二人の術師 其ノ肆
夕陽に照らされて高級ホテルのように輝いていた校舎は、日が落ちて外からの光が絶たれた途端、曰く付きの洋館の如く荘厳にして不気味な雰囲気が漂い出した。そんな廊下に、かつんかつんと明月と翠の足音が反響する。
これならば怪談も噂されよう、と明月は妙に納得させられた。
「ところで、槌門さんってさ」
翠は本当に怪談が好きなのだろう。不気味な雰囲気に全く臆することなく、飄々と歩きながら、健康的な桃色の唇を開いた。先程の興奮が治まったのか、声色は元の落ち着いた調子に戻っている。
「声が低めよね」
「ぅえっ!?あ、えと、風邪引いてて」
油断していた矢先に飛んできた言葉に、明月はわざとらしく咳をした。
「身長も高めだし」
しかし翠はそれに対して反応を示さず、明月を見上げる。明月は再び、冷や汗が吹き出るのを感じた。
「モテそうね、女の子から」
「はいっ?」
そんな的外れなとか的を得ているような返答に、明月の吹き出た冷や汗が行き場の無くなったかのようにたらりと肌を伝う。
柚月は明月の動揺に、思わず「やれやれ」と溜息を漏らした。
「私も何故か、結構モテるのよね。女の子に」
「は、はぁ……」
翠は歩きながら言うと、物憂げに嘆息した。
察するところ、すらりとしたモデル体型に凛とした顔、気取らない態度、そして夜の不気味な廊下も恐れず進む度胸が女の子の憧れの的になるのだろう。
「お互い大変そうね」
「お……、」
明月は「俺」と言いかけて言葉を切ると、ごほん、と咳払いを一つ。
「私は、そんなことないです」
「あら、そうなの?」
でもさ、と翠は言うと、歩みを止めて明月の手を取った。
「背もそうだけど、手も大きくて綺麗だし。そのうち大変になると思うわ」
「あっ、と。……ど、どうも」
明月は肩を竦め、赤らんだ顔をマフラーに埋めるようにしながら、翠の手から逃げるようにそっと自らの手を引いた。
(バレてる……?これもしかして、本当はバレてる?)
「かもな。この女と行動するのは必要な事か?」
「なっ!?」
何で心が、と言いかけ、明月は慌てて口を閉じた。二歩程先を歩いていた翠は、何事かと振り返る。
「もしかして、何か見つけた?」
「い、いえ!」
明月は咄嗟に両手の平を翠に向け、首を左右に振る。翠は「そう」とだけ返すと、何も言わずに足を進めた。
「怪談に詳しいってことは、案内してもらった方が良いだろ、こんな広い学園」
「浅香……は、あんまり詳しくなさそうだな」
小声で柚月に言うと、彼女は珍しく首を縦に小さく振り、「確かに」と肯定を示しながら眉を顰める。
「しかし、何を考えてるか全く分からねぇな、あの子」
そう言って翠を見やると、すっかり暗くなった道を迷い無く進んでいる。そろそろ足元すら頼りないといのに勇敢なものだ。
(そういえば、)
明月は力強く突き進む翠の、華奢な背中に視線を向けたまま、何と無く別行動をしている二人のことを考えた。
(二人きりでバレてねぇかな。篠は妙に鋭いとこが有るから)
◇◇◇◇◇
「明月さん、バレて無いでしょうかねぇ……」
「あの人、微妙に抜けてるからね」
心配だ、と、浅香と篠は同時に嘆息した。
「もう、怒ってないんですね」
先を進む篠に追い付いた浅香は、やけに遅くなったように感じられる篠の足取りを一瞥してから、彼女の肩に軽く手を添えた。すると篠の肩がびくんと、まな板の上の魚のように跳ねる。まるで伝染したように浅香もびくりと体を震わせた。
「えっ、ど、どうしたんですか?俺、何か……」
「な、ななななんでも無いよ」
ぎぎぎ、とまるで錆び付いたロボットのように首を浅香に向けた篠の顔は、暗い中でも良く分かる位に同様と恐怖が浮かび出ている。
「えと……、怖いんですか?」
「いや!?私は妖怪ですが!?」
「そ、そうですか……俺はちょっと怖いです」
暗闇の中、青い顔をしたお爺さんが顔を出した場面を思い出しながら、浅香は自分の腕をぎゅっと握り身震いした。元々幽霊が得手で無かった浅香にトラウマを植え付けるには十分過ぎる程だったのだろう。篠に釣られるかのようにして、今まで強がっていた仮面が崩れ落ちるような感覚に苛まれる。
「……もー、浅香ちゃんはずるいよねっ」
「え?」
「何でもないっ!」
「ひゃっ、あっ、あのっ!?」
浅香は唐突に手に感じた感触に再び少し肩を震わせる。見ると、そこには浅香に負けず劣らず白い、しかし一回り小さな手が、自らの手をしっかりと握っていた。その自分とは違う柔らかな感触に、かぁっと一気に浅香の頬は上気するが、幸い辺りは暗くなっている為バレてはいないようだった。
「怖いんでしょっ」
「は……、はい」
「浅香ちゃん、手もほっそい。骨みたい」
「それは……、」
男だから骨張ってます、と思ったが口には出さず、代わりにと言わんばかりに「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「忘れてました、これ」
そう言って浅香が鞄から取り出したのは、小振りな懐中電灯。スイッチの、かちりという小気味良い音と共に光が二人の進行方向を照らした。
しかし前だけが明るく、それも不自然に白く照らされた学校は、かえって不気味さを際立たせるようだ。
「もー、早く言ってよねっ」
「へっ」
不気味さに挫けそうになった浅香だったが、篠はまるで病が治ったかのようにけろりと、寧ろいつもより血色が良くなったのではないかという錯覚さえ覚えさせる。
「あの、篠さん。もしかして」
浅香がひょいと隣の篠の顔を覗き込むと、篠はぷいと顔を背けて観念した、と言わんばかりに口を開いた。
「私も怖いの!暗いのは!」
成る程、と、浅香は苦笑を浮かべた。それもその筈、篠はこう見えて妖怪であるのだ。
自分は暗闇ではなく幽霊が怖いとは口が裂けても言うまいと心に決める浅香であった。
「でも、篠さんって」
「ん?なぁに?」
間。
「……やっぱり何でもないです」
苦笑いで無かったことにしようとする浅香に、篠は「何!」と凄むように顔を近付ける。
息遣いすら感じられそうな距離。
浅香はそれにやられたようで、浅香は顔を背けながら再び口を開いた。
「逆に、怖いフリとかしそうだなぁ、なんて」
「えー、浅香ちゃんにぶりっこしてもさぁ」
「あ」
成る程、と、浅香は再び苦笑した。
それは嘲笑だったかもしれない。
何を今更男性扱いして欲しいのか、と、自分を戒めるかのような。
(多分、俺はもっと深く、)
歩みを進めながら、思う。
(深い付き合いがしたいんだろうな。この人達と)
「ーーなァにを言ってやがるんだか、今更」
「浅香ちゃん……?」
「あっ、あ!えっと!今のはっ」
ぽつりと出た、浅香らしからぬ呟きに篠は心配そうに浅香を見るが、一変した慌てた様子に、「あぁ、」と漏らす。
「ポチくんの方か」
「は、はい」
「私ね」
「あのね、」と、まるで言葉を用意するかのような間。
そして、再び口を開く。
「あれっ、今」
しかし用意されたであろう言葉は発せられず、そう言ったきり篠は口を閉じた。
「篠さん?」
「今、足音がした気がする」
「え……っと、明月さん達でしょうかね」
「にしては、声しないよ……?」
二人は目を見合わせて、固唾を飲む。ごくり、と喉が鳴る音が重なった。




