第十八話 往生際の際際
『ティラ、君は悪くない』
ティラ・パラメルノ。年齢、二十七歳の女性。
人犬族と霊族の血を持ち、孤独に生きていた元ギルド所属の魔法使い。
『あなたのせいで……あの人が死んだっ……!!』
彼女は一つのパーティーにて、副リーダーまで上り詰めた実力者。頭脳明晰で作戦を立てれば全てが上手くいき、皆ティラを慕っていた。
『……そう、わちが……わちが悪いの』
しかし、ある依頼の時、そのパーティーのリーダーは、ティラを守ろうとして戦死する。呆気なく、その命の恩人である男は死んだのである。
『っ! 出ていけ!! このパーティーからっ!!』
彼の最後の言葉は、彼女を否定する言葉ではなく──君は悪くない、というものだった。その一つの肯定が、依頼後のティラを孤独にさせてゆく。
『……わかった』
たくさんの否定の中で、肯定してくれたのはティラを庇い死んだ者のみ。このパーティーに居場所などなかった。だから彼女はギルドを辞めた。
そして、憎しみは金銭の問題として返ってくる。
ティラは何も感じなかった。策略に嵌められた。それでも、怒りなど湧いてはこなかった。
自身はパーティーにいる者たちにとって、光とも言える存在を奪ってしまったような者。どれだけ上手くやっていようと、リーダーと副リーダーには人望の差がある。
だからこそ、悲しむ者、怒る者、ティラを憎む者たちに対して、一切不快感はなかった。只々、罪悪感で頭がいっぱいだった。
(もし……あの時わちが死んでいれば──いや、考えるべきじゃないね。今は、戦う時間だのーん)
ティラは目を開ける。少し後ろには臨戦態勢のイグレットとエパがいる。そして、ティラの前方、遠くには紫色の巨大な牛が見える。
茈牛。奴もこちらをジッと見ていた。
「……どこで間違えたかのーん」
浮遊する二つの水晶玉を中心にして、魔法陣が展開される。そして、全身の魔力を動かし始める。
「モォオオオオアアアアアア!!」
茈牛は一年前よりも遥かに動きが速い。現に、数日前の戦闘でもティラは傷を負った。治癒魔法で治せる傷ではあったが、致命の一撃も今ならもらいかねない。
彼女が相対する魔物は、成長している。
「今日で君を仕留め切る……鎌鼬」
口調が砕け、ティラは紫色の瞳を光らせた。そして両手を広げると、高速で向かってくる茈牛に対し、魔法を放った。
鎌鼬。上級に属する風魔法。巨大な斬撃を一発限り、超高速で放つもの。初見殺しの魔法として、魔法使いの中では有名である。
(……ほんと硬い奴だね)
その魔法を正面から受けた茈牛。斬撃は奴の体に浅くも大きな傷を付けるだけで、致命に至るには威力が足りなかった。
「ティラさん!」
後方でイグレットが叫ぶ。ティラはそれを合図に自身を含め、イグレットとエパを風の魔力で浮かせ始める。
それを行ってすぐ、茈牛が三人がいたところを走り抜けていった。紫の電撃が辺りを焼き焦がしていく中で、ティラは両手を奴に向けた。
(やっぱり、イグレット君とエパちゃんはまだ戦わせられないね。二人とも中級程度の力だけど……差が開きすぎてる。わちがどうにかしないと)
「弾烈水!」
魔法陣を足元に作り上げたティラは、一つの水晶玉で三人を浮かしながら、魔法陣から水で作られた弾丸を大量に放つ。
弾烈水は帥級魔法の一つ。水魔法ながら単体に対して攻撃性が高く、命中すれば弾は破裂し、大きなダメージが期待できる。
だが、茈牛の動きの方が速い。
(この速度じゃっ……追いつけない!)
追尾する水の弾が速度で負けていた。
「あたしが加速させるわ!」
エパが動いた。ブレる体勢の中、彼女は右手をティラの放った水の弾に向け、呼称する。
「雄風!」
中級魔法のそれがエパの右手から放たれた。そして、それは先ほど放った水の弾丸に纏わりつき、一気に加速した。
(水と草しか教えてないのに……風の魔法までちょっとやってたの? エパちゃん、魔法使いらしいじゃん!)
「モァアアッ!」
茈牛に水の弾丸が大量に命中した。紫の電撃を貫通し、相手の身体に当たって砕けたそれは、破裂音と共に衝撃波を起こす。
「ァアアアォオオオ!!」
走っていた茈牛は転んだ。地面を削りながら、廃村のすでに壊れた建物に激突する。
「……」
ティラは奴から目を離さない。
「……」
産毛が立つ。
「!」
ティラは両手をパチンと合わせた。
パリッ──
「ぶふぁっ……」
両手から咄嗟に大量の水を放出し、それから離れたティラだったが、紫の電撃が水の壁を突き破って、彼女の体を貫く。
「ティラさんッ!!」
感電した。三人を浮かせるのが限界になる中、ティラは鼻血をダラダラと流す。
(……これだからっ、雷魔法は嫌いなんだ)
雷魔法は氷魔法と並び、希少魔法とされている。そして、生まれつきの資質で扱えるかが決まり、殺傷能力が極めて高い。
どれだけ魔力で体を強化しようと、雷魔法を何回も喰らえば、生き物は死に至る。
(喰らえてあと二回……お花畑もそろそろ見えるね)
ティラは空中で踏ん張り、魔法を呼称した。
「癒強……」
上級治癒魔法により、体の内部を治したティラ。しかし、ダメージは蓄積されている。
「ティラさんっ……大丈夫よね!」
エパが心配したように聞いてくるが、まだまだティラは戦えるだろうと、励ましてきた。
「……にゅへへ、もちろん」
ティラは口角を上げ、建物の瓦礫を押し退けて出てくる茈牛に対し、視線を向ける。
(奴の魔力切れは期待できない。かと言って浮いてたとしても、避けられない電撃が放たれる……なら──)
『ティラ、君には僕のそばで力になってほしい』
『わち……ですかのーん?』
『君より魔法を放つ速度が速い魔法使いはいない。それに、僕の私情だけど……君は大切な人だからね』
『……にゅははは、照れちゃうのーん』
ティラはイグレットとエパを残して地に足をつけた。
(……わちは魔法の発動速度なら、剣士相手にも張り合える。だって……認めてくれたんだ。信じるよ)
頭に生える犬の耳をピクピクとさせながら、ティラは足元に巨大な魔法陣を浮かび上がらせていく。イグレットたちには見せたことがないものである。
「エパ……なにあれ」
「わ、わかんないわよ。でも規模が帥級じゃないわ!」
魔法使いが一つ上の等級になるには、格上の魔法を扱えることと、自身よりも一つ上の等級である魔物を討伐することが条件だ。
ティラは現在、帥級の魔法使い。
その等級は──五年前に取得している。
辺りに強い風が吹き始めた。木々が激しく揺れる。上空のイグレットたちは身動きが取れず、茈牛は走り出せずにいる。
その中で、地に立つティラのみが微動だにせず、目を瞑ったまま両手を茈牛に向けていた。
『ティラ。これ、些細な贈り物だ』
『わち、今日は誕生日じゃないのーん』
(……貴方がいたから、わちは前を向けた)
『いつだっていいじゃないか。いつ渡せなくなるかもわからない。受け取ってくれ』
『わかったのーん』
(貴方がいたからっ、この世界を美しいと思った)
『……これ! わちが欲しがってた魔銀宝石!』
『やっと買えたよ。気に入ったようでよかった』
『高いのに……いいのーん?』
『君がこれからも笑ってくれるならね』
(貴方のせいで……わちは勘違いした)
『笑うくらい……いつでもできるのーん』
『違うよ。僕とこの美しい世界で……一緒にさ』
『一緒?』
『……ある程度貯金はある。もうギルドで活動しなくても、上手くやってける』
(貴方のせいで、この世界を美しいと決めつけた)
『それって……どういうことだのーん?』
『あっははは、らしくないな。僕らしくない』
(それでも、貴方がいればそれでよかった)
『ティラ』
『……なに? “ラダノア”』
(……世界なんて所詮、残酷なんだ)
『好きだ』
『わちもっ……!』
「わち、前を向けそうだよ、ラダノア……見ててね」
一度失おうとも、もう一度生きることはできる。
だから彼女は、生きる。この残酷な世界で──
「……終環嵐」
二つの水晶玉が強く光ると、魔法陣が消え、ティラは髪の毛を靡かせながら力んだ。
将級魔法、終環嵐。
風の斬撃のみで構成された嵐を作り出す魔法。
「モォォアア──」
茈牛が嵐に呑まれた瞬間、咆哮が風の轟音にかき消され、紫の電撃と鮮血が嵐に混じる。そして、ティラは魔法を顕現させ続けるために、呼吸をすることもなく、ひたすらに魔力を流し続けた。
やがて、ティラは血を口から吐き、くらっと姿勢を崩すと、魔法が一瞬で消える。続けて露わになる血だらけの茈牛。
(わちはどれだけ世界が憎くても……貴方が美しいと言ったこの世界を……否定はできない)
ティラは虚ろな瞳で空を見上げた。
(だって……ラダノア、貴方が好きだったから……)
彼女は脱力し後ろに倒れかけた。
「……にゅははは、がんばれ」
しかし、その背中は二つの手によって支えられる。
「僕たちが、あいつを倒します」
「ティラさんは休んでていいわよ!」
すでに地面に降り立った少年少女。
一人は剣を抜き、一人は腕を伸ばす。
「エパ」
「イグレット!」
二人はティラを地面に寝かせると、歩き始めた──
「勝とう……!」「勝つわよ!」
茈牛を視界に捉えて。
「モァアアアアアッ!!」
紫の巨牛が叫ぶ──黒い風が靡く中で。




