しているだろう」
それが実現していないのは、海外のメーカーが非関税障壁だと抵抗を示しているからだ。代案として現状ではADSがない車を運転する場合に高額の保険料が課されている。
「俺がスピンすると分かったのか?」
「こいつのお陰だよ」
と空中を浮遊するドローンを指差す。
撮影の為に飛ばしているのだが、そこから得られる情報はADSにも共有されている。
「要するに外部にも眼を持っている訳だな」
登りの四戦目。先行を選んで大きな車体でブロックを試みたが、速度を犠牲にしたためにわずかな隙をついて追い抜かれた。
「むしろパワーにものを言わせて逃げた方が勝算があったなあ」
下りの四戦目は登りの三番手。後追いを選択して健闘したが、少しずつ離されて敗北。彼は登りの再戦があるのでタイヤを温存したようだ。
登りの五戦目。
「タイヤは大丈夫なのか」
と訊かれた春真は、
「履いているのは耐久レース用に開発された特殊な素材を使っているから、十時間くらい高速で走り続けても平気だよ」
ADSを組み込む際に駆動系にもかなり手を入れている。それもメーカーと共同で。その後に販売されたP社の車にこのノウハウが反映されている。掛けた費用はすでに回収済みだ。
「・・・。長引いても不利になるのはこちらばかりか」
人間と違ってADSは疲労によるミスは犯さない。それどころか走るほどデータが積みあがって走りの精度を高めていくだろう。タイムの遅いドライバーから相手しているのもそれが狙いだ。
「経験値になりたくないので」
五番手に出走する予定だったドライバーはリタイアした。六番手の北条虎獅狼氏は地元の走り屋で箱根峠の主と呼ばれる。登りで二位下りが一位と言う、恐らく集まった走り屋の中でも最強のドライバーだ。
「それなら登りと下りをいっぺんにやってしまおう」
上に連絡してターンの為の三角コーンを置いてもらう。
北条は先行を選択した。これで千切れなければ次は先後入れ替えになる。そうなったら勝ち目はない。
春真は登りではアタックを掛けなかった。何か所か仕掛けるポイントがあったが、彼は許可を出さなかった。ただ黙って腕を組んで様子を見ていた。向こうのバックミラーにも彼の薄笑いと共にその様子は映っていただろう。表情に関しては彼の地顔なのだが。
ターンして下りに入る。ここで初めて春真はステアリングに手を掛けた。
この時点でアシストモードに移行する。自動車の運転自体は十歳の頃から私道で体験しているので下手ではない。と言ってもレースで他人と競い合うような経験は無い。彼が行うのはADSが提示する選択肢から行動を選択すること。格闘ゲームで技コマンドを入れるようなモノだと言えば分るだろうか。
春真は何度かアタックを試みたが、遂に抜く事は出来なかった。
「合格です。是非ともその力をうちで生かしてほしい」
左手を差し出した春真に困惑する北条に、
「夫は左利きなので」
とフォローを入れる美紗緒。
「え、奥様だったのですか」 北条は春真の手を握って、
「今更ですが。昨年の正月にここの峠を登っておられましたね」
「ええ。俺にとっても勝手知ったる道ですよ」
登りは後二人残っていたが、これ以上は戦っても無駄と判断して終了となった。登りで引き分けて再戦待ちだった安堂李光人は第二ドライバーとして臨時採用。対戦の無かった登りの一番、武田紫紅馬はそのモンスターマシンを作った腕を見込まれてメカニック枠での採用となった。




