6-24話 名も無き獣たちの哀歌(3)
「…………い、起きろ、モノ、さっさと起きな!」
元ドゥーンズの若き盗賊、モノは、誰かに揺さぶられながら起こされようとしていた。
炊事場で皿洗いをしていたはずの自分が何故眠っているのか。まだ寝ぼけた頭では考える事が出来ない。
「姉貴、こっち見てください! 裏口が!」
「なんだい!?」
「階段が出来上がっています!」
モノを叩き起こそうとした女は、モノを起こす事を諦め、仲間の男のほうへ向かっていく。
そしてそのままモノは、再び眠りの中へと堕ちていった……。
「……チッ、誰か居やがる」
牢屋から脱出し、隠し扉の影から炊事場の様子を伺うエボシは、舌打ちをする。
女の声が聞こえ、もしやと思って覗いてみると、先程眠らせた炊事場の若い男を叩き起こそうとする女の姿があった。
見張りをエアリスに任せ、牢の手前の前室に戻り、皆で作戦会議。
「すみません、時間がかかったせいで……」
「いや、アンタ達のせいじゃねえよ」
後ろから付いてくるロランがエボシに謝る。先程別の牢から救出したヒト族の女性を背中におぶっている。
薬の影響がまだ残っているのだろうか、女性はまたすぐに眠ってしまった。
そのためロランが運んでいるのだが……背中に大きな胸を押しあてられ、なんとか気を引き締めようとはしているが、どうにも引き締めきれない顔をしている。哺乳類の亜人ではないエボシには分からない感情があるようだ。
「どの道誰かに気付かれる可能性は大いにあったんだ。仕方ないさ」
「だが……どうする?」
シャドウがエボシに尋ねる。
「流石に戦わないわけにはいかんだろうな。
幸い、相手は男と女の2人。寝ている奴も合わせると3人だが、そっちはエアリスの鱗粉ならまず目覚めないはずだ」
見張りをしていたエアリスが戻ってくる。
「たいへん! パイン君が作った通路、火を付けられちゃったよ!
こっちの動きに気付いて、ここへ来るみたい!」
「チッ……」
どうやら迷っている暇は無いようだ。
増援が来る前に、盗賊2人を倒さなければならない。
こちらは戦えるのはエボシとシャドウの2人だけ。マリナとロランは戦いには参加しない契約。だが2対2の戦いなら、なんとか勝率はあるかもしれない……。
エボシが炊事場へと飛び出すと、物陰からナイフの攻撃が来る。待ち伏せされていたようだ。
しかしカメレオンの獣人のエボシは、その大きな眼球を自在に動かす事が出来るため、ヒト族なら死角になる場所からの攻撃でも難無く対処できた。
もう一度ナイフを手に取り、構え直して再攻撃しようとする盗賊の男。しかし、その身体は足元の影の中に沈み始める。
「な、なんだ……うわあああぁぁぁ……」
この炊事場は、一部が崖の先に張り出されるようにして作られている。影をすり抜けて真下に落とされた盗賊は、はるか下の川にまで落とされる。声が遠くなり、ボチャンという水音が遠くから聞こえた。
「な、何をした……クソッ!」
残された女盗賊が、その手に火の魔法球を作り始める。
「火の精霊よ、我が手に炎……ムグッ!?」
女の口が突然ロープで塞がれる。背後にはリオレの姿があった。
先程牢屋の中で、自分を縛っていたはずのロープだった。
「捕まえたよ」
リオレはエボシ達にニカッと笑いながら答える。
「リオレさん、だったよな。
スマンが、ソイツは俺達の獲物だ」
エボシは子供達から、自分達を誘拐した実行犯はこの2人だという事を聞いていた。
そのため、他はともかく、先程落ちた男とこの女の事は許せなかった。機会があればこの手にかけるつもりでいた。
「ゴメンね、でもこの女は、生きたまま憲兵隊に引き渡すほうがいいよ。
この女の名前はレセッタ。何十人も子供達を誘拐しているプロの犯罪者さ」
その名を聞いて、マリナが話す。
「指名手配されている犯罪者ですね。
昨年だけで、4人以上の少年少女が彼女の手によって行方不明になっているとの噂があります。
そのほとんどは、今でも帰ってきてはいないとか……」
「そゆこと。子供達の今の居場所を聞き出さないといけない。
それにさ、誘拐された子は全員……猫耳族か犬耳族の子供達なんだ。
そっちの犬ちゃん猫ちゃん達が目を付けられたのも、たぶん偶然じゃないよ」
「………………」
エボシは手に持ったナイフを収め、エアリスに頼んで、鱗粉で眠らせてもらう。
「だが、どうする? さすがに連れて行けないぞ」
「後ほど、後詰めの憲兵隊が到着する手筈です。このまま眠らせて、彼等に引き渡しましょう」
マリナの言葉に、そうするしかないかとエボシは呟いた。
盗賊たちは対処できたが、予定の脱出ルートは燃やされてしまった。
シェットの氷魔法なら消火できるだろうが、その後で再度パインの樹の通路の復旧を待つのは時間がかかる。何より非戦闘員のパインの身を晒すわけにはいかない。
「ボクが潜入する時に使ったルートがあるんだけど、そっち使う?」
リオレが皆に提案する。
他に手はないだろうという事で、その場所までリオレに案内してもらう事となった。
「こっちこっち」
砦の廊下を進み、階段を上り、外周の城壁部を目指す。
途中何人か盗賊と出会ったが、不意を突けば特に問題はない程度の敵ばかりだった。
外周部にたどり着くと、陽動部隊と盗賊たちとの戦いは続いていた。
「子供達が逃げたぞ!」
盗賊たちがこちらに気付き、大声で知らせる。
その声にも構わず、救出部隊は強行突破する。
「こっち! ここから降りて!」
城壁の一部にリオレはロープをくくりつけ、外のほうをめがけて垂らす。
まず子供達、身軽なノルとティムがロープを伝って降りる。しかし他の子供達は怖がり降りようとはしない。
そこへ、アールアイとアールジェイが駆けつける。
アールアイはその背中に子供を乗せ、城壁の下に飛び降りる。そして再び城壁まで飛び乗り、子供達を全員下ろすまで往復した。
ロランはヒト族の女性を背負ったままロープを降りる。
その間、盗賊たちの攻撃は続いていた。
エボシ、シャドウ、そしてリオレが、盗賊たちに応戦する。
城壁部には盗賊が集まり始めて苦戦する……かと思われていた。
しかしリオレが突然屈むと、どこからともなく矢が飛んできて、盗賊の腕を貫いた!
その後も、何故かどこからかリオレめがけて矢が飛んでくる。リオレが絶妙なタイミングでその矢を避けると、その流れ矢が盗賊にヒットする。
「にっひっひ。やっぱり来てたみたいだね」
「この矢……でもなんで、戦闘には参加しないはずじゃあ……」
「ボクってフリーの盗賊だからね、ボクを狙ったんでしょ。ボクを仕留めるために放った矢をボクは避けるだけ。
それがたまたま、盗賊たちに当たっただけだよ」
「………………」
リオレと、『砦の外で待機しているはずの彼女』とどういう関係があるのか、エボシ達には分からない。
自分を仕留める為だという。だとするなら敵対している筈なのだが、それにしては絶妙に連携しているかのように矢が飛んでくる……。
疑問は多くあったが、まあルール上は問題ない?らしいその矢は、脱出の時間稼ぎに大いに役に立った。
「よし、撤退だ!」
子供達を全員脱出させ、エボシは笛の音を鳴らす。
地上で戦っていたジュネ達はその音を聞き、砦の外へと撤退し始める。
「さあ、アンタも」
「ボクはもうちょっとここに残るよ」
リオレはジェスチャーでお金のマークを出し、エボシ達が制止する間もなく、別の場所へと飛び降りてしまった。
気にはなったが、本人の意思なら仕方がないという事で、無事を祈りながらエボシ達もロープを伝って撤退する。
陽動部隊、救出部隊、そして囚われていた皆は、離脱したリオレ以外は1人も欠けること無く、無事に脱出できた。
砦を出て追撃してくる盗賊たちも、今のところ現れない。
既にその大半は倒され、気絶か眠っている者も多く、とても追撃に繰り出せる戦力は無いようだった。
「後は憲兵隊が来て、残党を逮捕してくれるはずだ」
森の中で潜んで待機していたジュネ達と合流したビターは、戻ってきたジュネ達をねぎらいながらそう告げる。
ジュネ達としては、子供を誘拐した連中を一人でも多くこの手にかけたいところではあったが……流石に疲労が大きかったため、ビターの言う通り、後はこの世界の憲兵隊に任せることにした。
後は裏のほうから脱出した救出部隊と合流するだけ。
そんな折、こちらに近づいてくる僅かな足音を、ビターはその獣の耳で聞いた。ジュネ達もその音に気付く。
少なくとも、仲間のものではない。
足音の主は、どうやらこちらが自分の存在に気付いたのだと察したのだろう。堂々と姿を見せてきた。
「お前等、俺の留守中に好き勝手しやがって……」
男はどうやら、盗賊の仲間らしかった。
ビターはその顔に見覚えがあった。指名手配書で見た顔だった。
「ドゥーンズのあの砦のリーダーか。
なんだ、留守にしてたのか? そいつは申し訳無かったな」
ルール上、砦の外の戦闘は問題ない。ビターは大剣を構え、男と対峙しようとする。
「俺達はもう終わりだ……許さねえ……」
そう言うと頭目の男は、懐から瓶を取り出し飲みだす。瓶の中身の液体から出る嫌な薬品の臭いが、ビターの鼻を突く。
「何を飲んだ?」
「これを飲めば、恐らく俺もただでは済まねえ……だが、テメエ等は命に代えてもぶっ殺す……グッ!?」
瓶を投げ捨てた頭目の男は、突然苦しみ出す。
体の筋肉が膨らみ、体躯がどんどん膨らみ出す。体が次第に黒ずんでくる。
武器を構えるジュネ達を、ビターは静止する。
「……何もしなくていい」
正気を失ったその目から、大量の涙のように血が噴き出し始める。
禍々しく膨らみ始めた筋肉はある瞬間から、風船のようにはじける音を出しながら潰れ始める。
「メルティ、出るなよ!」
「えっ!? あ、はい!」
ビターが草むらのほうに叫ぶと、そこからメルティが飛び出してくる直前だった。
どうやら眠りから覚め、止められたにもかかわらず何かするつもりで、そこに潜んでいたらしい。
ビターは、いつの間にか足元に転がってきていた瓶を拾い、それを「飲むなよ」と言いながらメルティに投げ渡してきた。
その様子から、何かの毒かと期待して瓶に飛びついたようだが……その匂いを嗅ぎ、体に混ぜる前にその手を止める。
「ビターさん……これ、やっぱり毒じゃありません。何かの薬です」
「やっぱりか……」
毒に詳しいメルティのお墨付きを得て、ビターは呟いた。
どういう事だ、と聞きたそうなジュネに、ビターが答える。
「十年くらい前に流行ったヤベえ薬さ。上手くいけば大きく肉体強化されるが……そのほとんどは薬に耐えきれず、ああなる」
男は口から大量の血を吐きながらその場に崩れ落ちる。
立ち上がろうと地面に手を伸ばすが、骨が折れる音がしてその場に崩れる。
一度はじけ飛んだ筋肉は、再度なおも膨らみ始め、そして弾けては膨らみを続け、次第に異形な肉の塊へと変貌し始める。
もう助からない。
誰が見てもそう思える、そんな異様な光景だった。
そして皆の予想通り、異形と化した頭目の男は、突然その変化を、男の生命活動と共に、ぴたりと止めた……。




