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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第陸章
29/36

二人の術師 其ノ壱

「やだ! 絶対やだ! 絶対だっ!」


 明月は叫喚……いや、最早悲鳴と言っても良いかもしれない。兎に角がなり立てながら、駄々っ子の如く首を左右に振った。


「おいおい、子供かお前は」

「明ちゃん、か弱い女の子に任せる気なのーっ?」

「いや、俺は別に一人でも大丈夫ですよ……?」

「駄目だよ! 駄目!」

「薄情だな、明月」


 相談所の女衆(というか二人)が一斉に攻め立てる。特に篠は此処ぞとばかりに攻撃を開始した。

 明月はたじろぎながらも、目を瞑って再び叫ぶ。


「断るーっ! やだやだやだやだ!」






 ◇◇◇◇◇





 怪異相談所の居住スペース、居間に当たる所には、朝から張り詰めた空気が満たしていた。珍しいことに、である。

 切っ掛けはひょんなことだ。


「信じられない!」


 そんな篠の一言だ。

 篠はそれから、堰を切ったようにまくし立てる。


「もー! デリカシー無さ過ぎ! 乙女心完全スルーだねっ!」

「だからーっ、悪かったっつの!」

「謝れば良いってものじゃないのっ! ばかバカ馬鹿っ! 明ちゃんなんか、妖怪に五体バラバラに引き千切られちゃえーっ!」

「それは本気で怖いぞ!?」


 明月のツッコミを無視する形で、篠は反抗を露わにした。


「おい明月。子供が地味に嫌がることベスト10位内には入るぞ。“イベントが近いから、イベントと誕生日を一緒にしてしまおう”ってやつは」

「何と無くそうかなーとは思いもしたが、地味に嫌がる程度なら良いかなぁとか思っちまったんだよ……」


 ふくれっ面で膝を抱える篠に聞こえないように、槌門姉弟は小声で会議を繰り広げる。小声とはいえ狭い居間だ。恐らく篠にも聞こえているのだろうが、篠は二人からふい(・・)と顔を背けてしまっている。

 そう、事の発端は、明月が篠の誕生日と正月を一緒に祝おうとしたことから始まる。ケーキではなく紅白饅頭で済ませようとしたのに篠が怒ったのである。

 柚月としては、本日も平和だなぁと思う他に無かった。


「明月さん! 大変ですっ!」


 と、そんな柚月の思考を見事に裏切るようなタイミングで、浅香が息を切らせながら居住スペースのドアを勢い良く開けた。しかし明月はその言葉よりも、浅香の服装が真っ先に気になった。


「浅香、お前学生だったのか!?」

「へっ? あ、はい。今年で卒業ですが」


 浅香のコートの下は珍しい黒いシャツに、それに映える赤いリボン。その上には紺色のブレザー。そしてブレザーと同じ色のプリーツスカートの下から覗く足は、黒タイツに包まれていた。何処からどう見ても、女子高生である。そして同時に、何処からどう見ても、男子高生ではない。

 彼女……もとい、彼の性別を知っている明月は、不覚にも可愛いと思ってしまった自分を呪った。俺はロリコンでも、そっち(・・・)でも無いと、呪文のように頭の中で繰り返す。

 その様子を鋭く察した篠は、一瞬鼻の下を伸ばした明月に、彼の苦悩も知らず益々眉間の皺を濃く刻む。


「ーーって、それはどうでも良いんですよ! 俺の学校で、」


 走って来たのだろう。荒い呼吸で喋るのが辛かったのか、浅香はそこまで駆け抜けるような早口で言うと、一度息を吸い込んでから言った。


「妖怪が暴走したらしいんですっ!」






 ◇◇◇◇◇




「何でも、鏡越しに黒い靄のようなものが蠢いたような気がしたらしいのです」

「靄、ね。炎角の時は確かに黒い靄に巻かれていた」

「でも、歩治の時は別に靄なんか無かったな」


 相変わらずむくれている篠のことは全く気にせず、柚月はけろりとした態度で相槌のように二人の会話に入る。


「そりゃあ共通点として成り立つのかは微妙なところだが、俺達は手がかりが皆無に等しいからな。縋る藁が見付かっただけマシじゃねぇか」

「それもそうだ」

「だがよぉ、」


 明月は困ったように腕を組んだ。


「高校に潜入ってバレねぇか? 俺、今年で二十四なんだが」

「明月さんは細身ですし、高校生には見えると思います。でも……」


 浅香はあからさまに視線を逸らしながら、言葉を濁す。


「でも?」

「……女の子に見えるかどうか、は……」

「は……っ?」


 悪戯がバレた子供のような苦笑いを浮かべた浅香を、浅香以外の三人がきょとんとして見つめた。


「うち、女子校なんですよ」






 ◇◇◇◇◇





 そして冒頭に戻るのである。


「だから。だからってね。コレはナイ」


 明月は机にきっちりと畳まれた制服、浅香の予備の制服を見て言った。その顔は青褪めている。


「えと……取り敢えず着てみませんっ?」


 相変わらずの苦笑を浮かべながら、浅香が何処と無く気不味い様子で言う。

 明月はそんな浅香に向かって手招きし、唐突に肩を組むと、浅香にしか聞こえないよう、柚月と篠に背を向けた。無論、言うまでもなく勘違いした篠は、更に機嫌を悪くするが、そんなことはつゆ知らず、明月は深妙な面持ちで浅香に問いかけた。


「待て、お前男なんだよなぁ。何で女子校なんだよ」

「あはは……。それは、その、おいおい……」

「でもよぉ、それならほら、教師のフリするとか」

「流石にバレるかと……」

「女装もバレるだろ!」

「めーーちゃん!」


 膝を抱えて膨れていた篠が、突然机に手をついて立ち上がった。がたん、という音に、明月と浅香は仲良く肩を跳ねさせる。篠は益々怒りを募らせ、明月に向かって、びしっと人差し指を差した。


「男でしょ! 腹を括りなさい!」


 一喝。何だか妙に迫力の有る一喝だった。

 確かに、例の一件が絡んでいるかもしれない今回の事件。本当に例の件の黒幕だとすれば、いくら実力が有れど浅香一人では敵わないかもしれない。

 篠は屋内では人間同然だし、柚月は言わずもがな。明月が女装することは、どうしようもなく必要なのである。


「ーーあーもー! 分かった! 取り敢えず着る! 着てやる! これで無理が有ったら止めるからな!」





 ◇◇◇◇◇




 良く有る話しだと、潜入の為に女装させられた男の子は女装がかなり似合い、カツラと化粧だけで完璧に素敵な女の子に変身する。

 しかし現実はそんなに甘くは無かった。

 端的に言うと、明月の女装は破顔せざるを得ない悲惨な有様だったのだ。

 確かに明月は線の細い美形で、長髪。ともすれば女性的とも形容できよう容姿をしている。しかしやはり彼は男だ。切れ長の瞳に、すらりと通った鼻筋。そして肩幅や腰周り、その他諸々。おまけに華奢な浅香の制服は、意外と筋肉質な明月が着ると窮屈そうだ。

 どう頑張っても、女性ではなく女装少年である。

 柚月は勿論、浅香、そして拗ねていた筈の篠ですら、その姿を見て必死に笑うのを我慢している。


「無いわ、それは無いわ……」

「だから嫌だって言ったろう! こんなこと止めだ! 止めっ!」


 明月は顔を真っ赤にして女子制服に手を掛けた。


「待ってくださいっ」


 しかしそこで、笑いを堪えて瞳にうっすらと涙を浮かべた浅香が、静止の声を上げる。


「え、えっと……明月さんの方が大きいですから、キツそう、ですけど……ぶ、ブレザー脱いで、大きめのセーターとかで体型かくせば……ふふっ」


 浅香は破顔するのを我慢して途切れ途切れに喋り、わざとらしいほどに明月から目を逸らした。


「お前、我慢してるのは分かるけど結局笑っちゃってんじゃねぇか。余計に傷付くわ」

「ぷっ、あは、取り敢えずやってみたらどうだ? くくっ」

「姉貴は清々しい位我慢しねぇな」

「その前に、」


 篠はむくれていたのは何処へやら、にやりとほくそ笑んで自前(というか、明月に買って貰った)化粧品を広げた。そして早業で明月に化粧を施す。


「ぶふぅっ」

「篠、お前、怒ってんのか、笑ってんのか」


 確かに元の輪郭がすらりとしているお陰で、顔はハーフ系の女性に近くなったが、女性よりもしっかりとした首と喉仏、そして未だ隠せていない体型のせいで、ハーフというかニューハーフ感が漂っている。

 明月は溜め息を漏らすと、浅香に言われたようにセーターを引っ張り出して羽織った。そしておまけに、口元と喉元を隠すようにマフラーを巻く。


「ほぉ、忍者みたいで怪しいが、それならいけそうだ」

「可愛いです! 明月さん!」

「……」

「嬉しくねぇ。それに篠、お前はなんで思い出したようにむくれてるんだよ」


 元々女性的とも言える明月は、首元、口元、そして肩幅を隠せば、何とか可愛い女の子に見えた。

 足は少し筋肉質だったが、ガタイの良い女の子ということで、一同は頷いて納得した。


「……つーか、結局これで行くのか! くそ!」


 そんな明月の叫びは全員の耳に届いていたが、心には響かなかった。




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