第二十話 旅
永獄1649年8月8日。
イグレットは十一歳の誕生日を迎える。
昨夜、彼は寝る前にエパから『早起きしたらぶっ飛ばすわよ!』と言われたので、今日はいつもより遅い時間に起きた。
「誕生日か……」
イグレットは布団から起き上がり、寝癖を少し手で直しながら部屋の外に向かう。
(一年……それだけで住む場所も変わっちゃった)
彼は廊下を歩いて階段を降りる中、ギィギィと音を鳴らす。そして、一階の廊下に出て居間の方へと向かえば──
「イグレット誕生日おめでとう!」
エパが横から飛び出してきて、イグレットの前に立ち塞がる。
「……ありがとう」
(これのために遅くに起きろってことか……)
彼女の嬉しそうな顔を見ると、本日の主役がどちらか間違えてしまいそうなイグレット。
「元気ないわね! 今日はあなたの誕生日よ!」
エパが彼の両肩を掴み、顔を覗き込んでくる。
「嬉しいのと寝起きなのが混ざって、声が張れないよ」
そんな言葉を聞いたエパは、納得するように頷いてイグレットから離れた。そして、部屋の奥からティラが歩いてくる。
「お誕生日おめでとーのーん」
彼女がエパの横にやってきて、いつもの三人が揃う。
「二人とも、ありがとうございます」
いつも通りの光景ではあるが、今日だけはちょっぴり特別に感じられた。
「イグレットも十一歳なのね!」
十一歳。十歳の頃の自分は、ただひたすらに強くなることしか考えていなかった。今思えばそれは、少しだけ甘い考えと言える。
(……僕も色々変わったのかな)
たった一年で彼はこの世界の残酷さを知った。それ故に、十一歳でありながら精神は早々に熟し始めている。
「君らの誕生日を一回だけだけど……祝えてよかったのーん。もう次は祝えるとは限らないからのーん」
すると、ティラがそんなことを言った。
「あたしたち、べつに死ぬわけじゃないのよ……? また会ったら祝ってくれてもいいんだから!」
「にゅははは、言われてみればそうだのーん」
エパの言う通り、なにも旅に出たからと言って確実に死ぬわけではない。だが、ティラは少しだけ二人のことが心配なのだろう。
「旅はいつだって危険、油断はしちゃダメだのーん」
そんなことを言われたイグレットとエパは、気を引き締めるように姿勢を直し、自信満々に頷く。
「にゅはは、ま、その顔なら大丈夫だのーん」
そうして話に区切りがつくと、各々が部屋の中の散らばった。
「そう言えば……ずっと気になってたんですけど、ティラさんって誕生日とかないんですか? まだ聞いたことないですし……」
イグレットはソファに向かうティラに対し、そう尋ねる。
「わちかー? ないぞ。両親知らんのーん」
気まずい話題に足を突っ込んでしまったイグレット、彼は気まずそうに返事する。
「そ、そう……なんですね」
「気にしなくていいのーん」
「なら今日を誕生日にしたらいいんじゃないかしら」
「被りはいやだのーん」
ティラはソファに座ると、脱力し切った状態で口を開く。
「わちはどうでもいいのーん。今日の主役はイグレット、君を祝うために色々しようのーん」
彼女の言葉を聞いたイグレットは、どこまでも他人を優先する人だと、深く頭の中に印象を残す。
「たまには自分のことも考えてくださいよ」
イグレットの愚痴めいた言葉と共に、ティラはニコニコとして、エパは首を傾げていた。そんなひと時が、彼の誕生日の幕開けとなった。
ーーー
永獄1649年9月12日。
「……これって」
「大陸新聞。全大陸の情報が載ってるから……もしかしたら君らの欲しがる手がかりがあるかものーん」
ティラは二週間ほど遠出していた。場所はフィエルテ王国の城下町。彼女はギルドに茈牛討伐の件を報告しに行っていた。
「じゃあ……もしかしたら西黎大陸の情報があるかもなのね!」
ティラは手に持つ新聞を机の上に広げると、その紙上には、人族語で大量に文字が書かれている。
「……なんか、いっぱいあるわね」
「最近で有名なのだと南大陸にいる君級魔法使い、川霍が君級魔物を倒したこととかのーん」
イグレットは話を聞きながら新聞を読み進めた。
(……なにか、なにか手がかりがあれば)
だが、読み進めても一向に手掛かりは見つからない。彼が文字を追う指には段々と力が込まれていく。
大陸新聞と言えど、紛争地帯でのことを新聞に載せることはあまりないだろう。そんなことはイグレットも理解している。それでも最後の一行まで目を離さない。
「……あれ」
イグレットはある行で指が止まった。
それに対して、エパがそこを凝視する。
「赤冥……?」
“赤冥”。その異名を二人は知っていた。
「君ら知ってるのーん?」
イグレットは息を呑み、声を発する。
「キリート・ユルドジア……僕らの師匠です」
──龍刃流剣士、 赤冥が属する三星級パーティー、将級魔物を討伐する快挙を成し遂げる──
そう書かれていた。確かにすごいことではある。しかし、イグレットやエパからすれば、彼女が生きていることに対して胸が高鳴った。
「やっぱり、やっぱりキリートは生きてたのよ!」
「キリート師匠は……生きてるんだ」
キリートは現在、西黎大陸のレナセール王国という場所にいるようで、二人は旅の目標が出来る。
「そこに行ったら会えるのよね! キリートに!」
エパが目を輝かせてイグレットに顔を向け、彼もそれに対して無言で頷く。
「にゅははは、良い情報になったようだのーん」
ティラは二人の前で誇らしげに胸を張ると、エパが彼女に抱きついて感謝を示した。
「キリートのところにお母様とお父様もいるかも!」
エパはティラに抱きつきながらイグレットに振り返り、とても嬉しそうな笑みを見せている。
「うん……」
(父さんや母さんも……もしかしたら)
イグレットも微かに希望を抱き、気持ちの強さを表すように拳を強く握りしめた。
「これで君らの目的地は西黎大陸って感じかな? なら二人が旅に出て最初に行くべきなのは、フィエルテ王国だのーん」
「……ギルドとかでお金を稼がないとですもんね」
彼は理解を示す一方、エパは困惑する。
「旅しながら稼ぐとかはダメなの? 一直線に西黎大陸に向かっちゃったらいいじゃない!」
一見、その案も捨てがたく思えるが──
「無理無理、将級じゃない限りそんな無謀な旅は出来ないのーん。町から町へ、って感じでやってかないと、危険すぎるんだのーん」
ティラが言う通り、無謀な旅になる。
人の手が入っていない道などでは、想定外の強さを有する魔物などに出会す危険がある。加えて、邪族の脅威も見落とせない。
「……な、ならそこに行くわよイグレット!」
「最初からそのつもりだよ……」
旅をする上での最初の目的地は──
東勢大陸最南端の王国、フィエルテ。
二人の行き先が決まった。
ーーー
永獄1649年10月3日。
旅立ちの日が来た。ティラとはお別れである。
「意外に一年ってのは早いもんだのーん」
見慣れた家の前で、イグレットとエパはティラを見ながら、荷物がまとめられたバッグを肩にかけていた。
「ティラさんもフィエルテ王国に行くんでしたっけ?」
「そうだぞ〜、わちもそのうち行くのーん」
彼女もいずれフィエルテ王国には来る。
「ただ、その時に君らはいないだろうのーん。わちは少しここでやりたいこともあるからのーん」
「……そんなすることあるかしら?」
「失礼だなー……魔法の実験をするつもりのーん」
ティラは目を伏せながらエパを見ながら、そんなことを言った。
「魔法の実験?」
「そう、将級魔法の実験だのーん」
彼女なりに、色々としてみたいことがあるのだろう。そう思い、イグレットは肩に力を入れ、バッグを上げる。
「これ、二人に贈り物、誕生日のやつだのーん」
するとティラは遅れながらも、二人の誕生日が過ぎた今日この頃、布に包まれた贈り物を渡す。
エパの物は少し角張った何か。
イグレットの物は丸く厚みがあまりない物。
「開けても大丈夫ですか?」
「もちろんパッと見て、パッと旅立つのーん」
「ちょっと重いわね……」
そんな贈り物の布を取ったのは、エパが先だった。
「……これって!」
「魔法学発展書。エパちゃんにはピッタリだのーん」
魔法学における高難度の本。成長途中の魔法使いが喉から手が出るほど欲しがる代物である。
「〜〜! あたし嬉しいわ!!」
エパは本を手にしながらティラに抱きつく。
「にゅははは〜そりゃよかったのーん」
「絶対強くなって名を知らしめてやるわ!」
一方、イグレットはそんな二人を見ながら、自身が受け取った贈り物の布を取る。
(……腕輪?)
贈り物は、青色の腕輪であった。
「これって……なんですか?」
イグレットは不思議そうにティラに尋ねると、彼女はエパに抱きつかれながらも説明してくれる。
「魔力を溜めておける装備。イグレット君はまだまだ魔力操作が雑だし、溜めておけば良いかなって〜。まあ、あって損はないはずだのーん」
そんな贈り物を貰った。
(腕輪だけど……意外に嬉しいなぁ)
「さ、早く行きな二人とも、日が暮れちゃうのーん」
ティラはエパから離れる。
「……ティラさんと僕たちは、また会えますかね」
イグレットはそう聞く。
「にゅは、冗談かのーん? 会える。絶対にね」
そう言うティラの顔は、いつもより清々しかった。
「……また、会いに行きます。全てが終わったら」
エパもそれに合わせて声を上げる。
「次会った時はあたしたちが贈り物をあげるわ!」
「……楽しみにしておくのーん」
そうして、少し間を作った二人はティラに背を向けると、前を向いて歩き出す。
振り返りはしない。
進もう。
二人は遠ざかっていく。
一年を過ごした暖かい家から──
第二章 東勢大陸 廃村編 -完-
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第三章 東勢大陸 ギルド編




