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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第参章
12/36

亡き想い 其ノ肆


「何が偉大かって、財力だよな」


 明月が言った。


「そうですね。だから貴方はこんな貧相なご飯しか食べられないんですよ」


 庵が笑ってそう返した。


「じゃあ食うな! さっさと帰れ!」


 明月は顔をしかめて声を張り上げる。

 妖怪ながら、この中では唯一無二である常識人の炎角からすると、この光景は何とも不可解で異様だった。

 どんな光景か。

 明月、篠、炎角、そして庵と燐が食卓を囲っている光景である。

 昨日の敵は今日の味方だとか誰かは言ったが、今日の敵が今日中に味方なってしまっているのだ。

 今の円満の代償と言っては何だが、明月は左腕…前腕の部分にひびが入り、庵は鎖骨が折れたせいで、二人して仲良く包帯をぐるぐると巻かれている。

―――いがみ合っている明月と庵に“二人仲良く”なんてことを言えば、確実にその二人の殺意を一身に受けることになるであろうが。


 “指名手配犯殺人事件”は、霧苑財閥の莫大な財産によって無かったことになってしまった。

 親の金を無駄遣いしやがってと明月は不服そうに文句を言ったが、現当主である筈の霧苑 鈴(きりぞの れい)、つまりは庵と燐の父親に当たる人物は、ここ一年ほど床に伏しているらしく、実質上、次期当主である庵が当主のようになっているらしい。

 本来ならば、人殺しをしといて何のお咎めも無い庵と燐は、許されざる悪なのかもしれない。殺したのが悪人だけだとしても、人殺しであることには何も変わらないのだから。しかし明月は、「死体じゃ逮捕できねぇ」と言って遊馬には報告しなかった。

 彼等を再び引き裂くことができなかったのか、明月が綺麗事を言う質では無かったのかは勿論語らなかったが、その表情を見るに、恐らくその二つの意味を孕んでいたのだろう。しかし仮に遊馬に話していたところで、財力の前では小さな波として掻き消されてしまったであろうが。世も末であるという他無い。



「先日だけじゃなく、本日まで。申し訳ありません……」


 食事の最中(死体である燐は食事を出来ないが)にそう言った燐は、人形のように覇気の無く感情に乏しい表情であり、彼女は庵に操られた状態でなくともデフォルトがこんな調子なのかと明月は心の中でツッコミを入れた。


「いーのいーの、前だって、余るほど謝礼貰ったし。……私は、燐ちゃんが生き返って良かったと思ってるよ」


 明月に変わって篠が笑顔でそう答える。明月と庵は何やら反りが合わないようで、明月はその謝罪を素直に受け取らないだろうからだ。

 篠の言葉に、燐は安心したように頭を下げた。


「でもよ、庵。お前何で指名手配犯だけでなく、妖怪まで殺したんだ? 炎角は妖怪の魂まで連れて行かねぇぞ?」

「はい?」


 炎角は明月の言葉を、「人を誘拐犯みたいに」と少し不名誉に感じたが、前の一件ではそれに近いような事をした為、何も言えなかった。

 しかし庵は、怪訝そうな顔をして首を傾げる。


「何寝ぼけたこと言ってるんですか? 僕は炎角くんを誘き寄せる為に殺してたのに、何で他の妖怪を殺すんです」


 庵は片眉を上げ、とびきり馬鹿にしたように言う。今度は明月が怪訝そうな顔をした。


「確かに僕等は術のせいで妖怪側に近くなりましたし、殺そうと思えば殺せますが」


 庵はそう言って炎角を横目で見ると、にやりと笑った。炎角はその笑顔に、まるで蛇に睨まれた鼠のような怯えた表情で、びくりと肩を跳ねさせる。

 庵の使った反魂の術ーー右眼と代償に行われた呪いのせいで、二人は妖怪側に近くなってしまった。勿論妖怪のように姿を消したりは出来ないが、それだけの違いになったのだ。そもそも人間と妖怪の違いが主にそこだと言う話もあるが、具体的に言うならば視える(・・・)側になり、そして明月とは違って霊にも触れられるようになった。そして逆に、霊からも触れることが出来てしまうようになったのである。

 半妖、とでも言おうか。


「――は?ちょっと待て。じゃあお前、妖怪は殺してねぇの?」

「そう言ってるじゃないですか。大丈夫ですか? 頭は攻撃してなかったと思うのですがね……」


 明月はその事実に、庵の暴言に反応することさえ忘れて考える。

――指名手配犯殺人事件と妖怪殺人事件は別件……?


「何を阿呆面で考え込んでいるんです」

「あぁ?」


 先程の暴言には反応しなかった明月だが、ぼそりと呟いた庵のそんな言葉には思い切り反応し、鋭い目付きで庵を睨み付けた。それに対し、庵は例の如く殺意を凝縮したかのような笑顔を返す。二人の視線の中間地点では、電流どころかおどろおどろしい殺意がぶつかり合っていた。


「ね、ねぇ、それにしてもさ」


 割って入ることは決して許されないような二人のいがみ合いに、狼狽えながら篠が言った。


「柚ちゃん遅いね。何処にいるのかな……」


 そして、午後九時を回った時計を横目で確認してから、心配そうに首を傾げる。

 庵と燐の件が解決して相談所に帰宅した彼等だが、留守番している筈の柚月が事務所にいなかったのだ。そして三十分ほど経過した今もまだ、戻って来ていない。


「……あぁ、姉貴なら、心配しなくても大丈夫だろ」


 柚月が急にいなくなり、ふらりと帰って来ることはこれまでもあったし、もう年齢的には良い大人であるから、明月は「そのうち帰ってくる」と、篠の言葉に笑顔で返した。


「姉貴……って、明月くんのお姉さんですか?」

「あ、庵ちゃんはこの前来た時、視えなかったのか」

「幽霊、なんですか」


 篠の言葉に庵は察すると、明月を見る。特に何とも思ってないような、けろりとした顔で。


「何でお亡くなりに?」

「……兄さん……。」


 何の遠慮も無い問いかけに、燐は肘で庵の胸あたりを小突いたが、庵は悪びれもせずに、ただにこりと笑って燐の頬をつついたり伸ばしたりして遊ぶ。燐は慣れっこだという様子でされるがままになっている。

 明月はその様子を見て、小さく笑いながら答えた。


「それが、わからねぇんだよなぁ……」




◇◇◇◇◇



 二人の少女が対峙していた。

 高いビルの屋上にいるせいで、夜空に浮かぶ満月がやけに近いように感じられた。

 ゆらゆらと紫煙のように動く斑な雲が、月の光を受けて何処と無く怪しげに光を帯びている。月が煌々と眩しいせいで、星は見ることができない。


「素敵な夜ですね」


 一人の少女は言った。美しい笑顔を浮かべていた。


「あぁ、そうだな」


 もう一人の少女は言った。仏頂面で、頗る詰まらなさそうな顔をしていた。


「俺、探してたんですよ」


 少女はそんな少女の表情を気にすること無くくすりと小さく上品に笑う。そんな上品な言葉遣いや仕草に似合わない一人称は、違和感を覚えさせた。

 そして、まるでくるくると踊るように月を見上げながら言う。


「やっぱり貴方を殺さないとね。」


 そしてそのまま流れるような動作で、その手に持っていた細身の薙刀を構えた。


「ねぇ、妖狐さん」





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