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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第陸章
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二人の術師 其ノ捌

 

 私は今、呆然としている。

 何故か体に絡み付いてくる、ほぼ初対面の女の子が、さして気にならないほどに呆然としている。いや、やっぱり気にはなる。勝手に人の体を弄らないで欲しい。


 それは、変わり映えのしないある日の事だった。

 部活が終わって廊下を歩いていると、何やら挙動不審に学園の見取り図を眺めている、長身の女の子に出会った。春だというのに、口まで隠れるマフラーを巻いて、たっぷりとしたカーディガンを着ている。

 一年生かな、迷ったんだろう。此処、広いし、まだ入学式から一ヶ月経ってないだろうから、仕方が無い。

 私は此処に入って二年ちょい。学校の見取り図は何と無く頭に入っている。力になれたらと思って声をかけたら、その子は益々挙動不審になった。コミュニケーションが苦手な子なんだろうか。まぁ、いるよね、そんな子も。

 そう思って「案内する」という旨を伝えたら、その子は分かりやすくほっとした顔をした。一年生の割りにハスキーボイスで、体格もなかなか良い。そして、マフラーで隠れているが、見たところ目鼻立ちは美形だ。

 名前は、槌門さんと言うらしい。その子に何処に行きたかったのかと聞くと、怪談を探していたんだとその子は言った。


 オカルト好き仲間、見付けた。ついつい嬉しくなって、舞い上がってしまう。正直、ここから私が槌門さんに何を言ったかあまり覚えていない。


 この学校は筋金入りのお嬢様学校で、お淑やかなお嬢様が多い。だから、怪談とか、オカルトを本当に好きな人は少ないのだ。

 ホラーがもう、怖くて駄目だったりする子も多いけど、聞いたり、噂するのは好きでも、実際に調べるのは怖がる子が殆ど。だから私は、この行動的なオカルト好きな一年生の女の子に、半ば押し付けのように同行することを決めた。私の独断だけど。


 それで、率直に言うと、彼女はとても……変な子だった。

 私の後ろで何やら百面相してるし、それなのに、なんだろう。雰囲気というか、彼女の近くは妙に安心した。何て言ったら良いか分からないけど……何処と無く、私の姉、紫姉さんの近くと少し似た感覚がした。


 私には、看護師をしている姉さんがいる。彼女こそ、私がオカルト好きになった原因かもしれない。

 姉さんは、所謂、霊感というのが強かった。私の知識によると、霊感が強く、視える人は霊に狙われやすく、そういった類の話しや場所を嫌がる傾向にある。

 でも、姉さんはそんな一般傾向とは全く違っていた。

 小さい頃から姉さんは、霊が視える素振りを周りに一切隠していたけど、私にだけ、いつもこっそりと教えてくれた。

「亡くなったお祖母ちゃん、お祖父ちゃんと一緒に見守ってくれてるぞ」とか、「あそこで落ち武者が、熱心に花壇を見詰めているぞ」とか。

 姉さんの話しは、まるで絵本の中のおとぎ話のように感じられて、私にとって幽霊や、この世ならざるものは、最早憧れの領域に昇華していた。


 姉さんはその幼少期から予想出来る通り、今でも霊が見えようと、睨んで来ようと毅然に見えない振りをし、あまつさえ霊が多く滞っていそうな病院で、看護師という職に就いた。

 最近は、忙しくてあまり話すことが無いけど、そういえばこの前「病院に不思議な男の子達がいた」って言ってた。詳しくは聞いてないけど、幽霊のことなのかな。


 それにしても、一緒にいればいるほど槌門さんは変だ。完璧に変だ。

 身長は大きいのに、なんだかこそこそと縮こまっている。もしかして、大きいことを気にしているのだろうか。

 そう思って少し釜を掛けてみたら、益々縮こまった。言っちゃ駄目だったかな。申し訳ない。

 でも私は、少しボーイッシュな美形である槌門さんは素敵だと思う。男の子にモテなかったとしても、女の子からは人気出るんじゃないかな。

 そう言ったら、苦笑いを返されたけど。そりゃそうか。

 槌門さんの妙な雰囲気を気にしつつ七不思議の捜索を進めたけれど、やっぱりそう簡単に不思議は発見できないものだなぁ……


 と、思った刹那。


 遠くから物音。私は槌門さんと目を見合わせてその音をお互い確認すると、ごそごそと何かが動くような音と気配を頼りにして、更衣室に向かった。

 扉の中には、女の子がいた。手には多分、下着。

 女の子……今正に私に纏わり付いてる女の子は、早紀子さんと言うらしい。

 早紀子さんは、槌門さんより変だった。いや、違うタイプの変。変態の変。というか在校生?それとも不法侵入?私服だから、後者の可能性が高い。

 早紀子さんが現れてから、槌門さんの言葉が乱れてる。そんな言葉遣いだと、益々ボーイッシュでイケメ……いや、失言だね。


 そして何やら早紀子さんは、私には見えない誰かと話している。その内槌門さんまで、誰かと会話を始めた。


 もしかしなくても。


 私には視えなくて、二人には視える何かがいる……!


 私はそう確信した。

 今迄に無い興奮の波が、私の理性を攫って行く。しかしその興奮もまた、他の言葉の波が攫う。


 彼女達の会話は私の好奇心をしげきする単語が羅列していた。

「靄」、「妖怪」そして、「浅香」。

 浅香は私のクラスメイトで友達だ。優しくお人好しな彼女のことだから、一年生が困っていたら放ってはおかないだろう。だから、在校生の槌門さんと知り合いなのは分かるとして、早紀子さんとは?

 それに、妖怪って。

 私はオカルトが好きで、当然のように妖怪も好き。でも、幽霊と違って完全におとぎ話だと思っていた。

 でもーー、槌門さんが“姉貴”と呼んで、早紀子さんが“柚月”と呼んだ誰かのように。私には決して見えない何かは確実に存在する。それは姉さんがいるから分かっていたけど、彼女たちが妖怪がいると言うならば、本当にいるんじゃないだろうか。

 何の根拠も無く、思った。


「お嬢さん、私達(・・)のこと知りたい?」

「えっ」


 私が思考を巡らせていると、早紀子さんが私の体を弄る手を止め、私を見詰めるとにやりと笑った。彼女の垂れ目が、横にした半月のように細められる。


「私、達……?」

「うん。私達」


 いや、と、彼女は今よりも目を細め、嘸かし面白そうに私を見た。


「私と、槌門さん……、いや、槌門さんの、お姉ちゃんの話し」


 お姉ちゃん。そう言えば、先程槌門さんが、幽霊の姉貴分がいるというようなことを言っていた。幽霊の話しならば、是非とも聞きたい。

 私がそう言うと、彼女、早紀子さんはそっと、私の耳元に口を寄せた。


「ひ……ッ!」


 しかし私の耳に届いたのは、予想を裏切り早紀子さんの吐息で、思わず飛び退いてしまう。


「な、な……ッ!」

「あはは、かわいいなぁ」

「可愛いなぁ、じゃないよ……!」


 余裕の無い私とは逆に、早紀子さんは、ふ、と、大人びた笑顔を見せた。

 掴み所の無い人だ。


「案外、君と変わらない。私が言えるのはその位かな」

「変わらない……?」

「さてと、あの二人は、あんなに急いで何処に行ったんだろうねー?」

「え、……あっ」


 そうだ。

 現場、余りに展開が突飛過ぎて、一番大事なことをすっかりと忘れていた。槌門さんと……私には見えない、お姉さんは、何を急いで行ってしまったのか。

 あれ、もしかして、


「……なんか、見付けたのかな、怪談」

「さぁねぇ、どうかな?」

「追いかけるしか、無いよね」

「そうだねっ」


 と、彼女が走って行った方向を見て走り出そうとした、刹那、早紀子さんにより、右手がしっかりと掴まれた。


「あの……、どうしたの?」

「いや、ご一緒しようかなって?」


 にこにことあどけなく笑って見せる早紀子さん。何故か逆に怖い。

 この人のことは、あまり気にしたらいけないのだろう。私が小さく頷くと、彼女と繋がれた私の手は、楽しげに前後に動かされた。

 何と無く、姉と共に過ごした幼少期を思い出した。



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