第八話 成長
永獄1645年11月5日。
イグレットはエパが魔法を学ぶ姿を、遠目から木の剣を振りながら見ていた。
彼の剣には最近、黒い風が纏わりつかないようになった。
そして、そのことに関しては、おそらくあの誘拐事件が関係しているだろう。イグレットはあれ以来、魔力の扱い方が微量ながら上手くなったのだ。
「エパお嬢様、そろそろ中級魔法に挑戦しては?」
「えー……あたし、まだ下級やってたいわ」
イグレットはここ数週間、本を読んで知見を深めた。その甲斐あってある程度魔法についても知識がある。
(エパは下級、って言うけど……威力なら中級くらい、だから中級魔法を使ったらもっとすごいのかな)
ただ、知識として持っているだけなので、経験などは全くない。それ故に妄想を膨らませることが多い。
「……ならあと一週間だけです。とりあえず今日は、いつも通り水属性の魔法をやってみましょう」
キリートがそう言って、二人は道場の外に向かう。イグレットも木の剣を持ったまま、彼女らを追った。
外に出た三人。
「イグレット……そんなに魔法が気になるのか?」
キリートが話しかけてくる。
「い、いえ。僕はただ見てるだけです」
「なによ、イグレットもやればいいじゃない!」
エパが体をイグレットに向け、そう言った。
「剣の鍛錬があるし〜……」
「ふん、本は読むくせに、魔法は嫌なのね!」
彼女はイグレットが本を読むことに対し、あまり良い印象はない。なぜなら、かまってくれないのが嫌だから。
「うっ……ご、ごめん。今度、ちゃんと遊ぶから!」
「……ほんと?」
「ほんと!」
「なら絶対よ!」
エパは嬉しそうにその言葉を口にすると、イグレットに背を向け、手を庭の壁に向ける。
(……エパは切り替えが早いなぁ)
キリートはそんな彼女を目にして、早速魔法を教えるために、エパの隣に立つ。
「エパお嬢様が水魔法が得意なのは知っていますが、中級魔法を扱うとなれば、もう一つ得意属性を作りましょう」
イグレットはキリートが魔法の授業を始めたので、少し離れた場所に立ち、木の剣を振るいながら二人を眺め始める。
「そーねー……あたしは闇がいいわ!」
「残念ですが扱えません」
「な、なんでよ! あたしじゃダメなの!?」
「闇属性は生まれ持った力限定ですから」
(……最近になって魔法の授業をちゃんと見るようになったけど、やっぱり僕は剣派だなぁ……)
彼は魔法に対して苦手意識があった。
そのため、剣士のキリートが魔法を扱えることに対し、尊敬と驚きを抱いている。普通はどちらか一つに絞るからである。
「じゃ、じゃあ炎がいいわ!」
「水属性と相性が悪すぎます」
エパがうんざりしたように声を上げた。
「もーおー! なら何にすればいいのよ!」
「風、草、土、雷、氷辺りかと」
「…………なら草でいいわ」
「草属性ですか。珍しいですね」
魔法には種類がある。今二人が話しているのは、“属性魔法”を扱う上での得意属性についてだ。
「とりあえず、草魔法を使ってみるわね!」
エパはそう言い、庭の外壁に右手を向ける。
「はい、お願いします」
キリートが合図のように声を発すると、エパは全身の魔力を流し始め、魔法を放つ際の状態になった。
(……エパは普通の魔法使いじゃない。だって、魔法の杖とかも使ってないし、手から直接出してる……)
エパは魔法に関して、少し異常な性質を持っている。
(手から直接なんて、本には珍しいって書いてあったし、やっぱすごいんだなぁ……)
イグレットは剣を振るう手が止まった。
「草刺!」
以前から、エパの魔法を見るときは足元を見ていなかった。そして最近、彼女の足元を見るようになって初めて見ることが出来たものがある。
それは魔法陣。魔法を放つためには、魔法を組み立てる“魔法陣”と、その組み立てた魔法を押し出すための“呼称”が必要になるのだ。
(エパはそのうち……強い魔法使いになるのかな)
イグレットが彼女を見続けていると、魔法名を呼称した後、エパの手から少し間を空けた先に、鋭く尖ったツタが作り出される。
「ねぇ、こんなのに水があって変わるの?」
「変わります。魔法は、相性の良い属性同士を合わせると、“混合魔法”なるものになりますし、強力ですよ」
混合魔法。それもイグレットは知っていた。
そして、その言葉を聞けたということは、近いうちに魔法の授業で扱うということでもあった。
イグレットはそのことを、少しだけ楽しみに感じている。なぜなら、魔法は見るのが好きだからである。
ーーー
永獄1646年12月23日。
エパが一週間前に九歳の誕生日を迎えた。
イグレットも八月に八歳となっている。
七歳の頃は多くの出来事や、毎日が刺激だらけで疲労が積もることもあったが、最近は全くない。
相変わらず剣を振るう日々で、たまに魔法の授業を見ていたりと、大きな変化はなかった。
ただ──変化としては一つある。
「だいぶ動きが綺麗になってきたぞ」
「本当ですか……!」
イグレットは着実に、実力をつけ始めていた。
「あぁ。まあ、まだ下級戦士以下だが」
「あぁははは……はは」
「気を落とすな。成長を喜んだ方がいい」
「そ、そうですね」
まだまだ未熟ではあるが、剣を持てば戦えるほどにはなってきていた。振るう剣にも黒い風は自然と纏わりつくことはなく、順調である。
「イグレット、君はそろそろ魔力を使った剣術を学べ」
「魔力を使った剣術……実戦に備えて、ですか?」
キリートはいつも通り無表情に頷く。
「君の黒い風は、本来魔法にすると強力……だが、剣士を目指す上で、それを使わないのはもったいない」
キリートは道場の床の上、最近新しくした木の棒を腰から抜き、イグレットの居ない方へと構える。
「いいか。剣士は魔力を使わなきゃ何にも勝てない。身体強化魔法も皆、当たり前のようにやってる」
キリートの体からバチバチと音が鳴った。
「イグレット、君はやっと当たり前の土俵に立ったんだ。明日からは本格的に剣術を教えていく……ので、一度見ておくがいい。魔力を使った剣士の動きを」
イグレットは呼吸を忘れるほど、キリートのその姿に目を釘付けにされていた。そして──
「ッ!」
赤い閃光が空間に走り、轟音が道場内に響き渡った時、キリートは道場の壁を斬りつけた。
「……木の棒でも、魔力を込めればなんでも斬れる」
キリートの目の前には、棒で斬ったとは思えないほど綺麗な袈裟斬りの跡があり、外が見えていた。
「キリート師匠……壁が……」
「直せばいい。とりあえず、覚えておけ」
彼女はとにかく、魔力の重要性を伝えたかった様子。そして、イグレットは今見たものを目に焼き付ける。
ーーー
永獄1647年7月10日。
この日の修行は早く終わり、道場の中でエパと一緒に話したりしていた。
「イグレットってあたしより身長低いわよね」
「一歳違うもん……」
「関係ないわ! どうせずっとあたしが上よ!」
「ぼ、僕もデカくなるもん!」
会話内容は特に小難しいものではない。むしろ、前々からこんな雰囲気の会話ばかりである。
「ねぇイグレット」
「なに?」
今、キリートは昼食を作っているので、ここは二人きりだ。
「イグレットはいつか、旅に出たりとかするの?」
「旅……? しないかな……父さんを手伝いたいし」
「あたしは旅に出るわよ!」
「い、いつ!?」
「いつか! 大人になったら!」
「な、なんだ……」
イグレットはエパ以外に友達がいない。
そのせいか、彼女が離れていくのは怖い。
それに、彼は他に友達を作れる気もしないのだ。そもそも、ここは紛争地帯である。今の二人のように元気な子供は稀だ。
「あたしが旅についてきてほしいって言ったら、イグレットは来てくれる?」
エパがそんなことを言ってくる。
「……エパなら、ついていきたいな。父さんの手伝いもしたいけど……どうしよう。体が足りない……」
そう本気で悩み始めると、エパは嬉しそうに笑う。
「あっはははは! 大丈夫よ、まだ行かないわ!」
「ほ、ほんと〜……? ほんとだよね」
「えぇほんとよ!」
エパは旅をしてみたいようだ。
それが彼女の夢なのだろうか、イグレットはそう思いながら、エパの横顔をちらちらと見る。
ーーー
永獄1648年8月8日。
イグレットはこの日、十歳になった。
エパの誕生日までは、彼女と同じ歳である。
そしてこの日──
「イグレット……?」
彼は、父と母が住まう家に帰ってきた。
「ただいま、母さん」
──自分の中にある、ルールを破ってでも。




