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黒剣塵拙 -不吉な黒風に纏われし鈍才-  作者: ガリガリワン
第一章 西黎大陸 紛争地帯編

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第三話 教養


「イグレットはあたしより頭は良いの?」


 エパと知り合って数分。床に座ってキリートを見上げる二人は、授業を始める前にちょっとした雑談を交わしていた。


「父さんが色々教えてくれたから……でも、全然頭なんて良くないよ」

「じゃあきっとあたしの方が賢いわね!」


 とのことなので、賢いのだろう。

 イグレットは根拠もなくそう思う。


「ルカットの教育がどれくらいかは、今から始める授業でわかることだ。イグレット少年、今から君に何個か問題を出させてもらう」


 その言葉と共に、授業が始まった。

 最初はキリートからの問題に答える時間である。


「はい! ……正解できるかわからないですけど」

「気にするな」

「そうよ! 気にするんじゃないわ!」


 二人がそう言うので、イグレットは少し気を楽にした状態で問題に挑む。


「一問目……“等級制度”は知っているか」


 キリートのその問いかけに、イグレットは思わずパッと顔を明るくして、自信満々に言う。


「知ってます!」


「知ってるの!? あたし知らないわ!」

「エパお嬢様はこの前教えたはずですが……」


 彼女は気まずそうに視線をキリートから外す。すると、それに対しキリートはため息をした後に、続けてイグレットへと問うてくる。


「詳しく。説明できるか?」


 その言葉で、イグレットは脳みそをフル回転させた。


(全部で八つ……父さんに教えてもらったから……大丈夫、大丈夫。言えるはず、うん言えるはず……!)


「全部で八つ……下から順に──


 下級

 中級

 二級

 一級

 上級

 帥級(すいきゅう)

 将級(しょうきゅう)

 君級《くんきゅう》


 ──だったはず、いや、この八つです!」


 イグレットは八個の等級を口にした。そして、キリートはそれを聞いて相変わらず、無表情のまま口を開く。


「正解だ。下級が一番弱く、君級《くんきゅう》が一番強い」


 心が飛び跳ねるように嬉しい。イグレットは初っ端から正解を叩き出し、口角を上げる。


「君級《くんきゅう》が一番強いのね……」


 エパは初耳と言った表情ではあるが、キリートの視線から推測するに、初めてではないのだろう。イグレットはなんとなくだが察しがつき始めた。


「……今いる君級《くんきゅう》は全七名、邪族(じゃぞく)は八体だ」


 彼女がそう言い切ると、交代するかのようにエパが声を上げて言う。


「あたし邪族(じゃぞく)は知ってるわよ! 悪いことをする人たちのことでしょ!」


 邪族(じゃぞく)。

 種族問わず、知力を持つ者が悪事を働くと付く総称。


「そうです。すごいですエパお嬢様」


(誰でも知ってるんじゃ……?)


「そうよ! あたしはすごいんだから!!」


 キリートは確実に、適当な褒めを口にしていた。この空気感にもなんとなくイグレットは慣れ始めてきた。


「イグレット少年、二問目だ」


 話を戻して二問目。


「剣術の流派はいくつある?」


 イグレットは息が詰まった。

 なにせ、自身は剣術流派の数を覚えていない。


(父さんが使ってる流派くらいしか……)


「……龍刃流(りゅうじんりゅう)以外、知らないです」


 正直にそう言ってみれば、キリートは少しだけ口角を上げ、小声でボソッと「ルカットの奴」と言っていた。


「ねぇキリート。あたし魔法使いを目指してるけど、剣の流派も覚えた方がいいかしら?」


 エパがそう問うとキリートは頷く。


「覚えた方がいいです。流派ごとに動き方は違いますし、合わせて扱う魔法を変えると勝ちやすいですから」

「なら覚えるわ!」


 それを聞いたエパは胸を張って言い、キリートは少し間を作って流派について話し出す。


「流派は全部で三つ──


 人刃流(じんばりゅう)。動きが単調で扱いやすい流派だ。

 力刃流(りきばりゅう)。一撃で敵を仕留める流派だな。

 龍刃流(りゅうじんりゅう)。速さに特化した流派、私はこの流派だ」


 キリートはサクッと説明を終え、彼女は自身が龍刃流(りゅうじんりゅう)なことをさらっと言った。


「ちなみに、君の父親は龍刃流(りゅうじんりゅう)で帥級(すいきゅう)の剣士、中々強いぞ」


 父のルカットが強いことはイグレットの誇りの一つ。なので、彼はなんだか嬉しくなってしまう。


「でもキリートは将級(しょうきゅう)なんでしょ!」

「なったばかりです」


(えぇ!? ……将級(しょうきゅう)剣士なの?)


 誇りは打ち砕かれた。

 キリートはルカットよりも強いらしい。


「キリートさんって強いんですね……」

「ルカットも同じくらいだ。功績が違うだけで、私と奴はほぼ同じ実力だからな……」


 そんなことを言う時、キリートの表情は初めて少し歪み、悔しさ混じりに言葉を発した。


(何か昔にあったのかな……?)



 ーーー



 授業内での問題は二つしか行われなかった。あれからは基本的な常識を教わることが多く、一発で覚えられないほど難しい内容もなく、無事夜を迎える。


「イグレット少年、入るぞ」

「……はい!」


 キリートの家は道場が大きすぎるせいか、生活するスペースはあまり多くなかった。ただ、不十分というには十分すぎる環境であった。


「どうだ。やっていけそうか」

「……わからないです。でも、逃げ出したりしません」


 今朝、母のユラコアと唐突に別れたイグレット。


「……君の母親は、君のことが大切で仕方ない人だ。どうか嫌いにはならないでほしい」

「嫌いになんかなりません! 僕……父さんと母さんが大好きですから……」


 複雑な感情ではある。午前に叩きのめされてたのは事実、これから毎日転がされると思うと、気も少し落ち込んでしまう。

 だというのに、イグレットは自然と前を向けた。


「そうか。なら……いい」

「キリートさんは、なんで僕に剣を教えてくれるんですか? ……その、僕はなんのお返しも出来ないです」


 まだ、頭の整理は出来ていない。

 なんとなくでキリートのもとにやってきて、なんとなく修行を受けることに身が抵抗していない。


 エパという少女も、まだまだわからないところが多く、キリートのこともほとんど知らない。


 知らない人、知らない環境、孤独。

 たった一人で頑張らなきゃいけない。


 彼女と話す中で段々と頭の中を整理し始めると、不思議と心が少し折れてしまいそうな気がした。


 すると──


「君はまだ七歳だ。私を頼れ。一人じゃない」


 キリートはベッドに座るイグレットに体を向けながら、じっとこちらの目を見つめてくる。


「君は強い。大人よりも精神力が強いと思える。だからこそ、頼れる時は私を頼れ。今日から君の師匠は私、これ以上は言わなくてもわかるはずだ」


 無表情、ではあるが、冷たさを感じない。


(キリートさんは……僕のことを考えてくれてる)


 彼女は、血も繋がっていないイグレットを、ちゃんと考えて導こうとしていた。


 それは、幼いイグレットにも伝わるもの。


「……ありがとうございます、“キリート師匠”」


 自然と、そう呼びたくなった。


「っふ……早く寝るんだな。明日も朝は早いぞ」


 彼女は少し微笑み、赤黒い髪を靡かせてイグレットの部屋を出ていく。


 環境は良い。良い人もいる。

 イグレットは満足していた。


 それでも──


(……母さん、父さん、早く強くなって、僕は戻るよ)


 彼が一緒に暮らしたいのは、父と母の二人である。



 ーーー



 永獄(えいごく)1645年9月11日。

 キリートのもとにやってきて一週間が経った。


「はぁあっ!!」


 イグレットは黒い風に剣筋を乱されながら、キリートに向かって木の剣で切り掛かる。


「魔力を抑える意気を見せろ。ダダ漏れだ」


 キリートの右手に持つ木の棒は、すでに少し脆くなり始めていた。今日もイグレットは横腹を叩かれて吹き飛び、床をゴロゴロと転がっていく。


「っぐぁっ……は、はっい」


 ふらふらと立ち上がり、再びイグレットは剣を構えてキリートに体を向ける。


「……今日で一週間、イグレット少年。君は本当に黒い風に振り回されてばかり、出来ないか? 魔力を抑えることさえ──」


「ッ! 出来ます!!」


 イグレットは床を踏み込み、一瞬だけ黒い風を剣から放出するのではなく、足の裏から放出してみせた。


 そして、初めてキリートは──


「!」


 木の棒でイグレットの攻撃を防ぐのが間に合わず、横に跳んで木の剣を容易く避けてみせる。


(今……今当たりそうだった!)


「気を抜くな」


 ブォンっと音が聞こえた時、木の棒が自身の腹部を容赦なく突き、また吹き飛ばされてしまった。


「げほっぁ!?」


 なんて理不尽だ。キリートの治癒魔法がなければ百以上は死んでいる。皮肉な話である。


「……休憩するぞ。イグレット」

「ふぁい……」



 そうして、二人は床に座ってあぐらをかき、キリートは前を向きながら口を開いた。


「初めの一歩が出たな」

「ほ、本当ですか!?」


 イグレットはとても嬉しそうな表情でキリートを見上げる。彼女は相変わらず無表情のままである。


「あぁ、少し侮っていた。君は剣士になれる」

「やった……やったやった……!!」


 心の底から嬉しく思うイグレット。

 対して、キリートは少し気まずそうにしていた。



「イグレット少年」

「はいっ!」


「君の父親が、今どうなってるか知りたいか?」

「え」


 一週間、必死で修行する中で忘れていたこと。

 父、ルカットはもう帰ってきているのだろうか。


「父さんは、父さんは今どこに……?」

「…………」


 妙な沈黙。それが嫌で、イグレットは強くキリートを見つめ続けていると──


「前を見ろ」

「?」


 そう言われて道場の入口を見た。

 そして、扉が勢いよく開かれる。


「イグレット! 久しぶりだなぁ!」


「父さん……?」


 現れたのは久しく見る父、ルカットであった。

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