二人の術師 其ノ陸
状況整理は混沌して混濁した。それもそうだ。翠には早紀子が妖怪のこと、幽霊の柚月のこと、半妖の浅香のこと、そして女装した上、とうに成人している変態祓い師、明月のこと。ことの説明に欠かせない様々なことを伏せなくてはならないのだ。
しかし明月の苦闘の末に分かったことは、早紀子は前から偶に此処に来ることがあり、ちょこちょこ目撃されてきていたということ。早紀子と浅香は一応知り合いであり、恐らく浅香は、早紀子のことを明月に伝えることを忘れていたのだろうということ。故に、浅香は黒い影が早紀子だとは思っていないということ。早紀子は自分と浅香以外の妖怪は知らないということ。そして浅香と翠は、偶然ながらクラスメイトで、友人であるということ。
これ等を紆余曲折しながらまとめると、結果的に三十分程更衣室に長居することになってしまった。
「良く分からないけど、槌門さんの影捜索は徒労に終わったってことであってる?」
「恐らく、そうですね……」
信じたくない事実に、明月は嘆息した。この捜索で得た結果は、姉の友人(変態)を確認できたことだけだったのだ。
「ちょっと待てよ。私も妖力隠すことは多少出来るけど、浅香は鼻良いから気付かれんぜ?」
「ほんとか!?」
と、徒労を嘆いた直後の早紀子の言葉に、明月は思わず身を乗り出すような形で早紀子に近付く。早紀子は地味に明月と距離を取った。精神を抉られた。
「うん。浅香が異変と言うなら、それは信じて良いと思う」
ーーつまり、怪談の“黒い影”と浅香の言っていた黒い影は別物……?
「どんどん、怪しさが増してきたな」
「あぁ、こりゃやっぱり、当たりかも」
明月は柚月と目を見合わせて頷いた。
と、その瞬間。
ぞくり、と、二人の肩が震える。
二人は目を見合わせたまま、お互いに目を丸くした。
「槌門さん?どうしーー」
「すいません、ちょっと」
翠が疑問を口にするのを待たず、明月、そして柚月はある方向を目指して一目散に駆け出す。
「およよ、はっやぁ」
その様子をきょとんと見ていた早紀子は、すぐに小さくなっていった二人の背中を眺めながら能天気な声で言った。
◇◇◇◇◇
「ま、ままま待って待って、これってこれって、まさかの大本命!?」
篠と浅香は、階段の下に着いたところで、ぞわりとした気持ちの悪い感覚に襲われた。そして同時に、影が現れた。ゆらゆらと陽炎のような黒い影が、暗闇の中だというのにはっきりとその存在を誇示するかのように。
姿を炎角のように大きく肥大化こそしていなかったが、人型を獣に変えるかのように、黒く尖った耳と、二つに分かれたような細く長い尻尾を形作る影は、ゆらり、ゆらり、と、まるで迷子のように、何処と無く頼りない足取りで二人に近付く。
「篠さん、下がっていてくださいっ!」
浅香はそう言うと、庇うように前に出て篠を後ろに隠す。浅香がぶんと腕を振るうと、待っていたと言わんばかりに薙刀がその長い刀身を現した。
「っ……つ……ーー〜〜!」
影は、聞き取れない叫びを上げると、ゆらゆらとした動きが一転。階段から落ちるような速度で浅香に転がるように近付くと、その、黒く鋭利な腕を叩きつけるかのように上から振り下ろした。浅香は突然変貌した影の様子に慌てながらも、薙刀でその攻撃を受けた。
がいん、と、妙な音が鳴る。それは到底、腕がぶつかった音とは思えない。見ると、影は腕の形を変え、まるで鉤爪のように鋭利に尖り、その爪と爪の間にすっぽりと薙刀を挟み込んでいた。
(ーー硬い)
みしり。薙刀がそう悲鳴を上げる。浅香は横に滑らせるようにして、影の勢いを横にずらした。
ずらされたことにより勢いが斜め下……床に向かう。しかし影は、その床に鉤爪になっていない方の手を付くと、しなやかにくるりと側転して体勢を正し、すぐに勢い良く再び浅香に向かって行く。
攻撃を、体を反らせて躱す。いや、躱す筈だった。しかし、リーチから外れた筈の攻撃は、浅香の制服に裂け目をつくる。
「浅香ちゃん!?」
「大丈夫、服だけです」
浅香はボタンの機能を無くしたブレザーを脱ぎ捨てる。
目測は間違っていない。つまり影は、その大きさ、長さを変形させられるようだ。あと少しずれると命を落としていたであろうことを想像し、顔を顰める。
(硬いうえに、スピードも……厄介だな)
薙刀も先程ダメージを受けている。あまり長期戦になると、確実に駄目になってしまうだろう。
「浅香、ちゃん」
浅香が薙刀を振るうところは見たことが有ったーーと、いうより、一度は自分に振るわれた。無論、あれは浅香ではなく歩治だったのだが。
浅香は強い。歩治と違って、無駄な動きが無く、しなやかな動きをする。
でも歩治と違って、体のリミッターを破壊したようなパワーも、そして何より捕食者さながらの殺気も無い。要するに実戦向きというより試合向きな浅香には、決めの一手が無いのだ。それは長期戦を強いられるということであり、今の状況下において最悪だった。
(私は?これじゃ、ただのーー)
篠は、すぅと息を吸い込むと浅香が脱ぎ捨てた上着を掴み、まるで白旗のように振り上げる。
しかし、影が目線を浅香からそっちに移した瞬間に、宣戦布告を大声で叫んだ。
「化け猫ちゃん、鬼ごっこだよ!」
「ーーえっ、ちょっ!?篠さん!?」
そう叫ぶと、篠は廊下の窓を開け、そこから飛び降りた。浅香の嫌な予感は的中し、影は篠目掛けて突進するかのように追いかけて行く。
二階から飛び降りるだなんて芸当が出来ない、半分人間である浅香は、一人取り残される。
呆然とする暇など無い。今は一刻も早く篠に追い付くことが先決だ。篠の身を案じると、自然と眉間に皺が寄るのを感じながら、浅香は踵を返して階段を一度に何段も飛ばし、転げ落ちそうになりながら駆け下りた。
(もし。篠さんにもしものことが有ったらーーー)




