6-27話 青の世界(後編)
フィフスブロウの町の酒場にて、クルスはリュカに問う。
「んで、どういう事なんだ? あのロレムスミスが言ってた『人類は滅びる』っつーのは」
「随分とストレートに聞きますわね」
「こういうワケ分からん事は考えても仕方ねーからな」
ヴェルブロワ家の現当主、ロレムスミスは、『ホワイトゴブリンの子供』について、そう語っていた。
このホワイトゴブリンの取り扱い次第で、『最悪の場合、人類は滅びる』と。
半分冗談、半分本気のその言葉だったが、それを聞いたクルスもリュカも、それほど慌てているわけではない。
というのも、よくある事なのだ。
国内最高峰のAクラス冒険者クルスにとって、世界の危機とやらに関わる事などそれほど珍しくも無い。
クルスの元に来るクエストのうち、5つに1つはそんなものである。
そしてそれは、そんなクエストをクルスに委託する側である冒険者ギルド職員、リュカにとっても同じだ。
ロレムスミスを始め、六老聖が持ち込むクエストのほとんどが、そういう世界の危機とやらのクエストだ。
そんなクエストを、さっさとクリアしてしまえと無茶ぶりをするのが、連中のいつものパターンなのだから。
「まあ推測ではありますが……世界の危機とロレムスミス様は仰っていましたが、まあこの先数年内にどうにかなるという程の事ではありませんわ。
ただ、数百年後……もしかしたら、本当に人類は滅びる可能性はあるやもしれませんわね」
「どういう事だ?」
「お義姉さま、メルティさんから、『シャンティ・ラブレス』様の事は伺っておりますわね?」
「ああ」
ここ最近、クルスはメルティと話す機会は多い。
その時の話題は、メルティがこれまで行ってきたクエストの事となる場合が多い。
嬉しそうに過去の冒険譚を語るメルティを、クルスは微笑ましく思いながら聞いているのだ。
その中に、去年10月末の『ゴブリン事件』の内容も含まれていた。
同じ宿に住む冒険者シャンティが、実は『ゴブリン』のモンスター職の適合者だった、という事を。
シャンティの動機は、『娘の蘇生』だった。
シャンティは、モンスター職としてゴブリンの姿になっていた頃、他のオスのゴブリンとの子を産んだ。
その子供は後の事件で火災に巻き込まれ、シャンティ自身は死んでしまったと思い込んでの犯行だったが……これまでの話を総合して考えるに、実はその子供は生きていた、という事になる。
その子供こそ、先の話題の『ホワイトゴブリン』だった。
「お義姉さまは、『オドの樹』というものをご存じですわよね?」
「あー、うん、ああ」
「……まあ、樹と言いましても、本当の樹ではありませんわ。
図表と言いましょうか、生物の進化の過程を記したものと言われる、聖アウロス派の経典に描かれた図です。
まあ簡単に言うと、異種の生物同士が子供を産めば、その子がどんな生物となるか、というものですわ」
「……はあ」
「まだ魔物の研究が盛んでは無かったころ、『モンスターがどこから生まれた』のかを調査した研究結果ですの。
文献自体は数百年前のものですが、その完成度は高く、現代から見てもほぼ誤差は無いと言われておりますわ」
「……うん」
「例えば、片親がエルフ、もう片親がヒトだった場合、子供はハーフエルフと呼ばれる種族として生まれます。
これはエルフとヒトが近しい存在であるからなのですわ。そのため、オドの樹にも、ほぼ隣接して描かれています。
一方、やや離れた位置にある生物同士……たとえばヒトと猫耳族は、近しくも遠くも無い生き物です。その場合、産まれてくる子供は混血となる事は無く、両親のどちらかの種族を引き継いで生まれます。
しかし、オドの樹の図で遠く離れた場所に位置する生物同士……ヒトとゴブリンは、そもそもとして子を成す事が出来ないのです」
「そうなの?」
「数百年前までは可能と考える方は多くいらっしゃいましたわ。
『ゴブリンが人間の生娘を誘拐するのは、攫った後で孕ませてゴブリンの子を無理やり産ませているからだ』と。
ゴブリンは繁殖力が高い生物ですから、そういう噂もまことしやかに囁かれておりました。
しかし、現代の研究ではそれは否定されています。
ゴブリンが異常に多いのはただ単に子を成す数が多いから、と……」
「……あれ、でもシャンティの場合は……」
「そう、そうなのですわお義姉さま!
シャンティ様の場合は、これは例外中の例外……いや、完全なる新説なのです!
ヒトとゴブリンは子を成せません。しかし、『ゴブリンに姿を変えたヒト』ならば、ゴブリンと子を成す事が出来るのですわ!」
「り、リュカ、落ち着いて……なんか目立ってる」
リュカを監視している連中だけでなく、周囲の普通の客まで、何事かとこちらを見ている。
リュカはどうやら説明に熱が入り過ぎていたようだ。
「それで……なんでそれが『人類が滅びる』なんて話になるんだ?」
「さあ、それはさっぱり」
リュカが笑ってごまかしているのか、それとも本当に分からないのか、クルスはその表情から判別は出来ない。
少なくとも、これ以上何も語るつもりはないようだが……。
「逆にお義姉さまは、この話を聞いて……もしご自身が犯罪者だとしたら、これをどんな風に悪用するとお考えですか?」
「へっ!?」
クルスも普段から、異世界の変人ことオパールと親しくしている身である。
この世界の住民には到底思いもよらない事を考える、その下地が存在する。
リュカがそれを頼り、今後発生する事態の予測を立てる、といった事は、実はこれまで何度かあった事である。
といっても、そうそう簡単に思いつくものではないが……。
「んー、例えば……」
「例えば?」
「もし、仮にだけど……シャンティ以外にもゴブリン職の適合者がいたとして、だ。
その適合者にゴブリンと子を作ってもらって、そいつを誘拐して、魔物を売買してるとかいう連中に売って……」
自分で言ってて胸糞悪くなったが、実際そういう事は起こり得るだろう。というより推測だが、シャンティの子のホワイトゴブリンこそが、正にそのパターンなのでは無いのだろうか。クルスは情報を有しているわけではないが……なんとなくそう思える。
「まあ、それもあり得ますわよね」
「じゃあリュカはどう思うんだよ」
「私ですか? 私の予想はもっとシンプルですわ」
「というと?」
「もっと簡単に、ホワイトゴブリンが大繁殖して、既存のヒトとゴブリンは彼等にとって代わられます。
この世界の支配者は、人間ではなく、新種のホワイトゴブリンとなるのです」
「……はあ」
まあ確かに、そうなれば『人類が滅びる』と言ってもいいかもしれない。
かつて人間と魔族、勇者と魔王が争ったが、その結果次第ではこの世界は魔族のものになっていた可能性もある。
それと同じく、未来も人類がこの世界に君臨し続けられる、とは限らないわけだ。
最も、そうなるのは少なくとも数百年未来の話だろう。
寿命のそれほど長くは無いヒト達が、何代も世代を重ねた先の未来だろう。
まあ、長寿種エルフであるロレムスミスにとってはそうではないかもしれないが。だとしたら、ロレムスミスがそう警告をするのも分かる。彼にとっては老後くらいの問題になるかもしれないのだ。
「そういうモンかねえ……」
「さあ、どうでしょうか」
まあ、自分もリュカも、酒場で酒が回っている時の与太話に過ぎない。
2人ともそれほど深刻だとは考えていないし、見張りのあの連中たちもそうだろう。さほど動じた様子は無い。
酔った頭ではくだらない事を考えてしまう。その程度の話なのだ。
さらに酒をあおり、アルコールの回った頭で、クルスはつい考えてしまう。
ゴブリンに姿を変えたヒトからは、ホワイトゴブリンの子供が産まれた。
じゃあ、他のモンスター職の場合はどうだろう。
これがもし、メルティだったら?
メルティは『スライム』の姿になって生活しているスライム娘。
万が一、スライム娘のメルティが、スライム娘のまま、子供を設けることになったとしたら……?
”クルスさん、起きてください、朝ですよ……”
あの頃……修行時代、クルスの家でともに寝泊まりしていた時、朝に自分を起こしに来た、あのメルティの顔が思い浮かんできて……。
「わあああああああっ!?」
突然大声を出し、そんな妄想をかき消そうとするクルス。
先程のリュカよりも何倍も大きな声を出し、見張りや周囲のテーブルだけでなく、店中の注目を集めてしまった……。
「もう、恥ずかしいですわ、お義姉さま」
「い、いや、本当にすまん……」
「……メルティ様の事を考えていらしたのね?」
ブッ、と、飲み物を吹き出してしまうクルス。
リュカにとって、弟子の事を考えている時のクルスの顔は非常に分かりやすい。
「べ、べ、べべべ別に、メルティとの子供の事とか、考えたわけじゃないから!」
声高らかに自爆するクルス。
「あら、じゃあお義姉さま、メルティ様との子供を授かった事を想像していらしてたんですの?」
「な、ななな何で、俺が妊娠する方なんだよ……」
リュカがニヤニヤしながら問う。
彼女もそこそこ酔っているのだろうか、クルスが今は女で、メルティも女性だという事を理解……しているのだろうかいないんだろうか。
いやまあ、不定形生物のメルティは、自分の体型を変えられる。モニナ国みたいに胸の大きさを変えられるんだから、ひょっとしたらそれ以外の部分も体型を変えて……変えて? メルティが?? 女の自分と???
ガン、と、大きな音でテーブルに頭をぶつけるクルス。頭がオーバーヒートしてしまった。
店中の人々が再度、顔を真っ赤にしながら机に突っ伏すクルスに対し、何事かと視線を集めていた……。
酒場では、クルスのせいで白けた空気を取り戻すかのように、ピアノの曲が流れ始める。
リュカが視線を酒場のステージに向けると、男性が大きなピアノを弾き始めていた。
その前奏に合わせて、歌手らしき女性がステージ中央に歩み寄ってくる。
どうやらここは、そういうショーのある酒場だったようだ。
そういう事を何故先に教えておいてくれないんだと、リュカは困ったように湯気を発しているクルスを睨みつける。
酒場の店員、司会者らしき男が、ステージ袖から客に告げる。
「えー、御集りの皆様、それでは本日のショーをお楽しみください。
本日の歌い手は、今各所で話題となっている盲目のシンガー、『奇跡のセイレーン』と呼ばれる…………えっ?」
歌い手の紹介をする司会者の言葉は、途中で止まる。
観客たちは何事かとステージのほうを見る。リュカとクルスもまた、同じように。
その歌手は、ステージのマイクの前で、口をぱくぱくとさせ、胸を押さえて苦しみ出していた。
そして、そのままステージの上で倒れ、動かなくなった。
今月分の更新はここまでです。
次回は5月下旬ごろ再開予定です。




