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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第陸章
30/36

二人の術師 其ノ弐

 


 私立白水浮雲(しらみうきぐも)高等学校。日本で三本の指に入る程の有名校だ。

 理由は二つ。超が付く程のお嬢様高校だということと、そのお嬢様方は、幼い頃から厳しく教育を受けた秀才ばかりだということだ。

 それは女性の嗜みイコール花嫁修業、という時代を、まるで揶揄するかのような徹底っぷりだった。

 一人に一台与えられた高性能PC。各教室に設けられた巨大スクリーン。当然の如く冷暖房完備。一流シェフが料理を作る学食。隣接する、一人一部屋1LDK、風呂にトイレにエアコン付きの、おまけにルームサービスまで頼める、ホテルのような寮。

 明月は自分の高校生活を思い出しながら驚愕に眉を顰めるのみだ。明月の通っていた高校はごく普通の、市内ではレベルが高い方という程度の市立だった。勿論エアコンなんて付いていなければ、パソコンなんてハイテク機器を使う授業も無い。最早ジェネレーションギャップという言葉では語り尽くせなかった。


 浅香から目撃情報を聞いた翌日、早速、放課後の時間に合わせて彼と校門のところで合流した。

 明月と浅香、柚月、そして姿を隠した篠は、アンティーク調の廊下を不自然ではない程度に端に寄り、目立たないように歩く。規模の大きな高校だからだろうか。通りすがる生徒、そして教師ですら、明月に違和感を持っている者は今のところ居ないようだ。寧ろ「ごきげんよう」「はい、ごきげんよう」という浅香と通りすがりの女子生徒の挨拶に釣られ、おろおろしながら明月が「ごきげんよう」と返すことが、放課後にしては多く有った。


「しっかし、スカートってのは落ち着かねぇな」

「おいおい明月、足を開くなよ。もしお前の汚らわしいトランクスが見えたらどうする。そんな映像、最早暴力的だぞ」

「何故俺がトランクス派だと知ってる!?」

「……反応するの、そこですか?」


 くだらない会話をしながらも、明月はちらりと篠の様子を伺う。

 篠が真っ先に喰いつきそうな話題だったのにも関わらず、未だ膨れっ面で顔を背けたままだ。むくれながらも、付いて来てはいるのだが。

 そこまで傷付くことをしてしまったのだろうかと、後悔の念を込めて明月は小さく嘆息した。


「明月。潜入したは良いが、何の手がかりもなく彷徨って見付かるのを待つ気なのか?」

「あー、考えてなかった」

「はぁ!?」


 まるで探検しているかのようにただひたすらと歩くばかりの明月に、痺れを切らした様子で柚月が問いかけると、明月はしれっ(・・・)と即答した。当然、柚月は苛ついた様子で眉を顰める。


「なぁ浅香。歩治って鼻が良いだろ?妖怪の気配にも敏感だよな」

「その筈なのですが……」


 それを気にせず、今度は明月が、歩きながら浅香に問いかけた。雷獣、清春の件のように、近付くことで妖力の気配を多少察知することは明月にも、出来るが、歩治は桁外れに鼻が利くのだということを、明月は分かっていた。そうじゃないと、三大悪妖怪を狙って殺すこともできないだろうと察したからである。

 浅香は、自分の鼻に手を添え、顔を顰めて首を傾げる。歩治が憑いていることで、浅香も怪異の気配が敏感に感知できるらしい。


「今もですが、接触した時も、気配や匂いが良く分からなかったんですよねぇ」

「ふむ……。浅香。お前、私の匂いは分かるんだよな?」

「ふぇっ?」


 柚月が浅香にずい(・・)と近付く。

 浅香は……否、歩治は柚月が妖狐であると、予め分かっていた。つまり実体化していない妖怪でも、彼等は感知することが出来るのだ。

 しかし病院での一件では、悪霊の存在を感知することは出来なかった。そこにどんな規則性が有るのか……柚月が考えた結果としては、恐らく、入院していた時は明月との戦闘で、妖力が消費していた所為では無いかという結論が得られた。しかし黒幕と思われる何者かに接触した時、そして今回は、万全の体調でも感知出来ていないという。


「えっ、えーっと、そうですね、柚月さんは、その、女の子らしい香りが……」

「そ、そうか」


 しかし動揺で柚月のそんな意図が分からなかった浅香は、顔を赤く染め、しどろもどろに答える。

 浅香が女の子だと、疑う余地も無く思っている柚月は、その妙な様子に訝しげな顔をしたが、特に追求することもなく自身の思考に集中した。


(気配を消す……、この前の鞍馬天狗なら、或いは)


 柚月は先日の、ポニーテールの鞍馬天狗を思い出す。彼は、近付いても全く妖力を感じなかった。それは恐らく、力が膨大故だ。

 柚月は深追いしないのが得策と考えた自分の判断を間違いだったかと、少しばかりの危険を犯しても追求すべきだったと数日前の自分を叱責した。但し、ほんの数秒。彼女は無駄に悩むことが嫌いなのである。悔いても仕方無い。恐らく、黒幕とは遅かれ早かれ対立することになるだろう。


「一応、目撃証言が出たのは此処です」

 

 それぞれが黙って個々の考え事に勤しんでいる内に、今回の目的地とされる場所に到着した。ーー筈なのだが、


「ん?鏡なんて無ぇけど」

「いえ、……この、中です」


 おどおどしながら浅香は、控えめにお手洗いの方を指差した。


「……この格好をして入ると、俺は男として何かが終わる気がするんだが」

「誰も何も言わないぞ?」

「姉貴、目は口ほどに物を言うって言葉知ってるだろ?ニヤニヤしながら言われてもな……って。浅香、どうした?」

「いーえー……、別に……」


 浅香は半笑いで、何故か重たい空気を纏いながら首を振った。

 聞いた後に、自分の発言、“男として終わる”という言葉に浅香が反応したのだと明月は気付く。此処は女子校であり、浅香は女子生徒として通っている。教師は男性もいる為紳士用トイレも存在するが、浅香の風貌で見付かっては大目玉。学校中に伝わっては、此処にいることができなくなってしまいかねない。故に、浅香は女子トイレを使用しているだろう。しかしどうやら浅香は一応、男としてのプライドが有るらしい。


「城陰」


 そこで、浅香、明月の苦悩を制止するかのように、凛とした低い声が聞こえて一行は同時に声の主を見た。


「進路のことで至急、話したいことが有る。教員室に来てくれないか」


 そう言ってその男…、スーツ姿の厳格そうな、前髪を真ん中分けにした男性教諭は、浅香では無く明月を一瞥した。明月は一瞬、蛇に睨まれた鼠のような気分にさせられ、思わずたじろぐ。変装がバレたのかと動揺した明月だったが、男性教諭は特にそれ以上何も言わなかった。


「担任の、躑躅(つつじ)先生です。ごめんなさい。俺、ちょっと……」

「分かった。篠、付いて行ってやれ」


 下手に「友達が」と断るのも怪しまれるかと慎重に浅香は考えて、余計なことを言うことも無く小声で明月に謝罪をした。そして明月もその考えに同意する。元々手がかりなど殆ど無い。浅香がいなくとも調査はできるだろうと思ったのだ。

 しかし先程、男性教諭……躑躅に感じた悪寒に、どうにも無視できないような違和感を覚えた明月は、予備戦力として、篠に付いて行くよう命じた。篠は少し不服そうにしながらも素直に従い、顰めっ面ながら浅香の横についた。どうやら篠は、その態度で予想する程怒っている訳ではないようだ。


「済まないな、少し借りる」

「ーーへっ……?、は、はい」


 躑躅は踵を返してから、まるで鉄仮面を彷彿とさせるような無表情で明月に横目を向けて言った。その言い回しに何と無く違和感を覚えつつ、明月は小さく頷く。

 しかし浅香は後ろ髪を引かれたかのような、心配そうな顔を、不自然にならない程度に明月に向けた。


「おゆき」

「お前、何だその口調。気持ち悪っ」

「ぷっ」


 普通に喋ればバレてしまいそうだと思ったのか、明月は中途半端な口調で心配無いと浅香に告げた。すかさず柚月がその口調にツッコミを入れ、それに対し、むくれていた篠が吹き出す。一人平静を装わなければならない明月の片目の筋肉がぴくりと痙攣した。

 そんな様子は背中を向けている躑躅に見える訳も無く、彼の早足に、浅香は小走りで付いて行った。





 ◇◇◇◇◇




「しかしよぉ、姉貴。乙女心って何だろうな」

「しみじみと何を言っているんだ、お前」

「まるで深海のようだな……浮力による抵抗、ゴミや魚や岩のような障害物で阻まれた道。そしてそれを潜り抜けて底まで行ったところで、暗すぎて何も見えない……俺はただ、暗闇で藻掻くことしかできないのだろうか……」

「もう一回言おう。何言ってるんだお前」


 浅香、篠と別れた後にそんな会話をしていると、二人は学校の見取り図が書いてあるボードを発見した。見取り図を見た瞬間、この学校の調査は予想以上に骨が折れるのだと、気力がどんどん削がれて行く。

 鏡がある場所だけでも数十箇所。部屋数は、五十箇所を超えた辺りで数えるのを止めた。知りたく無かったからだ。全部捜索していたら、夜が明けてしまうだろう。


「ーーあの」


 二人が途方に暮れていると、不意に背後から声がかけられた。見ると、同じ制服に身を包んだ、ボブヘアーの少女と目が合う。その、少し眠たげな瞳が訝しげに明月の、少しばかり怪しげな姿を捉えていた。

 明月は、冷や汗が自分の身体を伝うのを感じた。






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