亡き想い 其ノ伍
槌門柚月は浮遊霊である。享年14歳。セーラー服の夏服に、その華奢で小柄な身体を包んでいる小柄な少女。
明月と柚月は実の姉弟ながら親は離婚しており、明月は父の方、柚月は母の方に着いていった為、墓は海外の方に有るらしい。因みに、槌門の姓は父親のものだ。
―――しかしそれは、全て彼女の自称のみに基づいていた。
明月は記憶している時からずっと柚月と過ごしていた為、彼女の言葉を鵜呑みにしていた。疑う必要が無かったからだ。
いつだったか、明月はちょっとした好奇心から彼女の死んだという年の夏に発行された新聞を探したことがあったが、彼女の死亡について書かれた記事は見つからなかった。しかし明月は見逃しただけだろうと、大した気にもかけないで諦めてしまったのだ。
故に。
彼女が幽霊であるという事について、確証というものは何一つ存在しない。
「ねぇ妖狐さん。何で下等な幽霊なんかの真似っこなんてしてるんです?」
少女は上品に小首を傾げて見せる。そんな上品な動きの割りに、言葉は何処と無く挑発的だ。
「お前こそ、いつ迄猿真似をするつもりだ?」
犬っころの癖に、と、もう一人の少女、柚月が言った。
少女は笑った。にやり、と。まるで“悪意”をそのまま笑顔にしたように。
その拍子に、人間ではあり得ないほどに尖った犬歯がその綺麗な唇から覗く。
「――へェ、何で分かったんだァ? オレがコイツの真似してるってよォ」
少女は急に、人が変わったように口調を変えた。
否、素に戻ったという表現の方が良いのだろうか。
「“騙す”、“化ける”、“真似る”は私の特権だ。私を欺こうだなんて片腹痛い」
「そうだなァ、ずる賢い狐には到底叶わねェや」
少女は笑う。とても上品とは言い難い、けたけたという笑い方。
「で、どーゆーつもりで、そっちから訪ねて来てくれたんだァ、お嬢ちゃん?」
「目障りな動きばかりする犬っころを殺処分しようと思ってな」
少女の問いに、柚月は高圧的に笑って見せる。しかし細められたその目は、まるで内炎のような、ぼんやりと鈍く、しかし何よりも鋭いような殺意を帯びていた。
明月に時々向けるそれとは、比べものにならない。
「その前に。なぁ、“犬神”。何でお前は人間の体なんて使ってるんだ? 低級霊ごっこか?」
「無知なお嬢ちゃんよォ、“犬神”つーのはそういうものだぜ。それになァーー」
少女、犬神にその体を乗っ取られた少女は、そう笑って言うと、薙刀を下から回転させるようにして柚月を斬りつけた。
急な攻撃に、柚月は反射的に躱したが、掠ったらしく、頬に小さな傷が付く。
「人間の体でも、人の世の武器でも、お嬢ちゃんみてェな妖怪もちゃあんと攻撃できるんだぜ?何でか、分からねェだろ」
柚月の頬から垂れる血液に目を細め、少女は更に口角を上げて赤い舌を出し、舌舐めずりをした。
綺麗な少女にそんな仕草は妙な程に様になり、艶かしい印象を与える。
「オレが長い間憑いてたせいで、コイツはずれてるんだよ。妖怪側になァ。つまりは半妖みてェなもんだ」
「…弱い犬ほど良く吠えるとは、良く言ったもんだ」
自分で質問しておきながら、少女の説明を全く興味の無いような顔で聞いていた柚月は、そう小さく呟いて頬を伝う血液を腕で乱暴に拭った。
少女はそれに対し、にっこりと笑った。上品で、美しい笑顔。
「申し遅れました、俺の名前は城陰 浅香。そしてオレの名前は歩治。あァ、お嬢ちゃんが名乗る必要は有りません」
そして笑う。歩治は犬歯を剥き出しにし、肉食獣のような瞳をぎらつかせて。
「綺麗に喰ってやるからなァ、妖狐のお嬢ちゃんよォ」
「私が勝ってもお前は食べないけどな。腹壊す」
二人はお互いに殺気を放ち、どちらともなく―――
「姉貴……!?」
――飛び掛かろうとした刹那、そんな叫び声が響く。柚月は動こうとした寸前に呼びかけられ、勢い余って片膝を付いた。
「うわっ! 明月……!」
柚月は、飛び掛かる前に現れた明月に冷や汗を垂らしながら、そう叫ぶ。何だかニュアンス的に、嫌がっているようになってしまった。
「あァ? “姉貴”?」
柚月と同じく勢い余ってよろついた歩治は、薙刀を振る遠心力で体勢を正す。間の悪い訪問者に機嫌を損ね、顔を顰めたが、明月を見た瞬間に目を見開いた。
「……はァ? でもあれってーー」
「め、明月! お前、何で来た……!?」
だが、歩治の言葉は、柚月のそんな叫びで意図的に遮られる。
「何で……って、姉貴が戻るのが遅ぇ遅ぇって篠が五月蝿いから……。でもどうやら、来てよかったみてぇだな」
明月は柚月に向かって薙刀を構えている歩治を睨み付け、柚月の隣に駆け寄ると錫杖を構えた。
「……いや、選手交代は別に良いんだがよォ、錫杖構えられてもなァ。経でも唱えてくれンのか?」
「五月蝿ぇ……」
常識の通じないような相手にすら常識を返された明月は、苦笑いをして元気無くそう返す。
――― 明月 は 精神的 に 100万 のダメージを 受けた!
「おい明月、分かってると思うが……」
「“犬神憑き”だろ。分かってる」
「そうじゃない」
柚月は歩治から視線を逸らさないまま、明月にだけ聞こえるような小声で言う。
「愚弟。あいつは今までの奴とは格が違う。“傷付けないように”とか考えるな」
――死ぬぞ。と、柚月は横目で明月を見る。明月が一緒では自分が戦えないことを悔やみながら。
「……あぁ、分かった……」
と、明月が頷いた瞬間に、歩治は一気に明月に接近し、腹部目掛けて薙刀の刃が襲う。明月は錫杖で防いだ。
きぃん、と、鋭い金属音が響く。
「お喋りは済んだかァ?」
「あぁ、さっきな……!」
お互い交差した武器に力を入れながら、笑う。歩治は楽しそうに、明月は苦笑いだが。
二人は仕切り直すように、お互い後方へと下がる。
「あァ。お兄ちゃんからするの、何の臭いかと思ったら、“火車”とあの兄妹か。どっちも死んでねェみてぇだなァ」
「お前、あいつらの知り合いか……?」
歩治は鼻を指で抑えるようにしながらひくつかせ、思い出したというように言った。明月は怪訝そうな顔をする。
「あの兄妹には、火車を殺しとくよう頼んだんだよ。いー感じに殺し合ってくれねェかなァと思って」
「―――!?」
けらけらと笑いながらそんなことを言う歩治に、明月は目を見開く。
そしてすぐに、鋭い目付きになった。溢れんばかりの、殺意を帯びた目付き。
「そそのかしたの、テメェか……」
「おーおー、やっぱり姉弟だなァ。目がそっくりだ」
ひゅー、と、愉快そうに口笛を吹く歩治とは反対に、明月は、より目付きを鋭くする。
「そそのかしたのかって聞いてんだよ!」
「そうだったらどうすンだァ?」
二人は構える。どちらともなく。
「お望み通り祓ってやるよ……!」
「面白ェ! 片腕だけじゃ不恰好だから、両腕両脚使い物にならなくしてやらァ!」




