6-25話 名も無き獣たちの哀歌(4)
ドゥーンズの若き盗賊、モノは、夜明けの森の中を彷徨っていた。
ドゥーンズは、はぐれ者の集団だった。
スラムに住む浮浪者、犯罪で職と住処を失った犯罪者等々が集まり、ひとつの集団を作り、いつしかそれが大きな盗賊集団へと膨れ上がった。
古き時代の言葉に、『ジョン・ドゥ』という言葉があった。
身元不明な遺体や素性不明な人物に対し、憲兵隊が仮に付ける名前だった。
ドゥーンズは、そんな名無し達が集まった集団だった。
スラム出身のモノもまた、そんな名無しとなった落伍者のひとりだった。
ぼろきれを纏い、街の中で乞食をして生き、金持ちの貴族や商人達からは石を投げつけられる、そんな少年時代。
窃盗や事件があれば真っ先に疑われ、言い訳など聞いても貰えずに爪弾きにされる毎日。
街の中の住民を恨み、この世を恨み、全てを恨みながら生きてきた。
同じ境遇のはぐれ者たちと出会い、盗賊団に加えられ、幾分かは生きやすい暮らしとはなった。だがまだ若く新入りのモノは、先輩盗賊達からは雑用や厄介事を常に押し付けられる、やはり底辺の存在ではあった。
昨日の夜、いつもの様に雑用を押し付けられ、皿洗いをしていた時。
突然、周囲にきらきらした粉のようなものが舞い、モノはそのまま眠ってしまった。
通常なら、その粉を吸うだけで2~3時間は眠り続けてしまうだけの魔力が込められた『妖精の鱗粉』だったが、モノにはどうやらさほど聞いてはいないようだった。
他人には無い睡眠耐性があったのか、あるいは毎日の暮らしで深く眠れぬ夜が続いていたからなのかは分からないが。
その少し後、モノは争う声で目を覚ます。
「な、なんだ……うわあああぁぁぁ……」
「な、何をした……クソッ!」
モノが眠り続けるこの場で、誰かと誰かが争っている。
恐らく、先輩の盗賊と、牢の人質を救出しに来た何者かとが争っている……モノは直感的にそう理解した。
「火の精霊よ、我が手に炎……ムグッ!?」
女盗賊の先輩レセッタが、侵入者に敗北したようだ。もう1人ももういないらしい。
……普段からこき使う憎い先輩達を、わざわざ助ける必要はないな。このまま寝たフリしてやり過ごそう。
モノはそう思った。
周囲が完全に静かになったあたりで、モノはまぶたを開き動き出す。
両手は後手で縛られていたが、体の柔らかいモノは肩の関節を外し、縛られた紐を体の前のほうに移動させ、炊事場の包丁で縄を切る。
炊事場から出て確認してみると、どうやらこちらの完全敗北のようで、周囲には縛られ眠ったまま転がされている仲間達が大勢いる。
侵入者の話では、この後憲兵隊が突入してくるらしい。
ドゥーンズはもう終わりだろう。
そうなる前に、自分だけ逃げ出してしまおう……。
ミンスリー砦には1か所、恐らく誰にも知られていないだろう隠し通路があった。
以前たまたまそこを発見したモノは、時折サボる時にその隠れ通路を利用していた。
先輩達も知らず、そして侵入者も恐らくその存在を知らないのだろう。隠し通路の仕掛けは起動される事なくそのままだった。
「にょほほほほほ。 おったからおったから~」
隠し通路の出入口の隣の部屋、宝物庫から、誰かの声がする。
多分、牢に捕まえていた猫耳族の女盗賊だろう。
宝物庫に先輩達がため込んでいた金貨や宝石をじゃらじゃら鳴らしながら愛でたりほおずりしたり、夢中になって喜んでいる。
その周囲、彼女がさほど価値を見出さなかっただろう骨董品や本などが、宝物庫の外の廊下にまで投げ捨てられ散らばっている。
……金貨や宝石はパクッて戴いておきたいところだが、あの女盗賊とやり合うのは分が悪い。
せっかく命拾いできそうなのだから。
お前、盗賊には向いてねえなとよく先輩に言われていた。
自分でもそう思う。目の前にある金をみすみす見逃すなんて。
まあ、炊事場から食料を、寝ている先輩達からある程度の小銭は拝借したので、まあ数日は生きてはいけるだろう。
だがまあ、この廊下に転がったガラクタ程度なら、こっそり持って行っても構わないだろう。売れば二束三文程度にはなるかもしれない。
モノは持てるだけガラクタを持ち、隠し通路を開け中に入る。
隠し通路の仕掛けを動かし、元通りに隠した直後、憲兵隊らしき誰かが猫耳族の女盗賊を見つけた声が聞こえた……。
森の中を走りながら、モノは物思いにふける。
ほんの数か月だけ暮らした盗賊団。
まあスラムよりは若干マシだったが、やはりひどい場所だった。
盗賊団の連中は、思えば異様に浮足立っていた。
今年の始め、しがない盗賊だったはずの彼等が、貴族のお偉いさんの気まぐれのおかげで、『ドゥーンズ』という新興ギルドの身分を与えられた。
連中は大喜びだった。
今までゴミ同然、そこらへんにいる野良の獣程度の扱いしかされてこなかった自分達が、急に冒険者とかいう身分を与えられたのだから。
だがそれで更生できれば良かったものの、連中は所詮は野蛮な獣扱いされる掃きだめのゴミ達でしか無かった。その素行が問題視され、あっという間に信用を失い、あっさりと切り捨てられた。
貴族たちは別の奴等を新たなギルドとして担ぎ上げ、連中は再び、盗賊団という獣扱いに戻された。
そんな折、突如として現れた、『フロム・エデン』とかいう連中。
遥か古代、既に滅亡してしまったはずの獣人・亜人達が、どこからともなく現れた。
ソイツ等は、王女とかいう貴族の中でも最上位の奴のお墨付きを得て、あっさりと街の住民として受け入れられ始めている。
片や、畜生の分際のはずなのに、まるで市民権のある人間のように担がれる『フロム・エデン』。
片や、人間のはずなのに人間扱いされず、野蛮な獣として切り捨てられる『ドゥーンズ』。
先輩達が妬み嫉みをぶつけたくなる気持ちは、まあ分からんでも無かったが。
「……ま、知ったこっちゃねえけどな」
そう独り言つと、モノは森の中を歩きだす。
モノもそこそこムカついてはいたが、ぽっと出のフロム・エデンの連中より、実際に酷い事をしてきた貴族や、虐めていた先輩連中のほうに怒りは向いていた。
だが、もう気にする必要はない。
次はもう少しマシな人生が待っていますように。ま、期待はしてはいないが。
モノが、森を貫くように位置する街道に差し掛かると、そこで数台の馬車を見つけた。
どうやら、どこかの商人の馬車のようだった。
馬車はその場で止まっていた。何故かと様子を伺うと、向こうで話し声が聞こえた。
「よし、この馬車は問題無し!」
声の主は憲兵隊だった。多分、ドゥーンズの残党狩りだろう。
馬車に盗賊の残党が潜んでいるかもと疑い、内部を改めていたようだ。
チャンスだ、と思った。
一度調べた場所を、もう一度調べる事はしないだろう。
モノはこっそり、その馬車の荷台に潜り込む。
「へえ、じゃあドゥーンズの連中は壊滅したんですか」
今度は商人らしき男の声。
憲兵隊が他の馬車を調べている間、責任者らしき憲兵隊の男と雑談しているようだ。だいぶ友好的に雑談をしている。
「リーダーの男は捕まったんですか?」
「いや、それが死んじまったらしいよ。妙な身体強化薬を飲んだ途端、血を吐いて死んじまったらしい」
「うわぁ。違法薬品っすか」
あの襲撃の夜、リーダーは確か、砦の外に用があるとか言って不在だった。
リーダーは自分の顔を知っているので、はち合えば逃走したことを責められるかもとは思っていたが、どうやらその心配はないようだ。
それにしても、違法な薬品、か……。
そういえば、と、モノは思い出す。
2~3日前、例の隠し部屋でこっそりサボっていた時の事だ。
宝物庫の前で、誰かの話し声が聞こえた。片方はドゥーンズのリーダーだった。
「本当に、あの亜人のガキ共を攫って来れば、買い取ってもらえるんだろうな」
「ええ」
ああそうだ……そんな話をしていた。
誘拐してきたあの猫と犬のガキ共、どうやらアレを誰かに売り払うつもりで目を付けていたらしい。
「何に使うんだ? 例の実験か?」
「貴方には関わりは無い事……と言いたいところですが、まあここまであれこれ頑張ってくれたんです。少しぐらいは良いでしょう。
ええその通り、例の実験です」
リーダーと話していた男……フードで顔は見えなかったが、そいつはリーダーに1つの瓶を手渡す。
「試作の薬です。これを飲めば、強大な力を手に入れることが出来る筈です」
「なんだそりゃ、胡散臭えな」
「まあ確かに。試作品ですから安全は保障しません。ですが何か使い道はあるでしょう。誰かに飲ませるなり何なり、どうぞお好きに」
「ハッ、何だそりゃ。まあでも、アンタらにとっちゃあ大事なモンなんだな。
わざわざその資料をウチに隠させてくれって頼むくらいなんだからな」
「お互い、後ろ盾を失ったばかりです。今後も良き関係を続けようじゃありませんか……」
そういえば……モノは昨夜の事を思い出す。
宝物庫を荒らす猫耳族の女が投げ捨てたガラクタの中に、確か紙の束があった。
その紙束も、確かあの時、適当に拾っていたはずだが……。
まさかと思い、自分の懐を確認する。
しかし学の無い、文字の読めない自分には、何を書いてあるのかはさっぱり分からなかったが……。
「……にしても、フロム・エデン、だっけ?
そんなに大活躍だったのかよ」
「ああ。盗賊たちをなぎ払い、人質を救出して、ドゥーンズに終止符を打ったんだ。
亜人の連中なんて最初聞いた時はどうかとは思ったが、なかなかやるようじゃねえか」
「王女様が自らケツモチしてるだけの事はあるねえ。
王都冒険者ギルドの女勇者だっけ? そいつが推薦したらしい」
「へぇ、それってあの『黒髪の戦乙女』かい?」
話題に急に出てきた、噂に聞く名前。
女勇者、黒髪の戦乙女……。
自分達、盗賊や裏稼業の天敵。
そうか、あの亜人達には、その女勇者とやらが一枚噛んでいたのか……。
モノは義理堅いほうではない。ドゥーンズの先輩達がどうなろうと知ったこっちゃないし、仇を討とうだなんて考えてやる義理は無い。
だがしかし、ほんの少しだけ……その女勇者の名前を聞くと、少しだけ引っかかる感情があった。
自分の今の現状は、つまるところ、その女勇者のせいらしい。
まあ、会った事も無えし、今どこで何をやっているのかすらも知らねえが……。
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私達冒険者ギルドとフロム・エデンのみんなをのせた馬車は、街道を往く。
太陽はすっかり登り、森の木陰から光が漏れる。
夜の偵察の疲れが残る私はまだ眠り足りなく、馬車の中でうつらうつらとしていた。
「ん…………」
「あ、気が付きましたか?」
馬車の中で眠る、先程牢から救出したヒト族の女性が目を覚ました。私もその声で目が覚める。
その傍に寄り添っていたロランは、女の人に声をかける。
この女性と他子供2人、この3人の素性は、未だよく分からない。
そもそも何故牢に捕らわれていたのかも分からない。
子供達2人に先に事情を聞いてはいたが、この2人はこの女性について来ただけのようで、詳しくは分からなかったそうだ。
「……あ、ロキさん」
「おはようございます。お体は異常は無いですか?」
「え、ええ……今のところは」
この女の人、やっぱりロランさんの事をロキと呼ぶ。
ロキは、ロランの本名。冒険者になる前、実家にいた頃に名乗っていた名前だ。
とするとこの女性はその頃の知り合いかと思うのだが、ロランさんには覚えは無いとの事だ。
そもそも、ロランさんは今、ヒトではなく、ミノタウロスの姿をしている。
この姿のロランさんをロキと認識できるはずは無い。そのはずなんだけど……。
「あの、失礼ですが……以前、どこかでお会いしましたでしょうか?」
キョトンと言った表情で、女性はロランさんのほうを見つめる。
そして、合点が行ったように笑いを漏らした。
「そういえばそうですね。以前会った時と比べて、かなり容姿が違っていますから」
「は、はあ……?」
くすくすと笑う女性。
やはり、見知らぬ女性のはずなのに……ロランは何故か、その笑った表情を何度も見たような気がした。
「ロキさん、私です。ミモレットです」
「ミモレット、さん……?」
その名前には聞き覚えがあったみたい。
「だけど……また会えるはずが……」
ロランさんがそう呟くと、会話を傍で聞いていたマリナさんが叫ぶ。
「あ、そっか思い出した!
モニナ村の宿屋の娘さんだ!!」
「ええ、そうよ。マリナちゃん、それにメルティさんもお久しぶりですね」
ミモレットと名乗る女性はにこっと笑う。
ミモレットさん……私はほんの1日くらいしかお話しなかったけど、ロランさんとマリナさんは彼女の宿にしばらく泊まっていた。
でも彼女の今の姿は、見知った牛頭族の女性の姿では無く、ヒト族の姿で……。
「ど、どどど、どうやって……?
どうしてここに……?」
ロランさんは挙動不審になりながら、ミモレットさんに尋ねる。
他に聞かなければならない事はたくさんあったはずだけど、たぶん、その質問だけ言うのが精いっぱいだった。
「その……あの時モニナ村に来ていた、女勇者さん……。
どうしてもその方にお会いしなければならなくて、こちらにやってきたんです」
「クルスさんに?」
「ええ。そのクルスさんは……今どちらにいらっしゃるのですか?」
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王都地区の南部に、とある貴族の屋敷があった。
「クルスお義姉さま、わざわざお越しくださってありがとうございます」
「う、うん……」
屋敷の入口で、リュシエーラ王女ことリュカは、クルスに礼を言う。
リュカの事をかなり苦手にしていたクルス。本来ならば会いたくはない。
しかし、フロム・エデンの面々の件をリュカに頼まねばならず、嫌々会う事となった。
そして、了解を貰う代わりに、ひとつ交換条件を申し付けられた。
とある屋敷の集会に護衛として同行してほしい、というものだった。
そのため、本来ならフロム・エデンのギルドのオープン当日という日であるにもかかわらず、アム・マインツからはかなり離れた、こんなへんぴな森の中の屋敷まで来る羽目になったのだった。
「だけど、不気味な屋敷だな……。
こんな所で本当に……?」
「ええ、そうですわ。
ささ、お義姉さま、参りましょうか」
「お、おう……」
クルスは予感していた。
絶対、もの凄い面倒事が起こる……。
クルスはため息をつきながら、リュカの後を追う……。
今月分の更新はここまでです。
次回は4月下旬ごろ再開予定です。




