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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第伍章
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妖のみる夢 其ノ参

 ーー生まれたばかりの頃、自分は何でもできると思っていた。


 火車にしては強い妖力を持った俺は、仕事を早く熟すことが出来た。

 俺の担当する町には悪人の魂が一つも無かった。

 持て囃され、羨望の対象になり。あの頃の俺は高を括って、自分は悪人の霊を成敗するヒーローだとでも思っていた。


 しかし、愚かな俺に現実という刃が突き付けられる日は当然のように訪れる。


 悪人の霊が悪霊になって俺を襲ったのだ。

 悪の魂が悪霊になりやすいということをすっかり失念していた俺は、違う区間を取り仕切る火車に助けられた。


 その失態は俺にとって屈辱で、絶望だった。

 自分が無知で愚かで無力だということを思い知らされた。


「良く働く馬車馬だったのに」と誰かが言った。

 その通りだった。

 俺はただ単に自分の仕事を全うするのが人よりも早かったというだけの、ただの火車だったのだ。


「まるで角行(かくぎょう)だ」と誰かが言った。

 斜めには自由に進むが前後左右は隙だらけの俺にはぴったりだった。


 俺はヒーローになんかなれないのだ。




 ◇◇◇◇◇




 炎角は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしてへたり込み、汚れた作業着に身を包んだまま仁王立ちをする鵜叫の姿を凝視した。

 殴られた腹部はあまり痛く無い。鵜叫のことだ、炎角の目を覚まさせるのに必要な程度にしか威力をつけていないのだろう。炎角の表情から、その意図は十分に満たされたことは察せられる。

 鵜叫は無遠慮に炎角の胸倉を引っ掴み強制的に立たせ、いつもは死んだように曇っている瞳を鋭く光らせて炎角を睨んだ。


「お前、いつからそんなに馬鹿になった?」


 そう言って答えを求めるように胸倉を掴んだ手を揺すると、炎角はまるで釣り上げられた魚のように、されるがままぶらりと揺れる。


「だ……って、」

「“だって”。それはいつもだな。」


 鵜叫は目を無理矢理合わせるように、ずいと炎角に顔を近付けた。

 彼の鋭い眼光はそれだけで人を降伏させるような迫力があったが、炎角は降伏どころ、自嘲的に笑って見せる。


「……鵜叫には、分かんねぇっスよ。力が強くて、見た目もでかくて」

「俺が強いのは当たり前だろ!」


 鵜叫が返したそんな叫び声に、炎角は面食らって「えっ」と素っ頓狂な声を漏らしたが、そんな炎角を気にせず鵜叫は続ける。


「俺は鬼だ、人の腹借りて産まれた鬼だ。血も涙もねぇ、な」


 そう言うと、鵜叫は、すぅと息を吸い込む。


「そんな鬼に声かけたのは誰だ! そんな不器用な鬼を心配しやがったのは誰だ!?」


 より眼光を鋭く光らせ、鵜叫は叫んだ。彼のこんな大声を初めて聞いた炎角は、目を丸くして彼の言葉に聞き入る。


「お前だろうが!」

「う、きょう……」

「体力や妖力の強さじゃねぇ、俺はお前のそういう強さに惚れ込んでるんだ。だが、お前はそれさえ無くしたいのか?」

「……」

「分かったら探しに行くぞ。助けたいんだろ」


 鵜叫は炎角の胸倉を離すと、その背中を押す。炎角は押されるがままにドアを開け、寒空の下へ走り出した。






 ◇◇◇◇◇





「人魚? 知らねぇなぁ……」

「そう、っスか……」


 明月の答えに、炎角はあからさまに落胆する。

 あの後、少女と出会った海に再び訪れた炎角だったが、去って行った少女は残念ながら再び訪れていることは無かった。手がかりを完全に無くした炎角は、多くの妖怪と顔見知りの人物、怪異相談所の槌門明月を訪ねたのだが、彼も人魚の少女は知らないようだ。


「ところで炎角、そちらさんは?」

「あぁ、コイツは三吉鬼の鵜叫。あっしの友達っス」

「どうも。」

「成る程、このおにいさんが例の同居人か」


 明月はそう言うと、鵜叫を凝視する。


「なんすか」

「いや、何でもねぇ」

「あれ? 明月さん、柚月さん達はどうしたんスか?」

「……あぁ」


 炎角に聞かれると、明月は古傷が痛むと言わんばかりに後頭部をさすりながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「姉貴はおかんむりで、篠と浅香は…………寝てる」


(できれば、彼女達にも聞いてみたかったんだけど)


 妙な言葉の間。それは出来事を暗示させるのには十分で、炎角は追求するのを止めた。聞いてはいけない気がしたからだ。


「しかしその、“主様”っつぅのは何か引っかかるな」

「引っかかる、っスか?」


 明月は真剣な表情をしながら腕組みをし、考え事をするような仕草をしながら呟く。炎角が首を傾げると、「あぁ、」と話を切り出した。


「人魚を捕まえとくっつったらまず、人魚以外の妖怪だろ。んで、そんな妙な枷を使えるってことはかなりの手練れじゃねぇかなって。それに、」


 そこで明月は一度言葉を詰まらせる。


「いや、憶測に過ぎねぇ。止めておく」

「ーーそれは……あっしもちょっと考えたっス」


 明月の言葉の続きを悟った炎角は、泳げずに海を眺める少女を思い出して眉を顰めた。


「もしかしたら、あっしが暴走したのは……いや、その切っ掛けを作ったのは、その人なんじゃないかって」

「ーーあぁ。可能性は、有るよなぁ」

「おい、炎角」


 そこで鵜叫が静かに、しかし力強い声で言う。


「もしそうなら、その子は予想よりも危ない立場に置かれているんじゃないか?」

「……っ」


 炎角はがたりと音を立てて立ち上がった。


「明月さん、ありがとうございました! あっしはまた、探しに行くっス!」


 それだけ言うと炎角は早足で相談所を後にし、鵜叫も明月に「お邪魔しました」と残し後を追った。


「数少ない手がかり、か……」


 誰もいなくなった相談所で一人、明月はぽつりと呟く。

 それが大きな手がかりだったと気付くのは、もう少し先になる。





 ◇◇◇◇◇




 炎角はバイクに跨ると、そのまま目を瞑った。


「ーーおい、炎角。お前」

「ん、早くしないと、あの子が危ないかもしれねぇんスよ……っ」

「でも」

「良いんス。あっしは……俺は、強くならなきゃいけない」


 炎角はそう言って笑いかけると、「申す、申す」と呟いた。間も無く、それに呼応して『応答』と古い無線のようにくぐもった声がいくつも重なって聞こえる。


「妖怪の目撃情報が知りたい。水色の長い髪をした人魚を目撃した同胞はいないか」

『ほぉ、落ちこぼれ角行が。珍しいな』

「腰を折らないで貰いたい。これは……、例の事件(・・・・)とも絡んでいる可能性が有る」


 炎角が言うと、息を飲むような音が、ノイズに混じって複数聞こえた。妖力の強い炎角が暴走した事件は、彼等にとっても衝撃的なものだったのだ。


『しかし、そもそもだ。情報が有るものは居るのか?』

『此方東海(とうみ)。無しであります』


 すると、『同じく』という声が重なる。


「協力感謝する。」


 そう言って目を開くと、まるで我が子の親離れを見守る母親のような顔で炎角を見ている鵜叫と目が合った。炎角は思わず顔を顰める。


「……なんスか」

「いや、お前。いつも露骨に嫌がってそれ(・・)使わないから」

「そんなこと言ってる場合じゃないし、それに、」


 炎角はバイクから降りると、鵜叫に近付いて笑いかけた。


「俺は、強くなりたいんスよ。鵜叫よりも、っス」

「ーーおう、望むところだ」


 そう言って二人は拳をぶつけ合う。


「炎角、お前はさ」


 拳を離すと同時に、鵜叫はまるで諭すような力強い口調で語り出す。しかし彼は、稀に見る微笑みを浮かべていた。


「確かに角行に似てる。突っ走る割りに前は見ないとことか。後ろは隙だらけなとことか。駒みたいに真面目なとことか、な」

「なんスか、貶したいんスかぁ……?」

「違う。お前、」


「角行ってかっこ良いだろ」


 一拍置いて鵜叫は、無駄にドヤ顔をした。

 炎角は呆気に取られるが、鵜叫は全く気にせずマイペースに話を進める。


「将棋で角行は、かっこ良いだろ、飛車と同じ位。だからお前が角行ならさ、俺を飛車にしてくれよ。お前は斜め、俺は前後左右担当だ」

「うんと、微妙に訳が分からねえっスけど……」


「ありがと」と言って、炎角か徐に鵜叫の腹部を殴った。そんなことは全く予想していなかった鵜叫は、その予備動作で少し構えたものの、「うぐっ」と小さく唸る。硬い腹筋にぶつかり、炎角の拳は小気味良い、しかし痛々しい悲鳴を上げた。


「さっきのお返しっスよ」

「ってぇなぁ。やっぱり男の力だ」

「そりゃ、俺だって男っス。しかし鵜叫。今日は随分と饒舌っスね」

「誰かさんが、説教をご所望だったみたいだからな」

「言うっスねぇ」


 炎角は痛む手を振りながら、鵜叫は腹部を抑えながら。なんだか自分達が滑稽に見え、馬鹿らしくなって笑った。



 ーーもし、


 もし次に、貴方に会うことが出来たなら、必ず




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