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黒剣塵拙 -不吉な黒風に纏われし鈍才-  作者: ガリガリワン
第一章 西黎大陸 紛争地帯編

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第四話 黒歴史


「父さん!!」


 道場に父であるルカットが現れた。


 口元と顎には髭が生えており、整ってもいない。

 加えて少し疲れている様子の目つき。


 ただ、そんな状態でも父は父だ。ルカットだ。


 床に座っていたイグレットは、立ち上がる中で前傾姿勢になりながら走り出す。


「イグレット元気だったか!」


 両腕を伸ばし、こちらを歓迎するルカット。イグレットはそれに対して飛び込み、思い切り父の体に飛びついた。


「うおぉっ!」

「会いたかった! 父さん会いたかったよぉ!」


 顔を必死にルカットの腹部に擦り付ける。


「くははは、悪かった悪かった。心配かけたな」


 ルカットから久しぶりに頭を撫でられた。


「父さんっ……母さんにはもう会ったの?」

「まだだ。これから家に帰る」


 イグレットはこの時、自分も家に帰りたいと思ったが、決してそれを口に出すことはない。


「母さん絶対に喜ぶよ!」

「そうだな……俺もあいつが喜ぶ姿が楽しみだ」


 そうして、イグレットは父ルカットの温もりを堪能し、少しして体から離れ、キリートへと視線を向ける。


「父さん、僕、キリート師匠のもとで修行してるんだ。だから、早く強くなって父さんのこと手伝うよ!」


 それを聞いたルカットは、気まずそうにキリートに顔を向け、苦笑いを挟んで返答してきた。


「ははは……そりゃあ楽しみだな。イグレット、迷惑とかはキリートにかけたりしてないよな?」

「心配するなルカット。貴様よりは何百倍も良い男だ」


 二人は少し、気まずそうな空気感で話している。

 それがなぜなのかは、イグレットにはわからない。


「ねぇ父さん、僕、ちゃんと強くなってるよ!」


 それよりも、今は自分のことを見てほしい。イグレットはルカットの右手を両手で掴むと、彼のことを見上げた。


「……イグレット」

「何? 父さん!」


 イグレットに対してルカットは笑顔を見せる。


「オマエは、俺の自慢の息子だ。頑張れよ」

「……うん、うん!」


 イグレットが何度も頷くと、ルカットは前を向き、キリートの方へ歩いていく。


「イグレット少年、少しここで待っていろ」

「? ……はい!」


 そして、二人は別の部屋へと移動していった。そのことを深くは考えず、イグレットは言われた通り、この道場で待つことにする。



 ーーー



「前線はどうだった」

「最悪だ。ここまで酷いとは思ってなかった」


 ルカットは別室にて、キリートと二人きりで近況を話していた。


「そうか」

「正直、いつ死ぬかわからない環境ってのが、個人的には結構辛かった。四六時中ってのがキツかった」


 キリートは壁に背を当てながら、ルカットの話を聞き続ける。


「ドミテオ王国は戦力面じゃ強い方、そのせいで狙われることも多いんだよな。朝から晩まで戦闘だ」


 ルカットはため息をつきながら、目元を手で覆い隠して顔を俯かせる。


「それに、他の地域で出たらしいんだ。“罪誓(ざいせい)の邪族(じゃぞく)”がな」

「……どいつが出たんだ」


 ルカットはキリートを見つめながら言う。


「世喰(よぐらい)、チラテラ・ベゼドルブ……」

「序列三位……最悪だな」


 キリートは睨むようにルカットを見る。


「今いる君級《くんきゅう》戦士でも奴に勝てるかはわからないって聞いた時、クソ喰らえって思ったぜ」


 ルカットは軽口を叩くようにそう言うと、キリートがため息を深く吐き、彼は口を閉じた。


「貴様……ヘラヘラとよく笑えるな」

「すまん。いや、俺もよくないとは思ってる、ただ……オマエしか頼れる相手がいなかったんだよ」


 申し訳なさそうに言っても、彼女は無表情のまま。


「呆れた奴だ。元“恋仲”の相手に仕方なくでよく頼めるな。図太さもここまでくると強みだな」


 二人の関係がそうだったのは、何年も前のこと。


「……その、悪い」

「謝ったところでどうしようもないだろう、貴様は。これからも貴様の息子には変わらず接する。安心しろ」


 苦笑いに似た表情を浮かべながら、ルカットは何度もキリートに深く頭を下げる。


「ほんと、ありがとうな」

「どうでもいい。それより貴様は次、いつここを発つんだ?」


 キリートは背を壁から離すと、歩き始めて道場の方へ向かう。


「二週間経ったらまた前線行きだ」

「次は長いのか」

「半年は帰れないらしい」

「……死ぬなよ」

「ははっ死なねえよ」

「ならいい。家族は残して死ぬな」

「そこまで落ちぶれたくねえな」


 短いやり取り、二人は会話を交わし終え、イグレットが待つ道場へと戻った。



 ーーー



「イグレット! 今日もあたしで鍛錬よ!」

「う、うん……というか、本当にいいの?」

「あたしは楽しいからいいの!」


 イグレットは道場でルカットらが戻るまで、静かに座って待っているとエパがやってきた。


「じゃ、じゃあ、お願いします」


 今はというと、イグレットは床に腕立ての姿勢になり、背中の上にエパが座ろうとしているところである。


「っと、座ったわ!」

「っぐ……うぐっぅうう!」


 鍛錬、最近はこうして筋肉を鍛えるために、エパの提案で彼女の体重を使ったものを行っていた。


(母さんはっ……女の子は体重を気にするって……! だから……だから死んでも重いなんて言えない!)


 華奢なエパはすごく楽しそうにしている。


「もっと頑張りなさい!」

「ふっ……うぅう──」


 すると、一人の男の声が聞こえた。


「……イグレット、オマエ……何やってんだ?」


 イグレットは声のした方に顔を向ける。そして視界に入る、キリートと父であるルカット。


「……あっ──ぶべぁ!」


 気が抜けて力が入らなくなると、エパによって潰され、床に全身をつけることになった。


「? キリート! 誰なのこの人!」


 キリートは相変わらず無表情ながら、エパに対して丁寧にルカットのことを紹介する。


「ルカット、帥級(すいきゅう)剣士でイグレット少年のお父様です」

「そうなのね!」


 ルカットはドン引きした様子で、ジッとイグレットを見ていた。


「俺の息子……変な性癖が──」

 しかし、ルカットがそう言おうとした時、キリートが後ろから彼の頭を小突いて止める。


「エパお嬢様が考えた鍛錬の一つだ」

「痛え痛え……そ、そうなんですね」


 ルカットもエパの前では敬語のようだ。


(僕……ずっと下敷きなんだけど)


「エパ〜……ど、どいて」

「ん、あぁ忘れてたわ!」


 エパは立ち上がってイグレットから離れる。そして、イグレットは体を痛めながらもゆっくりと立ち上がる。


「……と、とりあえずイグレット。父さんは帰るから、オマエもちゃんと頑張るんだぞ。くれぐれも、変なことはするんじゃないぞ……!」


 ルカットは心配した様子でそう言うと、またいつでも会えると思い切って、そそくさと道場から駆け足で去っていく。


「父さん……?」


 イグレットはそんな父の背中を見つめながら、少ししてキリートを見上げる。彼女はため息をゆっくりと吐いていた。


「イグレットのお父様って忙しいのね!」

「ま……まあ、うん。忙しいと思う」


 ルカットとの再会は嬉しい。ただ、これで家にふらっと立ち寄りに行けば、両親に会えるようになった。そう思うと、自身の心から寂しさは少しずつ消えていく。



 ーーー



 ルカットが帰ってきてから四週間が経った頃。


 イグレットはキリートからあることを聞いた。


「父さん、また前線に行ったんですか!?」

「今度は半年だ。あいつ、いや、ルカットからこの時期に言えと言われてな」


 イグレットは未だに一度も家には帰っていない。

 自分の中でルールとして、家に帰らないことに決めている。


 しかし、行くのであれば言ってほしかった。

 別れくらい、顔を見せたかったのである。


「そんなぁ……」

「気にするな。ルカットは死なん。並大抵の剣士より遥かに強く、運もいい奴だ。今は自分のことを考えろ」


 落胆するイグレットに対し、キリートはそう言う。

 それもそのはず、ここにきてから今日で一ヶ月少し、授業に剣術、体作りの鍛錬と、やることは依然多い。


「……き、切り替えます!」

「あぁ、エパお嬢様も多分……もうすぐ来る。来たら授業を始めるぞ」



 この期間で、イグレットが学んだことは多い──

 ──魔法学の基礎、周辺地域の地理、剣術の基礎。


 それだけに限らず、多くの知識を頭に入れている。


 このまま順調に進めば、エパとも良い友達になれ、知識を豊富に持つ強い剣士となることができるのだ。


 今までの不遇に対しての幸福。


 だが、そう長くは続かない。


 ここは紛争地帯にある小国。


 当然ではあるが危険は常に付き物。


 永獄(えいごく)1645年10月8日。


 イグレットは凶行に身を呑まれる体験をする。

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― 新着の感想 ―
全てのキャラクターが生き生きとしていて、あっという間に5話まで読んでしまいました。 イグレットが不憫でならないですね。物語の世界情勢を考えると仕方のないことなのでしょうが。 イグレットの真っ直ぐで強い…
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