第三話 教養
「イグレットはあたしより頭は良いの?」
エパと知り合って数分。床に座ってキリートを見上げる二人は、授業を始める前にちょっとした雑談を交わしていた。
「父さんが色々教えてくれたから……でも、全然頭なんて良くないよ」
「じゃあきっとあたしの方が賢いわね!」
とのことなので、賢いのだろう。
イグレットは根拠もなくそう思う。
「ルカットの教育がどれくらいかは、今から始める授業でわかることだ。イグレット少年、今から君に何個か問題を出させてもらう」
その言葉と共に、授業が始まった。
最初はキリートからの問題に答える時間である。
「はい! ……正解できるかわからないですけど」
「気にするな」
「そうよ! 気にするんじゃないわ!」
二人がそう言うので、イグレットは少し気を楽にした状態で問題に挑む。
「一問目……“等級制度”は知っているか」
キリートのその問いかけに、イグレットは思わずパッと顔を明るくして、自信満々に言う。
「知ってます!」
「知ってるの!? あたし知らないわ!」
「エパお嬢様はこの前教えたはずですが……」
彼女は気まずそうに視線をキリートから外す。すると、それに対しキリートはため息をした後に、続けてイグレットへと問うてくる。
「詳しく。説明できるか?」
その言葉で、イグレットは脳みそをフル回転させた。
(全部で八つ……父さんに教えてもらったから……大丈夫、大丈夫。言えるはず、うん言えるはず……!)
「全部で八つ……下から順に──
下級
中級
二級
一級
上級
帥級
将級
君級
──だったはず、いや、この八つです!」
イグレットは八個の等級を口にした。そして、キリートはそれを聞いて相変わらず、無表情のまま口を開く。
「正解だ。下級が一番弱く、君級が一番強い」
心が飛び跳ねるように嬉しい。イグレットは初っ端から正解を叩き出し、口角を上げる。
「君級が一番強いのね……」
エパは初耳と言った表情ではあるが、キリートの視線から推測するに、初めてではないのだろう。イグレットはなんとなくだが察しがつき始めた。
「……今いる君級は全七名、邪族は八体だ」
彼女がそう言い切ると、交代するかのようにエパが声を上げて言う。
「あたし邪族は知ってるわよ! 悪いことをする人たちのことでしょ!」
邪族。
種族問わず、知力を持つ者が悪事を働くと付く総称。
「そうです。すごいですエパお嬢様」
(誰でも知ってるんじゃ……?)
「そうよ! あたしはすごいんだから!!」
キリートは確実に、適当な褒めを口にしていた。この空気感にもなんとなくイグレットは慣れ始めてきた。
「イグレット少年、二問目だ」
話を戻して二問目。
「剣術の流派はいくつある?」
イグレットは息が詰まった。
なにせ、自身は剣術流派の数を覚えていない。
(父さんが使ってる流派くらいしか……)
「……龍刃流以外、知らないです」
正直にそう言ってみれば、キリートは少しだけ口角を上げ、小声でボソッと「ルカットの奴」と言っていた。
「ねぇキリート。あたし魔法使いを目指してるけど、剣の流派も覚えた方がいいかしら?」
エパがそう問うとキリートは頷く。
「覚えた方がいいです。流派ごとに動き方は違いますし、合わせて扱う魔法を変えると勝ちやすいですから」
「なら覚えるわ!」
それを聞いたエパは胸を張って言い、キリートは少し間を作って流派について話し出す。
「流派は全部で三つ──
人刃流。動きが単調で扱いやすい流派だ。
力刃流。一撃で敵を仕留める流派だな。
龍刃流。速さに特化した流派、私はこの流派だ」
キリートはサクッと説明を終え、彼女は自身が龍刃流なことをさらっと言った。
「ちなみに、君の父親は龍刃流で帥級の剣士、中々強いぞ」
父のルカットが強いことはイグレットの誇りの一つ。なので、彼はなんだか嬉しくなってしまう。
「でもキリートは将級なんでしょ!」
「なったばかりです」
(えぇ!? ……将級剣士なの?)
誇りは打ち砕かれた。
キリートはルカットよりも強いらしい。
「キリートさんって強いんですね……」
「ルカットも同じくらいだ。功績が違うだけで、私と奴はほぼ同じ実力だからな……」
そんなことを言う時、キリートの表情は初めて少し歪み、悔しさ混じりに言葉を発した。
(何か昔にあったのかな……?)
ーーー
授業内での問題は二つしか行われなかった。あれからは基本的な常識を教わることが多く、一発で覚えられないほど難しい内容もなく、無事夜を迎える。
「イグレット少年、入るぞ」
「……はい!」
キリートの家は道場が大きすぎるせいか、生活するスペースはあまり多くなかった。ただ、不十分というには十分すぎる環境であった。
「どうだ。やっていけそうか」
「……わからないです。でも、逃げ出したりしません」
今朝、母のユラコアと唐突に別れたイグレット。
「……君の母親は、君のことが大切で仕方ない人だ。どうか嫌いにはならないでほしい」
「嫌いになんかなりません! 僕……父さんと母さんが大好きですから……」
複雑な感情ではある。午前に叩きのめされてたのは事実、これから毎日転がされると思うと、気も少し落ち込んでしまう。
だというのに、イグレットは自然と前を向けた。
「そうか。なら……いい」
「キリートさんは、なんで僕に剣を教えてくれるんですか? ……その、僕はなんのお返しも出来ないです」
まだ、頭の整理は出来ていない。
なんとなくでキリートのもとにやってきて、なんとなく修行を受けることに身が抵抗していない。
エパという少女も、まだまだわからないところが多く、キリートのこともほとんど知らない。
知らない人、知らない環境、孤独。
たった一人で頑張らなきゃいけない。
彼女と話す中で段々と頭の中を整理し始めると、不思議と心が少し折れてしまいそうな気がした。
すると──
「君はまだ七歳だ。私を頼れ。一人じゃない」
キリートはベッドに座るイグレットに体を向けながら、じっとこちらの目を見つめてくる。
「君は強い。大人よりも精神力が強いと思える。だからこそ、頼れる時は私を頼れ。今日から君の師匠は私、これ以上は言わなくてもわかるはずだ」
無表情、ではあるが、冷たさを感じない。
(キリートさんは……僕のことを考えてくれてる)
彼女は、血も繋がっていないイグレットを、ちゃんと考えて導こうとしていた。
それは、幼いイグレットにも伝わるもの。
「……ありがとうございます、“キリート師匠”」
自然と、そう呼びたくなった。
「っふ……早く寝るんだな。明日も朝は早いぞ」
彼女は少し微笑み、赤黒い髪を靡かせてイグレットの部屋を出ていく。
環境は良い。良い人もいる。
イグレットは満足していた。
それでも──
(……母さん、父さん、早く強くなって、僕は戻るよ)
彼が一緒に暮らしたいのは、父と母の二人である。
ーーー
永獄1645年9月11日。
キリートのもとにやってきて一週間が経った。
「はぁあっ!!」
イグレットは黒い風に剣筋を乱されながら、キリートに向かって木の剣で切り掛かる。
「魔力を抑える意気を見せろ。ダダ漏れだ」
キリートの右手に持つ木の棒は、すでに少し脆くなり始めていた。今日もイグレットは横腹を叩かれて吹き飛び、床をゴロゴロと転がっていく。
「っぐぁっ……は、はっい」
ふらふらと立ち上がり、再びイグレットは剣を構えてキリートに体を向ける。
「……今日で一週間、イグレット少年。君は本当に黒い風に振り回されてばかり、出来ないか? 魔力を抑えることさえ──」
「ッ! 出来ます!!」
イグレットは床を踏み込み、一瞬だけ黒い風を剣から放出するのではなく、足の裏から放出してみせた。
そして、初めてキリートは──
「!」
木の棒でイグレットの攻撃を防ぐのが間に合わず、横に跳んで木の剣を容易く避けてみせる。
(今……今当たりそうだった!)
「気を抜くな」
ブォンっと音が聞こえた時、木の棒が自身の腹部を容赦なく突き、また吹き飛ばされてしまった。
「げほっぁ!?」
なんて理不尽だ。キリートの治癒魔法がなければ百以上は死んでいる。皮肉な話である。
「……休憩するぞ。イグレット」
「ふぁい……」
そうして、二人は床に座ってあぐらをかき、キリートは前を向きながら口を開いた。
「初めの一歩が出たな」
「ほ、本当ですか!?」
イグレットはとても嬉しそうな表情でキリートを見上げる。彼女は相変わらず無表情のままである。
「あぁ、少し侮っていた。君は剣士になれる」
「やった……やったやった……!!」
心の底から嬉しく思うイグレット。
対して、キリートは少し気まずそうにしていた。
「イグレット少年」
「はいっ!」
「君の父親が、今どうなってるか知りたいか?」
「え」
一週間、必死で修行する中で忘れていたこと。
父、ルカットはもう帰ってきているのだろうか。
「父さんは、父さんは今どこに……?」
「…………」
妙な沈黙。それが嫌で、イグレットは強くキリートを見つめ続けていると──
「前を見ろ」
「?」
そう言われて道場の入口を見た。
そして、扉が勢いよく開かれる。
「イグレット! 久しぶりだなぁ!」
「父さん……?」
現れたのは久しく見る父、ルカットであった。




