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第1話 ヒトカゲ 1

 怪異とは悪霊や悪魔といった魑魅魍魎の類の事を示す言葉である。

 この日本では人知れずに怪異が絶え間なく存在している。

 怪異の被害も頻繁に発生しているだろう。

 なんせ、物語の主人公である律の両親は怪異によって殺されているのだから。


 「はぁ…はぁ。」


 これは3年前まで遡る。

 まだ8歳だった律は両親から逃げるように家から飛び出した。

 あてもなく彷徨うこと数カ月、とうとう力尽きた律のもとに2つの人影が現れる。

 片方は父親の姿、もう片方は母親の姿だった。


 「お父さん、お母さん…?」


 確かに姿形は両親と瓜二つだったが、明確な違いがあった。

 その2人は真っ黒で影のような見た目をしている。

 律は両親ではないと瞬時に理解し、震える声のまま本能的に逃げようとする。

 しかし、律の脚は既に限界を迎えている。

 これでは逃げ出す事ができない。


 「く、来るな!」


 死を連想した直後、律の真後ろで2つの銃声が鳴り響いた。


 ―ダンッダンッ


 「う、うわ…!」


 銃声に驚いて、自分の頭を隠そうと身を縮める。

 あの両親の姿をした怪物が悲鳴をあげている。

 律は訳もわからず、ただ単に蹲っていた。

 それから何分が経過しただろうか。

 泣き顔のまま動けないでいると、自分の頭に手を乗せられた感触がした。


 (怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)

 

 あの黒い怪物が自分の頭を掴んで食べようとしているのだと幼い律は思い込んでいた。

 今から死ぬかも知れない状況で息がまともに出来なくなり始めた頃。

 突然、乗せられていた手が優しく頭を撫でてきた。


 「お姉さんが来たから、もう大丈夫だよ。」


 そこに居たのは学生服の上から黒いジャケットを羽織った少女だった。


 「もう、いないの?」


 震える律を安心させる為に少女は優しい声で話す。


 「もう怪物はいないよ、私が退治したからね。」


 少女の言う通りに背後には怪物の遺体が2つ転がっていた。

 律は恐る恐る立ち上がると、少女は聞いてきた。


 「君、名前は?」


 「僕は律。」


 「律くんって言うんだね、寒いでしょ?」


 ボロボロの姿で寒そうな律を見て、少女は自分のジャケットを着させた。


 「これ着て、温まってよ。」


 「あ、ありがとう…」


 温もりのある親切に律は泣きそうになるが、少女の背後で立ち上がる怪物を見て咄嗟に律は動き出した。


 (このままだと、お姉さんが死んじゃう。)


 怪物に目の前の少女まで殺されてしまうと、その時の律は思った。

 それと同時に律は少女を庇うように前へと出て手を差し伸ばした。


 「え、律くん!?」


 律の予想外の行動に驚きつつも、背後から迫ってきている怪物に少女はようやく気が付いた。


 「待って、行っちゃダメ!」


 急いで律を止めようとするが、間に合わない。

 律が怪物に触れるのを阻止しようと少女は叫ぶが届かない。

 願いも虚しく律の手が怪物に触れた直後、予想外のことが発生した。

 怪物が律の手へと吸い込まれたように見えたのだ。


 「えぇ?!」


 「怪異が吸い込まれた…?」


 目の前で起きた事が理解できずにいると、同じように混乱している律が歩いてきた。


 「ぼ、僕の中に入っちゃった。」


 唖然としている律を見て、ある事実に気が付いた。


 (さっきの怪物と同じ気配を律くんから感じる。)


 「もしかして、怪異を取り込んだの?」


 質問をしても律には訳のわからない事だった。

 それを充分に把握した少女は考えを変える。


 「君、名前は律って言うんだよね?」


 「え、うん。」


 頷きながら言う律を見て少女は言った。


 「自己紹介が遅れたわね、私は時田伊織よ。」


 「単刀直入だけど…」


 「律くん、今日から貴方は時田律と名乗りなさい。」


 時田伊織と名乗る人物は突然、苗字である時田の名で名乗れと言ってきた。


 「え、えぇ!?」

 

 「ど、どういう事!?」


 「その詳しい説明は後でするから、今は私を信じてついてきてね。」


 勿論、理解不能な状況だ。

 会って数分くらいの相手に自分を信じてついてこいと言われたのだ。

 本来ならついて行くわけがない、だがしかし…

 両親が怪物になっている事を考えれば、帰れる家なんてないと思った律は伊織という少女について行く事にした。

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