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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第陸章
31/36

二人の術師 其ノ参

 


「浅香ちゃんって、筋金入りのお嬢様だったんだね」

「いやぁ……あはは」


 明月の心配は只の杞憂であり、躑躅の話しとは浅香の進路についての業務的過ぎると言っても良い内容だった。無駄話はゼロである。恐らく躑躅はそういう教師なのだろう。

 彼の教員室を見ると、それが明確に分かる。きっちりと整頓された本に、ファイリングされたプリント類。パソコン。あとは電気ケトル。それ以外は、恐らく棚にきっちりと整頓されているのであろう。無駄がなく、事務的にして業務的。

 結局話しは三十分しない内に終わり、浅香と篠は明月と柚月を探しつつ、捜索を進めることにした。


「あの人たちは、俺を追い出したかっただけですしね」

「え……?」

「俺は犬神憑きですからね。血族の恥なんです」

「そんなっ!」


 浅香が苦笑を浮かべながら言うと、篠は目を、まるで魚のように丸くした。


「恥って、浅香ちゃんのじゃ無いじゃん!浅香ちゃんは何もしてないのにっ」


 涙目で訴えるように言う篠に、浅香はその薄めの唇で綺麗に弧を描き、困ったように笑った。


「やだなぁ、俺の為なんかにそんな顔しないでくださいよ」

「だって……」


 すん、と篠は鼻を啜って、瞳に溜まった涙を手の甲で乱雑に拭う。


「ほんとは浅香ちゃんのことね、羨ましかったんだ、私。華奢で、ぶりっ子してるみたいに可愛くて、でもそれは天然で。庇護欲を唆られる感じ?」


 浅香に苦笑いを返しながら篠が溜め息混じりに言った。“女の子”として褒められたところで、浅香は篠と同じように苦笑をするのみなのだが、そうとも知らず篠は続ける。


「明ちゃんは鼻の下伸ばしてるし!」

「いやぁ、それは……」


 気のせいだと思います、と言いかけて浅香は言葉を飲み込む。

 そこで浅香はやっと察した。篠がずっと不機嫌だったのは、単なるヤキモチなのだろうということを。誕生日の件でその場に居合わせなかった浅香は、ずっとどうしたものか、聞いても良いのか、と苦悩していたのが、やっとすっきりした。が、同時にそれは、篠の杞憂であると伝えられないことに再び苦悩することになった。


「あれ?そういえば」

「どうしました?」

「浅香ちゃんって見た目も口調も文句無しなお嬢様なのに、一人称だけが“俺”だよねぇ」

「えっ、あっ、あー……」


 ふと、思い出したように、篠は怪訝な顔で首を傾げた。

 一人称。それは浅香として、唯一のプライドの現れだった。とは言え学校では基本的に“わたくし”と言っている為、トイレの件も然り、有って無いようなプライドなのだが。


「獣耳、貧乳、お嬢様、俺っ娘……どんだけキャラを濃くしようと、明ちゃんは渡さないんだからねっ!」


 “俺”という一人称の理由は、彼女にとって重要な問題では無いらしい。篠は浅香をびしっと指差しながら宣戦布告すると、何故か怒りが復活したかのように浅香を追い越して歩いて行った。

 その勢いに呆気に取られていた浅香は、駆け足で篠を追いかけた。





 ◇◇◇◇◇





「あの、もしかして」


 正に絶体絶命。いや、明月の身体能力なら、バレたところで逃げることは出来る。しかし男とバレたら、男としての何かがぽっかりと抜け出てしまうような気がした。元々この女装のせいで、既に失いかけているというのに。

 二十歳を過ぎた男が女装して女子校に不法侵入。そんな新聞記事が頭を過ぎり、明月の額には汗が一筋伝った。


「一年生、なのかしら」

「え?」


 しかしそんな心配をよそに、ボブヘアーの少女は言った。明月は思わず少女と同じように首を傾げる。


「背、大きいから先輩かと思ったんだけど、迷ってるみたいだから」

「あぁ!」


 少女はどうやら、挙動不審の明月を心配してくれたようだった。


 ーー女装がバレた訳じゃなかったか。


 安心した反面、複雑な気持ちだった。


「明月。こいつに聞いてみたらどうだ?例のこと」


 内心百面相している明月を見透かしたように、落ち着いた声色で柚月は首を傾げた。明月は柚月を一瞥してから再びボブヘアーの少女を見た。

 少女は柚月が視えない為、黙ってしまった明月を、何処と無く心配そうに見ている。


「あの、お……私、一年の槌門です。えっと、」

「私は伏見。伏見 翠(ふしみ みどり)

「伏見先輩、お聞きしたいことが」


 ーーあれ、伏見?


 次の言葉を待っている少女、翠を見ていると、何か誰かに似ているような気がし、明月は暫しその少女を凝視した。地毛なのであろうが、色素の薄めな髪に、少し切れ長の、猫のような瞳。


「どうしたの?」

「いや、何でも」


 が、見つめていた為訝しげな顔をする翠に、明月は思考を止めた。


「えっと、伏見先輩は、この学校の怪談、とか、知ってますか?」

「階段?」

「幽霊とかの……」

「あっ!」

「えっ?」


 翠が今までの落ち着いた様子に合わない、甲高い声を上げた為、明月はびくりと肩を跳ねさせた。もしかしたらバレたかもとか、生徒なのに怪談を聞くのは変だったかもとか、様々な思いが頭を駆け巡る。


「貴方も怪談好きなのっ!?」


 少女はテンションを俄然高くしてそう言うと、目を爛々と輝かせて明月を見た。その余りの変わりように、明月と柚月は思わず半歩引いてしまう。

 しかし明月は話しに乗ってくれたことは好都合だと思い直し、うんうんと頷いて見せた。女装といえど声まで変えるという芸当は明月には不可能。願わくはあまり声を発したく無い。


「どこの学校にもね、七不思議っていうのは有るのよ!この学校も然り!」


 翠が噂という名の威力無いマシンガンを言の葉に乗せて明月(と、柚月)に向けて連射した。

 動く人体模型、骨格標本。パソコンの中に潜む霊。トイレのA子さん。丑三つ時に響くピアノの音色。階段下の秘密の部屋。目の動く絵画。

 此処までは正直言って、くだらない噂だろうと、映画や本に影響された誰かが流した法螺だろうと、明月と柚月は思った。しかし最後の怪談。

 それは、“鏡の中で蠢く黒い影”。


 ーービンゴ


「あの、最後の、詳しく教えて頂けませんか?」

「お目が高いわね。それはつい最近(というか昨日)実例が出たのよ」


 予め浅香に聞いていた話しを聞いた為当たり前だが、翠は明月が自らと同じオカルト好きだと信じ込み、明月にずいと近付いた。近付かれると流石に男だということがバレそうだと思った明月は後ずさったが、気にせず翠は力説し始める。


「なんでもね、それ(・・)は鏡の中だけに現れるらしいのだけれど、目撃情報によると最近は、出たらしいの」

「出た……?」

「外に、ね。腕を掴まれたという子がいるの。鏡の中で動く影ではなく、鏡の中を住処にする影がいるって噂に変わりつつ有るわ」


 七不思議。その存在自体、有名お嬢様学校にしてはくだらないと感じた明月だが、どうやら浅香も同感らしい。

 彼は妖力を感知できるだけでなく、視える側の人間だ。幽霊が現れるなんて日常茶飯事なことである浅香にとって、七不思議ほど不思議じゃないことは無いだろう。

 だが、浅香が最近見てきた、何者かが絡んでいると思わしき事件から、自身の感知能力が疑わしくなり、今回の噂も耳に入ったのだろう。つまりたまたま、である。

 しかしもし、本当に腕が掴まれたとして、それに浅香が反応しなかったとしたら。それは確かに、当たり(・・・)である。霊は実体化するのに妖力を使う必要が有るのだ。そうなれば、その異質に、寮にいる浅香が反応しない訳が無い。


「ありがとうございます、センパイ」


 明月はマフラーの下でほくそ笑んだ。やっと手がかりが見つかった、と。


「そうと決まれば!」

「へ?」

「七不思議を調査するわよ!」

「へっ!?」


 翠が明月の手を取り唐突に長い廊下の何処かを意気揚々と指差した。


 ーーどう決まった!?


 しかし明月は、教えて貰った手前、そして雰囲気的に拒否権など無い。

 成り行きで、仲間が一人加わった。

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