6-26話 青の世界(前編)
中央地区の東部、モールヴァン郡フィフスブロウの町。
第8地区と王都とのほぼ中間地点に位置する、周囲を森で囲まれた閑静な小都市だった。
3月も半ばとなる今の時期は、ほんの少しの残雪に紛れ、小さな黄色い花が草地に生え始め、春の訪れを教えてくれる。
そんな色づき始めた森と比べると、その屋敷は異様な色彩で彩られていた。
「さ、参りましょう、お義姉さま」
リュシエーラ王女は、その屋敷の執事に案内されながら、屋敷の中庭を通る。
その後ろを、彼女の義理の兄でもある冒険者、女勇者クルスが身を挺するように歩く。
中央に豪勢な噴水が位置するその中庭の道の周囲には、赤、白、紫、桃色と、この時期にしては明らかに豪勢絢爛な花々が咲き乱れる。
その一角、特別異質を放つ花壇に、この屋敷を象徴するかのように、青い花が咲いていた。
そしてその中庭の向こうには、白い壁、青い屋根の屋敷がそびえ立つ。
建築様式はこの周囲ではごく一般的な近代美術様式ではあるものの、どこか形容しがたい威圧感がその館の装飾からは感じ取られる。
「さあ、旦那様がお待ちです」
執事の案内で、玄関の扉が開かれる。
煌々と焚かれた蠟燭の光で溢れてはいるが、それでいてもどこか暗く、悪趣味な花の模様の壁を際立たせていた。
玄関ホールの中に入るリュシエーラ王女とクルスの前に、ひときわ大きな気配が立ち塞がる。
それは唸り声と共に、2人の侵入者を睨みつける。
「………………」
「ドラゴン、か……」
それは、竜の魔物、ドラゴンだった。
玄関ホール内に収まる程度の小型の幼竜。しかし獰猛な種族として名高いドレイク種の中でも最も強いとされる黒色の竜だった。
クルスはそのドラゴンの瞳を睨み返し、リュシエーラはさも他愛も無い存在であるかのように目線を外し、前へ歩き出す。
「ようこそお越しくださいました、リュシエーラ王女。それにクルス君も久しいね」
屋敷の主が、階段を下りながら2人を出迎える。
「多忙のところお時間を賜り、誠にありがとうございますわ、ロレムスミス様」
リュシエーラ王女は優雅に挨拶を返し、クルスは面白くなさそうな表情で、軽くだけ頭を下げる。
定型のやりとりを交わした後、再びリュシエーラとクルスは、執事の案内の元歩き出す。
ロレムスミス・ヴェルブロワ。
この国の貴族である、ヴェルブロワ家の現当主。
家柄であれば、国王の第4子であるリュシエーラ・アルバ・グランディールのほうが上ではあるのだが、グランディルを陰から操る貴族『六老聖』が一角、『青』ことヴェルブロワ家は、王族にとっても無下には出来ない相手であり、その当主ともなればなおの事である。
六老聖、とは言っても、現当主のロレムスミスは、年齢はほぼリュカやクルスとはさほど変わらない外見、には見える。
しかし実際には、齢200歳を超えるエルフという種族であり、現六老聖の中では最年長と言える存在である。
また、貴族でありながら武芸の腕も達者であり、単純な剣の腕では、冒険者ギルド最高位Aクラスのクルスに匹敵する程度の実力を持つ。
また、魔物使いの素質も持ち合わせ、先程玄関ホールにいたドラゴンの他、多数の魔獣をその飼育下に置いている。
クルスとは何度か、そのドラゴン関係の依頼で面会したことがある。直近では、昨年秋ごろ、脱走したドラゴンの始末をクルスが行ったばかりである。
リュシエーラにとっても、クルスにとっても、本来ならば会いたくはない相手ではある。
しかし今回のロレムスミスとの面会は、リュシエーラ側が頼んでの事であった。
食堂に様々な料理が運び込まれる。ロレムスミスのヴェルブロワ家主催の昼食会が始まる。
どれもこれもこの国最高級の食材を使った最高峰の料理だが、会食のムードは重い。
「時に、リュシエーラ王女、なんでも、新しいギルドの後見人になられたとか」
「あら、ご存じでしたか」
「なんでも、亜人種のみを集めたギルドとの事で」
「ええ」
「亜人種、とても良いですね! さぞや皆様可愛らしいのでしょう」
「そうですわね」
猫耳族や犬耳族といった獣人種を侮蔑する貴族が多い中、ロレムスミスが亜人達を誉めそやす言葉には、一見するとそう言った雰囲気は見られない。
「いやあ、羨ましいですね。私もいつか是非、亜人種を飼ってみたいものです……」
しかし会話を続けていくと、その言葉の端々から、どこか人間達に対するそれとは異なる、亜人種を下に見た空気が漂い始める。
一介の人間ではなく、ペットの愛玩動物程度としか考えていない。
そしてロレムスミスは、それを隠そうともしない。
クルスは苦々しく思いながらも、作り笑いを浮かべ、ロレムスミスの言葉を受け流す。
リュシエーラの心内はクルスからは分からないが、いつも通りの笑顔を浮かべ、その言葉を淡々とやり過ごしているようにも、同意しているようにも見える。
リュシエーラもまた、フロム・エデンの皆を、愛玩動物程度にしか思っていないのだろうか……そんな疑念がクルスの中に浮かぶが、その思考を必死でかき消す。
「しかし……素晴らしいですね。そんな亜人の彼等がギルドを立ち上げ、ヒトと対等であらんとするのですから」
貴族独特の言い回しを含む2人の会話は、若き頃に実家を飛び出したクルスには理解できない部分も多い。
しかしなおも会話は進む。
「時にクルス君」
「あ、はい」
突如話がこちらに向き、慌てて返答するクルス。
「先日はうちの愚弟、アクセルが世話になったと。いやはや申し訳ない」
「あ、いえ……とすると、あのアクセルはやはり、貴方の……」
「私の弟……と言えばいいのかな。まあ私はエルフで、アレは人間。種族も両親も異なるのではあるが」
先日クルスと会った、新興ギルド『アクセル・カウンター』のリーダー、アクセル・マウアー。
本人は『平民の生まれ』と名乗っていた。
ロレムスミス曰く、それは間違いではない。
聞けば、とある村にいたアクセルが『勇者』の資質を持っていたと明らかになった後、ヴェルブロワ家の養子として迎えたとの事だ。
アクセル達が身に着けていた青いマントを見て、そうではないかと、クルスも薄々思ってはいた事ではあるが。
こういう『囲い込み』は、歴史の中で何度も行われてきた事でもあった。
平民修身の勇者は歴史上そう多くはないが、その大半は時の権力者に目を付けられ、何らかの形で取り込まれてはいた。
アクセルも、それと同じだったのだろう。
「種族は違えど、アレは私の大切な弟。クルス君には是非、先輩勇者として今後も仲良くしてもらいたい。よろしく頼むよ」
「……はい」
クルスはロレムスミスの言葉を聞き、自分の中に勘違いがある事を悟った。
ロレムスミスは、フロム・エデンの亜人達を、人間の下に見ているわけでは決して無い。
ロレムスミスにとって、自分達エルフ以外の生物の序列は皆変わらない。
彼にとっては、『エルフ』か『エルフ以外』かだ。
人間もまた、エルフではない生き物、という程度でしかない。自分が飼っているドラゴンや魔物達、それと同格でしかない。
そんなロレムスミス、ひいてはエルフの家系のヴェルブロワ家の中で、人間の養子であるアクセルがどういった扱いを受けているのか……。
それは想像には難くはないが、邪推するべきでは無いのだろうか……。
中身のあるようで無いようにも見えるその会食は淡々と進み、そして何事もなく終わった。
「実りのある会食でしたわね」
リュシエーラはクルスに向かってそう話す。クルスにはそうは見えなかったが。
いったい自分は何の為に呼ばれたのか。クルスはそんな疑問が浮かぶ。
「お義姉さま、どこかでお口直しをいたしませんこと?」
「……そうだな」
エルフたち森の民の食事は、人間にはいささか物足りないものであった。
味に不満のある物では無かったが……それはリュシエーラも同じらしい。
フィフスブロウの町は、ヴェルブロワ家直営の領地だけあって、エルフ種族が多く生活している街である。
しかし、昼間の偉そうなエルフ野郎とは違い、人間にも好意的な、ある意味ではエルフらしからぬ性格の住民も多い。
クルスはリュシエーラに、とある一件の酒場を提案し、2人はそこで夕食を取る事となった。
以前、クエストで訪れ、酒場に降りかかった困難を解決したことがある場所だ。
「どんなクエストでしたの?」
「いやー、まあ……たいしたクエストじゃないけど……」
それまでの王女リュシエーラの服装から、冒険者ギルド職員リュカの服装に着替え、過去の思い出話を聞く。
あの時はありがとうございますと酒場のオーナーの挨拶と共に出されたその食事は、昼間とは随分と格が落ちるが、しかしリュカにも満足のいく味だった。
「それで、昼間の会食はいったい何だったんだ?」
話の流れで、先程の会食の話題となる。
あらご理解なさらなかったのとクルスの事を笑いながら、リュカは解説する。
「あの会食の目的は主に2つでしたわ。
ひとつは、我々冒険者ギルドに関わる事ですわ」
「我々、ねぇ……」
冒険者ギルドは今年の始めから、ひとつの窮地に立たされていた。
リターナーズ、ベネディクト団など、新興ギルドの登場である。
一時期は客足をそれらに奪われ、顧客やクエストの激減という、ギルド経営の危機に立たされていた。
しかしドゥーンズの壊滅など、3月となった現在では落ち着きを見せ始めている。
そしてそれらの新興ギルドの生き残りには、六老聖のバックアップがあった。
そのため、新興ギルドと冒険者ギルドとの対立は、六老聖対リュカの代理戦争の側面もあった。
昨年秋に『緑』ことビリジャン家を欠いた今現在、六老聖の数は5家。
『赤』ことガランス家は、元裏ギルドの上澄み集団であるリターナーズを。
『白』ことマルグリム家は、モニナ国マフィアのベネディクト団を裏から支援する。
『黒』ことシュヴァルテン家は、当初はドゥーンズを支援していた。
一方で、新興ギルドには比較的消極的な家もあった。
『橙』ことクレメンタイン家は、崩壊した旧暗殺ギルド集団をひとつにまとめ上げ、フローリアとして立ち上げてはいたが、こちらは苦戦している。
殺し屋組織と冒険者組織では大きく勝手が異なるらしく、活動に消極的なものや離反者も多く、思うようには動いていない。
そのためクレメンタイン家は、他家の思想からは距離を置き、リュカが実質上支援する冒険者ギルドと接触を図った。
あくまで冒険者ギルド方面に限った話ではあるが、橙と冒険者ギルド、クレメンタイン家とリュカは、書類上は同盟関係、事実的には不干渉状態となっている。
そして、『青』ことヴェルブロワ家。今回の新興ギルド騒動を、「愚かなヒトによる遊び」程度としか認識していなかった。
新興ギルドの立ち上げも、ペットに新しい玩具を提供した、くらいの感覚だった。
義弟のアクセル・カウンターの立ち上げもそのうちの1つだろう。
多色の家のような強大な組織の立ち上げは行わず、ごく小人数の集団を複数認定し、後は放任するだけにとどまった。
立ち上げたギルドの数は約20社と数こそ多かったが、いずれも数人から数十人程度いるだけの、小さな組織の連合体だった。
これらの状況が大きく変わったのは、第10地区で発生した『二月大火』だった。
ドゥーンズの戦果が芳しくなかった『黒』のシュヴァルテン家は、ドゥーンズを損切りした後、大火の難民集団である『黒檀旅団』を立ち上げ、その支援先を切り替えた。
これは国の北側のレンザ商業同盟や、第9地区革命の黒幕と目されるロスオール帝国の介入を防ぐためという見方が強い。
しかし封建的な貴族と新鋭的な商人とでは、どちらの分が悪いのだろうか。
レンザ同盟側は既に、この国の第1地区に商業的介入の動きを見せていて、シュヴァルテン家の動向次第では、黒檀旅団もレンザ同盟側に大きく傾く恐れがある。
最悪、シュヴァルテン家がそうとは認識しないうちに、既に連中に取り込まれ済みとなっている可能性もある。
「……と、いうわけでして。愚かな六老聖の一部はやっと気づいたのですわ。こちらと争っている場合ではない、と」
リュカは悠々と語る。
クルスは酒場の他のテーブルをちらちらと眺める。
一見するとリュカとクルスの2人だけに見えるが、この酒場内にはそうとは分からないように護衛が数名ついている。
いや護衛と言えば聞こえはいいが、要するに監視だ。彼等の雇い主は六老聖やリュカの兄弟達である事は想像に難くない。
そんな中で堂々と六老聖について批判しているのだが……リュカからすれば今更である。
「『黒』が『商人の皆様』と仮に手を組む事となれば、他の色の皆様の動きも変わってまいります。
まず、間違いなく『赤』と『白』が混じることになるかと思います。
『橙』は、今現在出来上がっている我々との糸をさらに紡む事になるでしょう。
では、残る『青』はどうするべきなのでしょうか」
「……『青』も、こっち側に付く、って事なのか?」
「今日のお話は、そのためのテストだったのですよ。
『ペットの皆様のお話』をされて、我々が我々の『ペット』に対してどういう想いをしているか、と。
愛情なく接しているのでは不合格です。かといって可愛がり過ぎている事を示しても、組織人としては心許無いものを見せるだけ。
あのお方は、私がどのように返答するか……それを探っていたのですよ」
「はあ……」
クルスは思い返す……が、ロレムスミスの話に対しリュシエーラがどういう返事をしていたのか、どうにも思い出せない。クルスの視点では当たり障りのない相槌にしか見えなかったのは確かだ。
ただ、クルスにもひとつ腑に落ちた点はあった。
「それで……急にアクセルの話を持ってきたのか」
「ウフフ、お義姉さま、ご立派でしたわよ」
「へっ?」
クルスからしたら、意味も分からずただ会話を受け流していただけに過ぎないのだが。
「あのお方は、あのお方なりにお義姉さまの事を評価していらっしゃいますわ。
だからこそ、その目で確認したかったのです。
大切な義弟を預けられるかを。
『ギルド間連合体制』の頭目に据えるに足るる人物であるかを」
「……………………は?」
何やら聞きなれぬ厳つい団体名がリュカの口から発せられたが……クルスはとりあえず、聞かなかったことにした。
「…………んで、会食の2つの目的のもう1つは?」
「こちらですわ」
リュカは、クルスに1つのファイルを渡す。クルスはその中を見る。
「さっき貰ったファイルか……で、このモンスターは?」
「ええ、ジェイク様より頼まれていた件ですのよ」
「ジェイク……」
冒険者ギルド第7支部の現ギルドマスター。
以前はどっかの教会の司祭だったはずなのに、何がどうなってそうなったのかは分からないが、今はソレーヌの上司となっている、あのうさんくさい男。
「ジェイク様曰く、その魔物が欲しい、と。
ですので、高名な魔物使いでもあるあのお方を頼らせて頂くことになったのです」
「この魔物の持ち主が、あの男だった、と?」
「いえ、そうではありませんが……いずれ彼のものになる、と。
その後、こちらに融通してくれる手筈になっているのですが、その進捗をお伺いしたくて」
「へぇ…………」
そういえば以前、メルティが自分の冒険譚を嬉しそうに教えてくれていたな。
同じ宿に住んでいたシャンティという冒険者……そして、ゴブリン達の事を。
クルスはリュカから受け取ったファイルに描かれた魔物を見直す。
そこに描かれている『ホワイトゴブリン』の子供。
ひょっとしたら……あのメルティの話と接点があるかもしれない。
昼間の会食の最後のほうで、ロレムスミスはリュシエーラにこのファイルを手渡した。
ひどく飾った遠回しな言い方で、秋ごろには手に入るだろう、と、そんな感じだった気がする。
しかしあの時、妙に気になる事を言ってもいた。
「この魔物の扱いにはお気を付けください。最悪の場合……」
ロレムスミスは、半分冗談交じり、半分本気といったような表情で、こう続けていた。
「……最悪の場合、この魔物は、人類を滅ぼします」
時間的な都合により、今月分の更新が遅くなりました。申し訳ありませんでした。
今月の更新は次回2話分まで(6-27話まで)の更新予定です。




