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元転売ヤー、異世界で市場を作る~この世界、価格設定が甘すぎる。~  作者: 蒼凪 格


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第3話「銅貨1枚の薬草」


答えは出なかったが、結論は出た。


まず行く。調査だけなら馬車はいらない。運ぶ方法は、買う話が決まってから考えればいい。順番を間違えていたのは俺だ。


夜明け前、市場の西門で、俺は集落方面へ行く猟師の男に声をかけた。


「森の集落まで、道案内を頼みたい。昼までには着きたい」

「銅貨五枚でどうだ。魔物除けの線香も込みだ」


五枚。痛いが、命には代えられない。俺は頷いて銅貨を払った。残り三十九枚。


森の道は、思っていたより静かだった。猟師は時々立ち止まって風を読み、遠回りしながらも確実に進んだ。その背中を見ながら思う。


(この五枚も、輸送費だ)


物だけじゃない。人も、情報も、移動には金がかかる。この世界で商売をするとは、その全部を払うということだ。


昼前、木々の切れ目から集落が見えた。


柵に囲まれた家が二十軒ほど。畑と、薬草を干す棚。子供が走り、煙突から煙が上がる。貧しい、というほど荒れてはいない。だが余裕があるようにも見えなかった。


集落の中央では、ちょうど買い取りの最中だった。


荷馬車の横に大きな秤が置かれ、仲買人らしい男が、並んだ集落の人々から次々に薬草の束を受け取っている。


「月光草、一束。銅貨一枚」

「月光草、一束。銅貨一枚」


機械的に繰り返される声。束の大きさも、葉の状態も見ていない。秤に乗せ、銅貨を渡し、荷台に放る。それだけだった。


俺の目は、列の中ほどで止まった。


若い女が、ひときわ丁寧に束ねられた月光草を差し出していた。葉の向きが揃い、傷んだ部分は取り除かれている。束を結ぶ赤い紐の結び目が、他の束と違って美しかった。


仲買人はそれを一瞥もせずに秤へ乗せた。


「一束。銅貨一枚」


女は一瞬、唇を噛んだ。だが何も言わず、銅貨を受け取って列を離れた。


……いや、離れかけたところで、足を止めた。


「待って。さっきの束、もう一回見せて」


声をかけたのは、俺だった。


女は振り返り、警戒の色の強い琥珀色の目で俺を見た。灰茶色の髪を後ろで束ね、日焼けした前腕には古い傷がある。腰には薬草用の小刀と、大きな採取籠。


「あんた、誰」

「天瀬衡。町から来た。……その束、なんで他のより丁寧に束ねてあるんだ」

「傷んだ葉が混じると、薬の効きが落ちる。束ねる前に分けるのが当たり前」

「その『当たり前』は、値段に反映されないのか」

「されない。見ての通り」


彼女は銅貨一枚を指で弾いた。


「草は嘘をつかない。値段をつける人の方が、よく嘘をつく」


刺さる言葉だった。だが、彼女の怒りの先は、値段そのものではなかった。いい仕事を、見てももらえないことへの怒りだった。


「名前は」

「……ユナ。ユナ・リンデン」

「ユナ、その束を町で売ればいくらになるか、知ってるか」

「知らない。知りようがない。町まで草を持っていく手段がないから」


俺は頷いた。情報の断絶は、こういう顔をしている。


「町の薬屋では、月光草一束で熱冷ましが三包作れる。一包、銀貨一枚だ。今、その薬が品切れで、熱の子供が待ってる」

「……それで、あんたは何しに来たの」

「買いに来た。あんたの月光草を、一束銅貨四枚で」


集落の広場の空気が、止まった。


並んでいた人々が顔を見合わせる。仲買人の男が、秤の手を止めてこちらを見た。


ユナは、四枚どころか、俺そのものを値踏みするように見た。


「四倍の値段を、ぽっと出の商人が。裏がないわけない」

「裏はある。町で薬の材料として売る。俺も儲ける。あんたも今より多く受け取る。それが裏の全部だ」

「同情?」

「違う」

「じゃあ、なんで今まで誰も四枚で買わなかったの」

「運ぶ金と、売る当てと、契約の壁があるからだ。……正直に言うと、俺にもまだ、全部の答えはない」


言ってから、しまったと思った。商談で「答えはない」は弱い。だがユナは、俺のその言葉にだけ、わずかに表情を変えた。


彼女は腕の中の束を見下ろし、それから集落の家々を一瞥した。


「……うちの事情、話したっけ」

「聞いてない」

「父さんが足を怪我してから、採取はわたしが主だ。一日二十束がやっと。一枚なら二十枚。四枚なら――」


八十枚。声には出さなかったが、計算は顔に出ていた。銀貨八枚分。一家にとって、それがどれほどの差かは、俺にも分かった。


「ただし、だ」


ユナは顔を上げた。


「契約がある。集落の草は仲買人が全部買い取る約束。わたしが勝手に売れば、集落が困る」

「その点は、俺も聞きたい。今回の買い取りで、仲買人は全部持っていったのか?」

「……積める分だけ。馬車に積みきれない分は、来週まで蔵の中ね」


仲買人の男が苛立った声を上げた。


「おい、余計なことを――」

「契約は『買い取る』でしょ。まだ買い取られてない分まで、あんたのものじゃない」


ユナの反論に、男は言い返せなかった。なるほど。蔵に残る分は、まだ誰のものでもない余りだ。週に一度の買い取りの、積載量の余り。


量はどれくらいか。ユナによれば、五十束ほどはあるという。


五十束。仕入れは四枚×五十で銅貨二百枚。


俺の全財産は三十九枚だった。


(……答えはない、どころじゃない。金もない)


だが、ここで退いたら何も始まらない。俺はユナに言った。


「五十束、予約させてくれ。金は――三日、待ってほしい」

「三日で二百枚を用意するの。どうやって」

「考え中だ」

「はあ?」


ユナは呆れた顔をして、それから、ふっと笑った。


「あんた、正直なのね。普通の商人は、もっとうまく嘘をつく」

「嘘をついても、納期は誤魔化せないからな」


ユナは束を籠に戻し、俺の真正面に立った。


「いいよ、予約。ただし条件がある」

「なんだ」

「その草が、本当に町の薬屋に届いて、本当に薬になって、本当に四枚の値段で売れるまで――わたしも付いていく。あんたの商売が本物かどうか、この目で見る」

「……荷運びも手伝うのか」

「見るだけ。運ぶのはあんたの仕事」


そう言って、ユナは赤い紐の束を掲げた。


「それと、もう一つ。この束の結び方をしたのは、わたし。あんたが町の誰かに渡す時、誰の仕事か分かるようにして」

「品質の印、ということか」

「印? ……まあ、そういうことにしておく」


広場の隅で、仲買人の男が舌打ちしたのが聞こえた。


五十束、銅貨二百枚。期限は三日。運ぶ馬車の算段も、まだない。


俺の商売は、始まる前から赤字の匂いがしていた。


(第4話へ続く)


読んでいただきありがとうございます。明日20時に第4話投稿します。

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