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黒剣塵拙 -不吉な黒風に纏われし鈍才-  作者: ガリガリワン
第一章 西黎大陸 紛争地帯編

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第二話 今日から友達!


 昼を迎えた。

 イグレットは、仄かに肌が覚える母の温もりを感じながら、小さな体に大きな思いを抱き、木の剣を右手に持ってキリートの前に立っていた。


「イグレット少年、君のお母さんからは剣術の他に、一般的な教養も教えるよう言われている」

「学校みたいな……授業ってやつですか?」


 それを聞いたキリートは、右手に木の棒を持ちながら頷く。

「そうだ」


 キリート。彼女はイグレットを引き取ってくれた剣術の先生。これから日々お世話になる。


「それと、君の他にもう一人いる」

「も、もう一人……?」


 イグレットは母親と離れ、その身に不安を多く抱えているというのに、まだ不安が増えるのかと辟易した。


「そろそろ来るはずなんだが……まぁいい。よくあることだ。先に剣術を教えよう」


 キリートは慣れた様子で、特に表情を変えることはなかった。


(よくあることで良いの……?)


 時間に遅れるのが悪いということくらいわかっている。なのでイグレットは推測ではあるが、ここで言うもう一人とは、かなり素行が悪いのだと思う。


「イグレット少年、剣を振るう前に聞きたい。君は、剣を振るい続けて何になりたい? 聞かせてくれ」


 キリートは相変わらず無表情に近い顔で、イグレットに対して何者になりたいのかと問うてくる。


「……誰にも負けないくらい強い剣士になりたいです」


 そう言うと、彼女の眉が少し上がった。


「そうか……話は終わりだ。構えろ」

「? は、はい!」


 すると、キリートは右手に持つ木の棒を握りしめ、じわじわとすり足で後退していく。


「イグレット少年」

「はい……?」


 道場のような大きな部屋の中で、二人は目を合わせ、互いに武器を向け合っている。


「君を今から叩き潰す」

「へ? それってどういう意味──」


 イグレットは気がつけば足が床から離れていた。

 そして、彼は鈍痛を腹部に感じて後方に吹き飛ぶ。


「かはっ……」


 キリートはあの距離から一瞬で間合いを詰めてきた。それが全く予測出来なかった。加えて、木の棒が剣じゃなくて良かったと痛感する。


「君は、弱い。だから私の攻撃を一度、その木の剣で受けられるまで叩き続ける。腹を括れイグレット少年」

「げほっ……う、嘘……」


 絶望した。今のような動きをするキリートの攻撃を、自身が受け止められる未来が見えない。


「いくぞ」

「ま、まってくだ──」


 それから何十回吹き飛んだであろうか。

 イグレットは三時間ほど叩かれた末に、攻撃を受け止めるということを成し遂げ、猛攻に終止符を打つ。



 ーーー



「癒強(エスユーマ)」


 キリートは床に倒れる彼に左手を向け、そんな言葉を呼称(魔法を発動する言葉)すると、緑色の光がイグレットの全身を包み、青痣(あおあざ)などの怪我を癒していく。


(し、しぬ……死ぬかと思った。キリートさん……全く感情見せないから壁に殴られてるみたいだったし、本当に殺されるかと思った)


 イグレットは天井を見上げながら、そんなことを思って汗だくで脱力し切っていた。


「イグレット少年、私は治癒魔法を扱える。だからもっと気にせず、死ぬつもりでかかってくるといいぞ」

「はい……でも、本当に死んだりしませんよね」

 キリートに顔を向けてそう言うと──


「死んだらそこまでの男ということだ」


(……この人、優しさとか……ないの?)


 すごく厳しいことを言われた。


「それより、イグレット少年。君は黒い風の魔力を宿していると言っていたが、本当のようだな」


 そのことを口にするキリートに対し、イグレットは少し不安を感じる。やはり、何か言われるのであろうか。


「そ、そうです……やっぱり、ダメダメですか?」


 黒い風のせいで、多くの理不尽を受けてきた。

 きっと今回も、同じ結果になるんだろう。



「悪くない。ただ、君の扱い方が悪い」



 しかし、耳に入るのは拒絶や差別の声ではない。

 初めて、黒い風ではなく、自身のせいだと言われた。


「……それって、どういうことですか」


 深く聞いてみようとした。気になった。初めて違うことを言われた。だからこそ、キリートの話をもっと聞きたいと思う。


 だが──それは何者かの大きな声により叶わない。



「キリート! 遅れて悪いわね! お昼寝してたわ!」


 道場の扉が勢いよく開けられ、一人の髪の短い少女が姿を現した。


「……」

「……」

「……」


 ここに集う三者、皆沈黙に陥る。


 静寂の中でも現れた少女は無言のまま、キリートへと近づく。


「エパお嬢様、三時間の遅刻です」

「し、仕方ないでしょ。眠かったんだから」


(もしかして……もう一人ってこの子?)


 エパ、とキリートが名を呼ぶ少女は、銀色で艶のある髪の毛を持っており、男と間違えるほどの髪の短さをしている。そして、金色の瞳が特徴的だ。


 すると、彼女は小声でキリートに話し始める。


「ね……ねぇ、あの子誰よ。知らないわよ」

「今日から一緒に授業を受ける子です」

「それくらいわかるわよ……!」


 小声のつもりだったのだろうが、彼女は自分の声が大きいことに気がついていない。


「あ、あの……」


 こちらが話しかけると、ビクッと彼女は反応してキリートに体を寄りかからせた。

「! ……な、なによ!」


 イグレットはすごく警戒されている。


「その……僕はイグレット・アルトリエと言います」


 そう名乗ると、彼女も怯えながら口を開いた。


「……あたしは、エパ・ミルティア・ダッドアードよ」


 名を聞けたので、イグレットはとりあえず緊張を解こうと、少しぎこちなく微笑んでみせる。


「な、なんで笑ってるのよ」

「あっ……すみません」

「なんで笑ったのよ!」

「なんか、良いかなって思って……」

「……ふ、ふーん。そう」


(うぅ……なにこれ、友達なれるかな)


 イグレットは気まずさを感じながら、このエパという少女と友達になれるか不安になり始めた。


 彼女は彼よりもキリートと長い付き合いなのだろう。つまり、エパに拒絶されると、ここでやっていく中で、かなりの支障をきたすことになる。


「エパお嬢様。イグレット少年はそこらの男どもよりは、些か賢い方だとは思います。歳もエパお嬢様の一個下ですので、仲良くしてくださいませ」


 彼女は八歳らしい。年上のようだが、あまりそうは思えない。それよりもイグレットは、彼女が“貴族”であることに、大きな不安を抱いていた。


(名前が三つ……貴族の人だよね。多分、この王国の偉いお家の人だし、嫌われたら殺されちゃうかな……)


「……わかったわよ」


 エパはそう言ってキリートから離れる。そして、イグレットは、彼女がこちらに近づいてきたので急いで立ち上がる。


「よろしく。あんまり、緊張とかしないでちょうだい」


 貴族と聞くと、滅茶苦茶なことを言うイメージがあるが、どうやら彼女はそのタイプではないようだ。


「よろしくお願いします……!」


 しかし、体が勝手にお辞儀してしまう。


「そういうのは良いから! どうせ一緒に授業を受けるなら……仲良くしたいわ。だから、今日から友達よ」


(早くない?)


 それは流石に早いのではないだろうか。

 イグレットはそう思いながらも、ぶんぶんと頷く。


「……挨拶は済みましたか」


 そうして、キリートがこちらを見ながらそう言うと、エパは少し怒ったように彼女に言った。


「なんで女の子って言わなかったのよ! あたし、友達初めてだし、男の子と話すの初めてよ!」


 イグレットは過去に友達がいたことがない。

 それはどうやら、エパも同じようである。


「まあ……なんでも良いじゃないですか」

「良くないわよ!!」

「あは……あはは」

「なんで笑ってるのよ!!」

「あぁっごめんなさい」



 イグレットはこの日、別れと出会いを経験した。

 母との別れ、そして師匠と友達との出会い。


 濃い一日だ。しかし、まだ終わったわけではない。


 先の剣の修行によって、少し疲れが溜まっているイグレットは、これより教養を高めるための授業へと移る。

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― 新着の感想 ―
第零話~第二話まで拝読しました。 最初から主人公のイグレットが不遇で、かなりかわいそうでした。 新しい剣の師匠のキリートさんに預けられる展開で母と別れてしまいますが、筋は通っていても非常に厳しい人で…
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