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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第陸章
35/36

二人の術師 其ノ漆

「どうした、城陰」

「へ!?あー…っと、躑躅先生……っ」


 こんな時に。

 浅香は荒い呼吸をなるべく隠して、ふいに止められ、勢いの行き場を無くした足をとんとんと床に軽く叩きつけ、靴を履き直すような動作をした。

 極限までリミッターを外した浅香の脚力は、動きを止めるとその疲労が負荷として彼の足に襲いかかる。


「すいません、あの、ちょっと急用が」

「らしいな」

「え…っ?」


 浅香は、何を言いたいんだこの人は、と、怪訝そうに眉を顰める。それに気付いてか、しかし、ペースを変えること無く、躑躅は浅香に背を向け……つまり、浅香の進行方向を向いた。


「私も急用が有る。送ろう」

「え……っ、ちょ、先生、そっーー」


 浅香に背を向けたまま、「そっちに行っては駄目」と言いかけて浅香は口を噤む。事情を言ったところで、馬鹿にされるのが見えていたからだ。

 様々な言葉を考えては飲み込み、金魚の如く口をぱくぱくとただ意味も無く動かしながら、浅香は冷や汗を拭う暇も無く、躑躅の背中を追いかけることしか出来なかった。


 ーーーあれ、これって結構やばくないですか?



 ◇◇◇◇◇




「ひおおぉぉぉ!?」


 妙な悲鳴をあげつつも、篠は何とか、影の攻撃から何とか逃れていた。人間、死ぬ気になれば案外やっていけるものだと、死んでから実感することになるとは当の本人も思っていなかっただろう。現在において、篠の頭の中はそんなくだらないことしか思考出来ないほど、ギリギリの状況下におかれていた。

 浅香が攻撃を受けるのを見てはいられないと必死に飛び降りたは良いが、飛び降りた校庭にはまだ、彼女のフィールドになり得る雨は降っていない。焦れば焦るほど、非情にも思い通りに雨を降らせることができないのだ。


「もーっ!ちょっと待ってよ!ばかばかっ!」


 そう叫んではみるが、勿論影は反応しない。それでも篠は叫ぶことで自分を落ち着かせ、何とか思考能力を取り戻す。

 まず、この影の知能はあまり高くない。躱すことを予測した攻撃や、待ち伏せなどはしないし、攻撃も鉤爪での滅茶苦茶な攻撃のワンパターンだ。どちらかと言うと、妖力を得てそれを制御して浅香を乗っ取った歩治では無く、その器量より強くなった妖力が暴走してしまった炎角のパターンに近いのだろう。

 次に、影はまるで、じゃれつくかのように、この言い方が正しいとは思わないが、それでも言うなれば無邪気に、篠に飛びかかってくるということ。まるで遊んで欲しがっている犬のようだ。いや、こんな凶暴な犬はいらないし、いないのだが。


「ぅわっと、と!」


 そんな思考を巡らせると、動きの方の集中が途切れたのだろうか。攻撃に対応しきれず崩れた重心を、なんとか地面に手を付いて体勢を持ち直す。

 篠は、この短時間で確実に疲弊しているということが、動きからも見て取れる。それもその筈、篠は基本的に稽古や運動はこれといってしない。怠けていると体力の消耗がこうも早いものかと、篠は今やどうしようも無い堕落した日々の代償に、ただ眉を顰めた。


 しかしその間にも、二撃、ついで三撃。

 とうとう篠は、体力の限界に足を絡ませ、思い切り尻餅を付いてしまった。


(やっばーーー)


 と、咄嗟に目をつむった瞬間、体に衝撃が襲う。何が起こったのか篠には分からなかった。分からないまま、篠の体は衝撃と共に宙を舞う。


「ーーーつっ!」


 全身を地面に叩きつけられ、そこで篠は疑問を感じる。


 ーーー今、何で鉤爪じゃなくてーーー


 そう、影は篠に鉤爪を立てることなく、その逆の、鉤爪の無いほうの腕で篠を攻撃したのだ。

 霞む視界の中、影を辛うじて捉えつつ、篠は朦朧として今にも切り離されそうな意識に、必死にしがみつく。


 ーーーなんで?


 ーーー今までは、鉤爪の方で攻撃してきたのに?


「篠ッッ!」


 そんな、篠の混乱を遮ったのは、聞き覚えの有る、慣れ親しんだ二つの声だった。


「明ちゃん、柚ちゃん……」


 そう名前を呟く声には、安堵の吐息が混じる。

 声に元気を貰ったかのように、篠は痛む体を無理矢理少しだけ浮かせたが、駆け寄ってくる二人を見ると、電池が切れた人形のように、ぱたりと意識を失った。


「姉貴、篠は任せた!」

「分かってる……!」


 それぞれ明月は影へ、柚月は篠に向かう。


「やぁっと現れたな!大事な手がかりよぉ!」


 明月は好戦的に口角を上げると、掃除箱から盗……拝借したモップを構える。言うまでもなく、今の明月は女装にモップ。イマイチ恰好が付かない。


 影は聞こえているのか、居ないのか、しかしまるで明月が構えるのを待っていたかのように、黒い腕を思い切り振り上げて明月へと襲いかかった。


「げっ!?」


 影の鉤爪がモップの棒部分に触れた瞬間、ぼきりと、鈍い音をたててモップが折れる。モップの先の、柔らかな繊維で構成された部分が、無残にも足元に落ちた。


「は……っ、使い易くなった、よっと!」


 間髪入れず、第ニ撃を打ってくる影を、明月は躱しながら考える。


 ーー化け猫か…。速いが、これなら躱せる。鉤爪のリーチは、一定の制限が有るのか?


「つ……ッ、ァア」


 と、そこで、何の前触れも無く、止まった。影の動きが。

 予想だにしなかった影の様子に、明月は戸惑いを隠せず、今やただの棒になったモップを掴む手に力が入る。


 ゆらり、ゆらり。

 やがてそんな風に揺れ出すと、影は、二つの大きな猫目を開いた。

 真っ黒な影に、怪しく輝く大きな両眼。すっかりと化け猫と呼ぶに相応しい状態になった影は、まるで毛を逆立てるように一回り大きくなる。


「明月……ッ!」


 危機を察知した柚月のそんな叫び声とほぼ同時に、影は明月に襲いかかった。


「ーーーっ!」


 振り下ろされた鉤爪をモップで受ける。

 先程までとは比べ物にならない速さに、力に、明月は今にも折れそうにしなっているモップを横に滑らせ、鉤爪との競り合いを避けようと試みたが、爪と爪との間に挟まれたモップはぼきりとあっけなく折れた。

 明月はすぐにモップから手を離し、バックステップで距離を取る。


「あー、もう……ッ、馬鹿かお前!」

「るっせぇ、しょーがねぇだろっ」


 篠を抱えながら罵声を飛ばす柚月に、明月は軽く悪態をついてから、額の汗をぐいと乱暴に拭った。


 武器の無くなったその手を一瞥してから、ちっ、と、明月は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、影を睨む。

 先程までのゆらゆらとした、何処と無く不安定な雰囲気は消え去り、まるで化け猫は、獲物をその爛々怪しく光る大きな瞳に餌を捉えた肉食獣のように、姿勢を低くし、じっと、しかし今にでも飛びかからん殺気を放ちながら、明月の様子を伺っていた。


「おい、明月」


 緊迫した空気のまま対峙している明月と影に、柚月はいつものように凛とした落ち着いた声を割り込ませる。


「面倒くさい。私が囮になるからさっさと祓え」

「は……!?危ねぇし、祓ったら手がかりが……っ!」

「炎角の時みたいに、あのクソ猫を操ってる何かが有るはずだ。さっさと探せ」


 言うや否や、柚月は篠をそっと地面に残し、浮遊しながら化け猫の方へと向かい、その長い艶やかな黒髪を大袈裟に翻して見せる。

 すると化け猫は、ぱちくりとその大きな瞳を瞬かせたと思うと、注意を明月ではなく柚月に向けた。


(やっぱり、こいつは、)


 篠に引っ掻き傷が無いこと、明月と対峙した途端にその瞳を開き、見るからに力が上昇したこと。


(じゃれついてんのか……)


 それ等のヒントから導き出した答えに、柚月は嘆息した。

 力が暴走した炎角とも、力により媒体(浅香)を支配した歩治とも違う。

 本能を、解放させられたかのような。


「厄介だな」


 化け猫のその手が届くか届かないかのところで興味を引くように浮遊しつつ、柚月は再度、深い溜息を漏らした。


「おい明月、まだか?」

「ちょ、待って、炎角の時みてぇに札とか、なんもねぇよ!?」

「待て、じゃないわ阿呆!早くしろ!」

「待ってって、あーもう!」


 ーーー前にも後ろにも、鉤爪にも無いし……ッ


 大体、瞳以外が影になっていて良く分からない。


 ーーー待て、今見えないところにーーー


「姉貴!口!口開かせろ!」

「あぁ!?喰われろと!?」

「ちげぇぇよ!見たいの!」

「見たいの!じゃないわ!どうしろと……ッ!」

「姉貴!?」


 余所見していた柚月に、化け猫の手が伸びる。化け猫は、まるで抱擁するかのように柚月の片脚にしがみき、まるで侵食していくかのように上へ上へとーー


「ちょ、何処触ってんだ巫山戯んーーーー」


 上へと行き、柚月のその、白く華奢な太ももまで行ったところで、何故か化け猫の動きがぴたりと止まった。

 そしてゆっくりと、柚月の後ろへとその怪しげな瞳を向ける。


 そこにはーーー




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