第十七話 真の偽善
ティラがギルドから借金をしていることを知ったイグレットとエパ、二人はそんな彼女の力になろうと、問題解決に向けて協力することを宣言した。
「手伝うって……君らが?」
そんな二人に対し、ティラは嬉しそうな顔をしながら、確かめるように聞いてくる。
「そうですよ! 僕たち、恩返ししたいんです!」
「ティラさんが辛い目に遭うなんてあたし嫌よ!」
二人からの言葉を受け、ティラは呆気に取られた表情を浮かべると、小さく笑った。
「にゅははは……気持ちは嬉しいけど、危険だしのーん。君らは子供で、わちは大人。それに他人の抱える問題なんて、解決しても良いことなんてないのーん」
ティラは床から立ち上がり、いつも着ているダボダボの黒い服を床に脱ぎ捨て、中に着ている薄着を見せながら歩く。彼女の右肩は血で濡れている。
「良いこととか、そういう話じゃ……」
イグレットはそんな彼女の怪我を見ながら、部屋を歩くティラを目で追い続けた。
「……わちのようにはなってほしくない。君らは、子供にしては良い子すぎる。こうやって一緒に暮らして、そこら辺はつくづく思ってたのーん」
ソファに座った彼女は、銀色の宝石を右手に握りながら前を向き、イグレットとエパを見つめる。
「……子供とか大人とか、どうでもいいじゃない! あたしたちは、魔法使いと剣士! そこに年齢なんて関係ないわ!」
するとエパがそう言ってティラに近づいていく。
「あたしたちは、ティラさんがいなきゃ死んでた。それに……良いことがないって言うけど、それじゃあなんで、あたしたちを助けてくれたの!?」
ティラはそれを聞き、黙り込む。
「あたしは怖かった。この大陸に転移してきて、これからどうなるんだろうって……ずっと思ってた。それでも、ティラさんが助けてくれたから……!」
エパは一呼吸し唇を噛み締めた後に、口を再度開く。
「だからっ、大好きなティラさんを助けたいの! もう何もせずに見てるだけなんて、あたしは嫌なの!!」
そう言い切ったエパに対し、ティラは驚いた表情を見せていた。やがて、彼女は表情を崩して笑い始める。
「にゅははっははは」
「な、なによ」
ティラはソファから立ち上がり、エパに抱きつく。
「わち、初めて。こんな良い子たちを見るのーん」
エパは抱きつかれて少し恥ずかしそうだった。
「……良い子だなんて、ただ恩を返すだけです」
「そうよ……イグレットの言う通りよ」
けれども、ティラは二人の言葉を否定する。
「いいや、君らは良い子たちだのーん」
そう言ってエパから離れるティラ。彼女は右手に握る銀色の宝石を見つめ、話し始めた。
「ギルドにいた頃のわちは、四星級パーティーに所属してたのーん。でも、わちはあまり好かれてはなかった……むしろ、少しだけ除け者扱いだったのーん」
(普通の等級とは違う、ギルド内の等級……父さんと同じ、上から二番目。やっぱりそれくらい強いんだ)
イグレットは彼女が実力、功績共に強者だと改めて実感する。
「だからギルドを辞めた。そしたら、辞める際に濡れ衣かけられ、依頼失敗の責任を押し付けられて……今では借金をした魔法使いってことのーん」
ティラは怪我によって血塗られた白い服を気にしながら、イグレットとエパを見つめていた。
「な、なんなのよそれ。みんな最低じゃない!」
エパは怒った。ティラという人物が、過去にそんな経験をしてきたことに対して、理不尽だと思う。
「最低……っちゃそうだのーん。まあ、わちは気にしてないんだけどのーん」
イグレットは先ほどから柔らかい笑みを見せるティラに対して、ある人物の姿が重なった。
(……母さんみたいな人だ。元気そうで、全然元気じゃない。苦しんでるんだ……ティラさんは)
彼は彼女のような表情をする人は、何かしらの理由で苦しんでいると、小さい頃に母を見て学んでいる。
「わちは、君らが思うより酷いやつなのーん。戦いの中で……見捨てた仲間もいた。生きるためとは言え、わちの都合で助けられない人も多くいたのーん」
ティラは銀色の宝石を机に置き、二人から少し離れた。そして、彼女は言う。
「君らをわちが助けたのは……それに対する償いの一つ。心の底から助けたいとは思ってなかったのーん」
彼女は本音を吐く。
「それがわち、本当の姿」
静まる部屋の中で、三人はその場に立ち尽くす。
時折、宙を舞う小さな埃が、日に照らされた。
澄んだ風が窓から吹いて、髪を揺らす。
「……それでも」
イグレットとエパは知っている。
ティラは完璧な善人ではない。
そんなこと、二人とも理解していた。
ここで暮らす中で、彼女に不満を抱くこともあった。
それでも、嫌いになることなどなかった。
むしろ──
日が経つごとに好きになっていた。
洗濯物を干し忘れて臭くすることや──
魔法の練習と言って家に壁開けた事──
本心を明かさないでいるところなど──
ティラは決して完璧とは言えない。
故に、イグレットとエパはいまさら、本心から救ったのではないと、言われたところで嫌いにはならない。
「……僕たちは、それでもティラさんに力を貸したい。今までの行動が全部、ティラさんの本心じゃなかったとしても、僕たちが感じた幸せは……本物です」
イグレットに続き、エパが話す。
「あたしは力になりたいと思った。それ以上、理由をつける必要なんてないわ!」
その言葉を聞き終わり、ティラは確信する──
「……どれだけ遠ざけても、君らはお節介してくれるね。にゅははは、もういいや、じゃあ! わちは“剣士と魔法使い”を頼ろうかのーん!」
──この二人は、絶対に後退しないのだと。
ーーー
茈牛。帥級に登録される魔物。
紫の雷を纏う存在であり、長年生き続ける個体。
ここ三年、ティラはこの魔物の討伐を目指していた。
永獄1649年8月4日。
「いいかのーん? 相手はめちゃくちゃ危ない魔物。下手したら二人のどっちかは死ぬかもしれないのーん」
三人は家の外に出ていた。
ティラは水晶玉を二つ左右に浮かべている。
エパは手ぶらの状態で両手を広げては閉じていた。
イグレットは父から貰った剣を握りしめている。
「僕が死んだら、そこまでの男だったわけです」
「死ぬわけないじゃない、あたしがいるんだから」
「にゅははは、もうやる気はバチバチだのーん」
ティラはいつも、家の周りに結界を張っている。そして、イグレットが出かける際も、彼に水晶玉を持たせて結界を張っていた。
「結界を解いたらすぐにでも奴は現れる。そうなったら戦闘開始のーん」
結界、それは魔力を隠すためのもの。それにより、魔物が家の周辺に近づいてくることはない。
「いつでも戦えるわ!!」
そして、その結界が今、解かれようとしていた。
「結界解除……来るのーん」
魔法が解かれ、ティラは足元に魔法陣を浮かべる。
「モォォォァァァァァァ!!」
すると、遠くから咆哮が聞こえた。
「二人は奴が弱ってから戦い始めるんだのーん」
イグレットとエパは頷き、ティラは前に歩き始める。
茈牛討伐開始だ。




