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黒剣塵拙 -不吉な黒風に纏われし鈍才-  作者: ガリガリワン
第二章 東勢大陸 廃村編

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第十九話 決着と日の出


「イグレット、一撃で終わらせなさいよ」

「わかってる。絶対に一撃で終わらせる」


 イグレットとエパは魔力切れで気絶するティラを後ろに、前方に見える瀕死の茈牛(しぎゅう)に向かって歩いていた。


「モォオオオ……!」


 威嚇されても、二人は歩みを止めない。


「……行けるかしら」

「いつでも……!」


 イグレットは体で理解していた。先ほどティラに直撃した電撃を喰らえば、自分は一撃で死ぬだろう、と。


(もう相手は動けない。あの電撃を抜ければ、この戦いは終わるんだ……)



「行ってイグレット! 森蔓生(リユディルファ)!」


 勝敗を決する時が来る。

 エパが魔法陣を足元に展開し、両手から緑色の触手が大量に放出され、イグレットを追い越して茈牛に向かっていく。


「ンモォオオオ!!」


 ただ、茈牛も動けないなりに電撃を扱い、触手を次々と破壊していく。その状況下、イグレットはあえて茈牛の正面、直線上を走っていた。


(キリート師匠、今ならわかります。なんで僕が剣士として弱いままだったのか)


 茈牛が大量の電撃を放つ。


「イグレットっ! 退きなさい!」


 エパはそれを見て叫んだ。


(キリート師匠、僕、ここに来て自分なりにたくさん考えました。まだ、僕は弱いと思います。それでも……僕は戦い方を覚えました)


「……!」


(僕自身の戦い方を……やり切る!)



 黒い風がエパの髪の毛を駆け抜ける。

 イグレットの足元から黒い風が溢れ出す。



「イグレット……退かないと……!」


 彼は走った。迫り来る大量の電撃に向かって。


(もう負けないって、誓ったんだ)


「ここで……死ぬわけにはいかないんだッ!」


 イグレットは地面を強く踏み込むと、電撃の間に突っ込み、糸が針の穴を通るように避けながら進む。


(電撃の速度は……もう遅い!)


 弱った茈牛はイグレットを捉えきれない。

 大量の電撃も途切れ途切れであった。


「!」


 しかし、眼前に突如電撃が迫る。


「草下刺(リルバシア)!」


 だが、エパは魔法を呼称し、遠距離からその電撃の前に緑の太い触手を生やす。


 イグレットは生き延びた。それでも周囲は電撃だらけ、触手が電撃で木っ端微塵になり、その先を見ればまた電撃。



 今度はエパも干渉ができない。


 その中でイグレットは──


(……死んでたまるかッ!)


 絶望しない。黒い風が闇を断ち切る。


「はぁあああっ!!」


 イグレットは剣に黒い風を纏わせ、電撃に向かって振るうと、黒い斬撃を放って打ち消してみせた。


 そして、前に進む。


「モァアアッモォオオオオ!!」


 イグレットは茈牛の咆哮を聞いても止まらない。相手も理解している、今際の際に立たされていると。


 電撃はもはやイグレットには効かない。全てが黒き風纏う剣に打ち消されていく。止まらない。茈牛に死がすぐそこまで迫ってきた。


「モォオオオオオ!!」


 イグレットは地面を強く踏み込み、黒い風を足から放出して、一気に茈牛の横を駆ける。


「……僕たちの、勝ちだ」


 次の瞬間、黒い閃光が辺りに走り、茈牛の首が切断された。それにより、戦いは終わりを迎えた。



 力なく倒れる茈牛。イグレットは息を荒くしながら剣を納め、手の震えを必死に抑える。


(ティラさんが瀕死まで持っていってくれたから……僕でも首を斬れた。エパもいなかったら死んでたかもだし……まだまだ、一人じゃ戦えないや)


 イグレットはそう思いながら立ち尽くしていると、少し離れたところからエパが両腕を上げ、こちらに向かって走ってきていた。


「イグレットー!」


 その声に振り返ると、彼女はすでにイグレットのすぐ近くまで来ており、抱きついてくる。


「イグレット! すごいわ! イグレット!」


 力強くエパは抱きしめてくる。彼女はとても嬉しそうだった。


「えへ、えへへ……エパ、嬉しいけど、ティラさんを置き去りってのは……」

「……そ、そうね。それはマズいわ」


 彼女はイグレットの言葉を聞き、すぐにティラの方へと走っていく。そんな様子のエパを見ているとイグレットは、ホッと一息つく。


「っふ〜……まずは……一歩」



 ーーー



「ん……んぅ」


「起きたわ!」

「よかった……」


 その日の夜、ティラが目を覚ました。


「……茈牛は?」

「倒し切り──」

「イグレットが倒したわ! すごかったのよ!? 黒い風で加速して一瞬でスパッと! ね、イグレット!」

「う、うん……」


 討伐成功の一言。ティラは自身が寝るソファの上で、大きく息を吐いて目を瞑る。


「ティラさん……?」


 イグレットが声をかけると、彼女は目を開けた。


「……ありがとう。二人とも」


 その表情は、清々しく嬉しそうなもの。


「ふふっ、えぇ! どういたしまして!」


 エパはイグレットよりも先に声を返した。


「ティラさんが瀕死にしてくれたから倒せたんですよ。感謝したいのは僕たちの方です」


 イグレットのその言葉にティラは笑った。


「……イグレット君はわちの格を保ってくれるのーん」


 ティラはソファから起き上がると、ため息を吐く。


「君たちは確か、二ヶ月後には旅立つのーん?」


 彼女がそう確かめてきたので、二人は頷いた。


「ティラさんも旅についてこないかしら!」


 エパが旅の同行を期待するように提案したが、ティラは頷かない。


「わちはついていかない。君たち二人を支えてあげたいけど、これは最初から決めてた。それにわちも、少しだけやりたいことがあるんだのーん」


 ティラはソファから立ち上がる。


「やりたいことって……なんですか?」

「“魔法大学”で先生をしたいのーん」


 エパはそれを聞き、首を傾げた。


「魔法大学って、中央大陸(ちゅうおうたいりく)にあるものよね?」

「そうだけど違うのーん」


 ティラは部屋の中を歩き、地図を取り出してくる。


「ここ、東勢大陸(とうぜいたいりく)の一番下、フィエルテ王国にある魔法大学に行くつもりのーん」


 彼女が指さすところは、おそらく現在地を示す赤い点から、ちょっと右に行ったところにあった。


「君らも旅に出たら、まずここに行ったほうがいいのーん。情報も得られるだろうし……ま、わちは茈牛討伐の件をギルドに言いに行くから、すっごく久しぶりに町に行って情報でも得てきちゃおうかのーん」


 ティラは地図を机の上で広げたままにし、腰に手を当てて体を捻って疲れを取る。


「君ら二人の出身、西黎大陸の情報も取ってくるのーん。もしかしたら手がかりがあるかもだしのーん」


 それを聞いたイグレットとエパは、とても嬉しそうに彼女に駆け寄り、手を片手ずつ握った。


「お願いするわ!」

「お願いします!」


 ティラはそんな二人を見て軽く笑う。


「にゅははは、やっぱ君らはまだ子供だのーん」



 ーーー



 永獄(えいごく)1649年8月5日。


「イグレット〜……何してるの?」


 早朝、イグレットは部屋の窓を開けていた。そのせいで、同じ部屋で寝ているエパを起こしてしまう。


「あっ……ごめん、起こしちゃった?」

「それはべつにいいけど……なにしてるの?」


 朝の風は冷えている。布を羽織ったエパは、あくびをしながらイグレットを見つめていた。


「僕たち、あと少しでここを離れるし……景色でも目に焼き付けておこうと思って……」

「……嘘つくのが下手ね」


 エパは立ち上がって、イグレットの隣にやってくる。


「う……なんでバレたの?」

「変な理由すぎるわよ。景色なんて、焼き付けなくてもどうせ覚えるわ。それで、本当はなんなのよ」


 彼女はイグレットの肩に寄りかかった。


「ちょっとだけ、怖いんだ」

「怖い?」

「うん。旅に出て、ちゃんと生き残れるか……」


 イグレットは昨日、ティラが目覚めて夕食を済ませた後、彼女からこの世界の危険性を聞かされた。そこで、多くのことを知り、世界が怖くなってしまった。


「……なーに弱気になってるのよ」

「エパは怖くないの?」

「イグレットがいるじゃない」

「え、え? 僕?」


 イグレットはエパを見つめる。


「イグレットはあたしがいても怖いの?」

「そういうわけでもないんだけど……」


 エパがこちらを見てきたので、目が合う。


「……僕は、エパがいなくなったらどうなるんだろうって、よく考えちゃうんだ。それで旅は危険ってなると……なんか……その──」


 すると、エパが顔を俯かせてため息を吐き、再び目を合わせてきた。


「なに言ってるのよ。死なないわ、あたしは。だけどイグレットも死んじゃダメよ! イグレットが死んじゃったら……あたしの髪の毛を切る人がいないわ」


 エパはここ一年に満たない期間、イグレットに髪の毛を切らせて短い髪型を維持している。


「そ、そんなことで……?」

「……嘘よ! イグレットは死んじゃイヤ! だって……だって、悲しいんだから」


 彼女はこちらに体を寄せ、くっついてきた。


「死なないよ。エパを一人にして死ねない」

「……旅が終わっても死んじゃイヤよ」

「死ぬつもりなんかないよ」

「じゃあ、ずっと生きてなさい」

「不老不死……?」

「……そうなるわね!」


 二人は一緒になって窓から外を眺める。



 あと二ヶ月で旅立ちだ。


 その旅立ちを前に、二人は知ることになる。


 赤冥(せきめい)を冠する、将級(しょうきゅう)女性剣士の行方を──

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