第十九話 決着と日の出
「イグレット、一撃で終わらせなさいよ」
「わかってる。絶対に一撃で終わらせる」
イグレットとエパは魔力切れで気絶するティラを後ろに、前方に見える瀕死の茈牛に向かって歩いていた。
「モォオオオ……!」
威嚇されても、二人は歩みを止めない。
「……行けるかしら」
「いつでも……!」
イグレットは体で理解していた。先ほどティラに直撃した電撃を喰らえば、自分は一撃で死ぬだろう、と。
(もう相手は動けない。あの電撃を抜ければ、この戦いは終わるんだ……)
「行ってイグレット! 森蔓生!」
勝敗を決する時が来る。
エパが魔法陣を足元に展開し、両手から緑色の触手が大量に放出され、イグレットを追い越して茈牛に向かっていく。
「ンモォオオオ!!」
ただ、茈牛も動けないなりに電撃を扱い、触手を次々と破壊していく。その状況下、イグレットはあえて茈牛の正面、直線上を走っていた。
(キリート師匠、今ならわかります。なんで僕が剣士として弱いままだったのか)
茈牛が大量の電撃を放つ。
「イグレットっ! 退きなさい!」
エパはそれを見て叫んだ。
(キリート師匠、僕、ここに来て自分なりにたくさん考えました。まだ、僕は弱いと思います。それでも……僕は戦い方を覚えました)
「……!」
(僕自身の戦い方を……やり切る!)
黒い風がエパの髪の毛を駆け抜ける。
イグレットの足元から黒い風が溢れ出す。
「イグレット……退かないと……!」
彼は走った。迫り来る大量の電撃に向かって。
(もう負けないって、誓ったんだ)
「ここで……死ぬわけにはいかないんだッ!」
イグレットは地面を強く踏み込むと、電撃の間に突っ込み、糸が針の穴を通るように避けながら進む。
(電撃の速度は……もう遅い!)
弱った茈牛はイグレットを捉えきれない。
大量の電撃も途切れ途切れであった。
「!」
しかし、眼前に突如電撃が迫る。
「草下刺!」
だが、エパは魔法を呼称し、遠距離からその電撃の前に緑の太い触手を生やす。
イグレットは生き延びた。それでも周囲は電撃だらけ、触手が電撃で木っ端微塵になり、その先を見ればまた電撃。
今度はエパも干渉ができない。
その中でイグレットは──
(……死んでたまるかッ!)
絶望しない。黒い風が闇を断ち切る。
「はぁあああっ!!」
イグレットは剣に黒い風を纏わせ、電撃に向かって振るうと、黒い斬撃を放って打ち消してみせた。
そして、前に進む。
「モァアアッモォオオオオ!!」
イグレットは茈牛の咆哮を聞いても止まらない。相手も理解している、今際の際に立たされていると。
電撃はもはやイグレットには効かない。全てが黒き風纏う剣に打ち消されていく。止まらない。茈牛に死がすぐそこまで迫ってきた。
「モォオオオオオ!!」
イグレットは地面を強く踏み込み、黒い風を足から放出して、一気に茈牛の横を駆ける。
「……僕たちの、勝ちだ」
次の瞬間、黒い閃光が辺りに走り、茈牛の首が切断された。それにより、戦いは終わりを迎えた。
力なく倒れる茈牛。イグレットは息を荒くしながら剣を納め、手の震えを必死に抑える。
(ティラさんが瀕死まで持っていってくれたから……僕でも首を斬れた。エパもいなかったら死んでたかもだし……まだまだ、一人じゃ戦えないや)
イグレットはそう思いながら立ち尽くしていると、少し離れたところからエパが両腕を上げ、こちらに向かって走ってきていた。
「イグレットー!」
その声に振り返ると、彼女はすでにイグレットのすぐ近くまで来ており、抱きついてくる。
「イグレット! すごいわ! イグレット!」
力強くエパは抱きしめてくる。彼女はとても嬉しそうだった。
「えへ、えへへ……エパ、嬉しいけど、ティラさんを置き去りってのは……」
「……そ、そうね。それはマズいわ」
彼女はイグレットの言葉を聞き、すぐにティラの方へと走っていく。そんな様子のエパを見ているとイグレットは、ホッと一息つく。
「っふ〜……まずは……一歩」
ーーー
「ん……んぅ」
「起きたわ!」
「よかった……」
その日の夜、ティラが目を覚ました。
「……茈牛は?」
「倒し切り──」
「イグレットが倒したわ! すごかったのよ!? 黒い風で加速して一瞬でスパッと! ね、イグレット!」
「う、うん……」
討伐成功の一言。ティラは自身が寝るソファの上で、大きく息を吐いて目を瞑る。
「ティラさん……?」
イグレットが声をかけると、彼女は目を開けた。
「……ありがとう。二人とも」
その表情は、清々しく嬉しそうなもの。
「ふふっ、えぇ! どういたしまして!」
エパはイグレットよりも先に声を返した。
「ティラさんが瀕死にしてくれたから倒せたんですよ。感謝したいのは僕たちの方です」
イグレットのその言葉にティラは笑った。
「……イグレット君はわちの格を保ってくれるのーん」
ティラはソファから起き上がると、ため息を吐く。
「君たちは確か、二ヶ月後には旅立つのーん?」
彼女がそう確かめてきたので、二人は頷いた。
「ティラさんも旅についてこないかしら!」
エパが旅の同行を期待するように提案したが、ティラは頷かない。
「わちはついていかない。君たち二人を支えてあげたいけど、これは最初から決めてた。それにわちも、少しだけやりたいことがあるんだのーん」
ティラはソファから立ち上がる。
「やりたいことって……なんですか?」
「“魔法大学”で先生をしたいのーん」
エパはそれを聞き、首を傾げた。
「魔法大学って、中央大陸にあるものよね?」
「そうだけど違うのーん」
ティラは部屋の中を歩き、地図を取り出してくる。
「ここ、東勢大陸の一番下、フィエルテ王国にある魔法大学に行くつもりのーん」
彼女が指さすところは、おそらく現在地を示す赤い点から、ちょっと右に行ったところにあった。
「君らも旅に出たら、まずここに行ったほうがいいのーん。情報も得られるだろうし……ま、わちは茈牛討伐の件をギルドに言いに行くから、すっごく久しぶりに町に行って情報でも得てきちゃおうかのーん」
ティラは地図を机の上で広げたままにし、腰に手を当てて体を捻って疲れを取る。
「君ら二人の出身、西黎大陸の情報も取ってくるのーん。もしかしたら手がかりがあるかもだしのーん」
それを聞いたイグレットとエパは、とても嬉しそうに彼女に駆け寄り、手を片手ずつ握った。
「お願いするわ!」
「お願いします!」
ティラはそんな二人を見て軽く笑う。
「にゅははは、やっぱ君らはまだ子供だのーん」
ーーー
永獄1649年8月5日。
「イグレット〜……何してるの?」
早朝、イグレットは部屋の窓を開けていた。そのせいで、同じ部屋で寝ているエパを起こしてしまう。
「あっ……ごめん、起こしちゃった?」
「それはべつにいいけど……なにしてるの?」
朝の風は冷えている。布を羽織ったエパは、あくびをしながらイグレットを見つめていた。
「僕たち、あと少しでここを離れるし……景色でも目に焼き付けておこうと思って……」
「……嘘つくのが下手ね」
エパは立ち上がって、イグレットの隣にやってくる。
「う……なんでバレたの?」
「変な理由すぎるわよ。景色なんて、焼き付けなくてもどうせ覚えるわ。それで、本当はなんなのよ」
彼女はイグレットの肩に寄りかかった。
「ちょっとだけ、怖いんだ」
「怖い?」
「うん。旅に出て、ちゃんと生き残れるか……」
イグレットは昨日、ティラが目覚めて夕食を済ませた後、彼女からこの世界の危険性を聞かされた。そこで、多くのことを知り、世界が怖くなってしまった。
「……なーに弱気になってるのよ」
「エパは怖くないの?」
「イグレットがいるじゃない」
「え、え? 僕?」
イグレットはエパを見つめる。
「イグレットはあたしがいても怖いの?」
「そういうわけでもないんだけど……」
エパがこちらを見てきたので、目が合う。
「……僕は、エパがいなくなったらどうなるんだろうって、よく考えちゃうんだ。それで旅は危険ってなると……なんか……その──」
すると、エパが顔を俯かせてため息を吐き、再び目を合わせてきた。
「なに言ってるのよ。死なないわ、あたしは。だけどイグレットも死んじゃダメよ! イグレットが死んじゃったら……あたしの髪の毛を切る人がいないわ」
エパはここ一年に満たない期間、イグレットに髪の毛を切らせて短い髪型を維持している。
「そ、そんなことで……?」
「……嘘よ! イグレットは死んじゃイヤ! だって……だって、悲しいんだから」
彼女はこちらに体を寄せ、くっついてきた。
「死なないよ。エパを一人にして死ねない」
「……旅が終わっても死んじゃイヤよ」
「死ぬつもりなんかないよ」
「じゃあ、ずっと生きてなさい」
「不老不死……?」
「……そうなるわね!」
二人は一緒になって窓から外を眺める。
あと二ヶ月で旅立ちだ。
その旅立ちを前に、二人は知ることになる。
赤冥を冠する、将級女性剣士の行方を──




