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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第陸章
33/36

二人の術師 其ノ伍

「今回のはどうだった?」


 暗闇の中、そんな声だけが響いた。その言葉が反響したところから、殺風景な広い空間が予想された。

 間も無く、「あぁ」という異なる声が反響する。


「良い感じ。あの人(・・・)も納得してくれると良いんだけど」

「それは、どうだかなぁ」


 けらけらというあまり聞き心地の良く無い笑い声が響く。


「お互い大変だ」

「だな」


 声は二つ。しかし他にも気配が有った。弱々しい気配だ。

 その一つの気配は、二人とはまるで別次元にいるかのように、その声にも全く反応を示さない。ともすれば、置物ではないかと思われる程に、微動だにしない。そして会話している二人もその一人が見えていないかのようだ。


「しかし術師(・・)さんよ」


 一人が、他の一人をそう呼んだ。


「もっと派手にできないのか?一斉に、ぱーっと」

「命令だよ。急がば回れ、ってやつ?」

「ほぉう」


 聞いておいて、興味なさげに一人が相槌を打つ。


「ま、確かに焦ることも無いか」

「お主はな」

「お主」


 言って、失笑。


「何だよ」

「いや、お前、ちょいちょい古風だなぁと」

「うるさい」



 ぺたり。


 そこで小さな足音が、響くことも無く、重力に従って落ちるかのように聞こえた。


「あれ、どうしたの」


 その足音に一人が反応した。会話しなかっただけで、無視していたわけでは無いらしい。


「……散歩」

「遠くへ……は、行けないか。気を付けてな」


 こくん、と、頷いたのだろう。ちょっとした間の後に、足音が再び聞こえてきた。


「俺様も、行きますかね」

「応。某も」




 そして、其処はただの暗闇になった。





 ◇◇◇◇◇




「音、こっちら辺から聞こえた?」

「はい、確かに」


 空気に似合わず飄々とした二人の声が、暗く不気味な廊下に小さく響いた。言うまでも無く、翠と明月である。

 柚月含めた三人は、暗闇で足が取られそうになりながらも長い螺旋階段を登った時に、ふいに聞こえてきた物音を頼りにして、一つの扉の前に立っていた。


「更衣室、だね」

「こっ」


 翠の不思議そうな顔と、柚月の呆れ顔が、奇声と呼んでも良いような声を発した明月に向けられた。「男子中学生かお前は」という柚月の冷たい声は、動揺した明月には届かなかったようだが。


「こ、こんなところにいるんですかね」

「どうだろうね。開けるよ?」


 そう言って翠は、何の躊躇いも、ホラー映画のような間さえも無く、ガチャリとドアノブを捻ると、扉を開けた。金具が軋む音と共に、懐中電灯で奥の暗室が照らされる。


「あ」


 声。

 しかしそれは、扉の奥……更衣室の中から聞こえた。

 そこで、翠の持つ懐中電灯に照らされたのはーーー


「ーーれ!?柚月っ!」


 何やら小さな、レースらしきものがあしらわれた布を手にした、異様に髪の長い少女だった。

 少女は目を丸くして、柚月のいる方向を指差して声を弾ませる。


「げっ!?」

「久しぶりだな!乳は増えた?いや、それは有り得ないか!」

「ぎゃあ!止めろ早紀子!」


 少女は、まるで黒く染められたシルクのように繊細で綺麗な髪を翻しながら、目にも留まらぬ速さで柚月を捕らえた。そして有ろうことか、柚月のその慎ましい胸を繊細どころか無遠慮に鷲掴む。

 藻掻く柚月と、まるで蛸の如く柚月に貼りつく早紀子と呼ばれた少女。それを呆然と凝視する明月。そして柚月が見えず、空をひっ捕まえている早紀子を見て呆気にとられる翠。不思議な構図だった。

 しかし暫くすると、果敢にも翠は早紀子に向かって歩みを進めた。


「ねぇ、貴方」

「んぉ?なんだいお嬢さん」

「もしかして、そこに何か(・・)いるの?」


 柚月のいる方向を指差す翠に、早紀子はにやりと不敵な笑顔を浮かべた。


「いるよ。何かも誰かも、色々と彼方此方にね」

「やっぱり!」


 嬉しげに目を輝かせる翠の顎に人差し指を添え、クイと持ち上げた。


「あんまり面白がると食べられちゃうよ?」


 その妖艶な笑顔は、まるで毒の牙を剥き出しにした蛇のようで、明月は見てはいけない場面を見てしまったかのような気持ちにさせられた。

 しかし、はっと我に返って制止にかかる。


「おいおいちょっと待てよ。姉貴の知り合いなのか……?」

「あん?何だこのおっぷっ」


 早紀子が唐突に顔を顰めたことに気付いた柚月は、まるで光のような速さで早紀子の口を手で塞いだ。


「……オプティカルレディ」


 あからさまに不服そうに眉を顰めて無理矢理誤魔化す早紀子に、明月は凍り付いたように硬直していた顔を緩める。どうやら、早紀子は味方らしい。


「何それ?」

「ナンデモナイラシイヨ、お嬢さん」

「お、おい姉貴。それよりよ、そいつ……」


 漸く早紀子の魔の手から逃れることに成功した柚月は乱れた衣服と御髪を整えながら、深い溜息。

 それから物憂げに口を開いた。


「あぁ、早紀子は雪女で、私の……」


 そこまで言って柚月は黙ったかと思うと、難しい顔をして腕組みをし、時折首を傾げたり、顔を顰めたり、終いには俯いてしまった。


「………………友人だ」

「友人!柚月が私を!恋人だって!このツンデレめー!」

「異様に間が空いたことはスルーか?それに恋人とは言ってねぇだろ」

「あのさ」


 一転して、視えない人にとっては不可解に賑やかな空気に、翠が困惑したような顔で明月と早紀子を交互に見やる。


「何と無く、そこに何かがいるらしいことは分かったんだけどさ。それで、そっちの貴方が視えて触れることも何と無く分かったんだけどさ。槌門さん、もしかして貴方も視えてるの?それに、さっき姉貴って」

「へ?……」


 沈黙。

 言うか言わまいか迷った明月だったが、今更迷っても遅い。仮想姉を創り出して会話している変態よりは、正直に言った方が断然良いだろう。比べるまでもない。


「……じ、実を言うと視えます。でも姉貴ってのは、ほら、姐御的な意味の姉貴であってですね……」

「なんで?」


 先程の喧騒が嘘のように、やけに静まり返った中、明月がまるで言い訳のような口調で弁明を始める。幽霊の姉を侍らせているだなんて、明らかに普通では無い。今日有ったばかりの女子高生に、サイコのシスコンだと勘違いされるのはダメージが大き過ぎる。

 翠はその話を受け、真面目くさった顔で明月の顔を見つめた。


「何で早く教えてくれなかったの!」

「えぇっと……」

「連れて歩いてるのに怪奇現象探しなんて、滑稽も良いところだよ、もう」


 そう言うと翠は、紺色の清楚で上品そうなプリーツスカートをひらりと踊るように翻し、そこにいるらしい視えざる人物、柚月に向かって一礼した。


「初めまして、伏見 翠です」

「最初に聞いた」

「二、三、聞きたいことがあるのですが」

「後にしろよ忙しいんだから」

「取り敢えず、貴方はいったい何者なのですか?」

「駄目だコイツ、聞こえてないんだった」

「そんなことどうでも良いから遊ぼうぜって言ってるよ!」

「嘘吐けっ!」


 まるで宝物を見付けた子供のようにキラキラと目を輝かせる翠。先程の大人びた飄々とした翠は、どうやら何処かに行ってしまったようだ。

 三人のちぐはぐな会話に、明月は思わず頭を抱えた。


「えっと、早紀子、だっけ?」

「うん」

「何で、こんなところに?」

「決まってるでしょ」


 早紀子は何故か、誇らしげに胸を張って見せた。篠に負けず劣らずの胸が、その大きさに比例するかのように大きく揺れる。


「可愛い女の子がたくさんいるから!何、此処?天国か?生徒、顔で選んでるんじゃない?」

「……」


 予想通り過ぎて逆に予想外な早紀子の言葉に、一同は静まり返る。呆れて物も言えないとはこのことだ。


「早紀子、お前もしかして、さっき持ってたのって」

「持ってたの?これ?パンツだけど」


 そう至極普通のことのように言って早紀子は、ポケットからピラリとピンク色のレースが付いた小さな布……パンツを取り出す。


「更衣室にパンツを忘れるドジっ娘萌え。そしてありがとう」

「さも当然のように下着泥棒してんじゃねぇよ!?」

「当然でしょ!?パンツが落ちてたら拾って持ち帰るのが当然でしょ!?」

「もう、良い、黙れ早紀子。私の品位まで下がる気がする」


 柚月が溜息混じりに言って頭を抱えると、早紀子は「分かったよ」と一つ返事で黙った。パンツはしっかりと懐にしまいこんでいた。


「槌門さん、さっきから言葉が乱れてるよ」

「えっ、あっ。あのですね、先輩、私実は、とあるものを探してるんです」

「とあるもの?」


 明月が誤魔化したのに首を傾げているのか、とあるもの、というのに首を傾げているのか、どちらにせよ翠は不思議そうに明月の言葉を繰り返した。明月は、「はい」と頷く。


「靄……、黒い、靄なんですよ。で、先輩に黒い影、って聞いて」

「あっ、ごめんそれ私だわ」

「はっ?」


 明月が、早紀子の言葉に素っ頓狂な声を発する。


「私が隠れてた時に、ぼんやり鏡に映っちゃった時がね。そりゃ、こんだけ人がいたら、視える子もいるんだろう」

「待て、待て。浅香、妖怪がいるなんて言ってなかったよな」

「浅香?あぁ、あのじょそっ」


 今度は明月が泡を食って、早紀子の口を塞いだ。


「……女尊主義の子」

「つかお前、浅香と知り合いなのか?」

「まぁねぇ。同類と言えばそうだし、犬公はうぜぇが浅香は良い子だし、顔はタイプ」


 明月が、翠に聞こえないよう小声で早紀子に尋ねると、早紀子も察したのか、それとも釣られただけなのか、小声で言った。


「待って、早紀子、さん。視えるとか映るとかどういうこと?それに、二人とも浅香の知り合い?」

「……」


 混沌。各自に疑問が多過ぎて、状況はまさに混沌という一言が当てはまる。考えるように顎に手を添えながら、明月は滲み出る疲労を吐き出すように言った。


「一旦、疑問を解決していきましょうか」



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