第十六話 鍛錬の日々が過ぎゆく
魔力操作の特訓を始めて一日目。
「あっちょ! まだ魔力流すなのーん!!」
イグレットはこの日も気絶した。
彼は魔力を流そうとすると、栓を抜いたように放出するせいで気絶してしまう。
そして、また家の周りの地面が抉れた。
「もうっ、なにやってるのよイグレット!」
そんな一日目から二週間ほど経った頃。
「おー、水の魔法が真っ直ぐに飛んだのーん」
エパは早速特訓の成果を出し始めていた。彼女は魔力を流すことに対し感覚を掴んだのか、前とは別人と思える綺麗な魔法を放つ。
「全然ブレなかったわよ! すごいでしょ!」
「すごいすごい〜、結構早かったのーん」
しかし、イグレットはというと──
「うっ……意識がっ、落ちるっ……!」
黒い風の魔力を一回で出し切ることはなくなったが、少しでも加減を誤ると気絶してしまう。
「あっちは……もうちょっとかかりそうだのーん」
「頑張るのよイグレット!」
そして特訓が始まって一ヶ月経った頃──
「出来た……!! 出来たぁあっ!!」
イグレットはついに魔力を加減して流すことに成功し、右手から黒い風を放出することができた。
「やったわね!! すごいわよイグレット!!」
イグレットとエパはハイタッチし、ティラはニコニコとしている。
「やっとか〜、長かったのーん」
彼女は尻尾をブンブンと振っており、イグレットも非常に嬉しかった。
「でも、こっからがイグレット君の特訓本番のーん」
「これを……剣術に合わせて使ったりするんですよね」
イグレットは果てしない道のりを感じ、ここからはさらにつまずくことが多くなるだろうと思う。
(昔は魔力放出は出来てたけど……抑え込む癖がついてからここまで苦労したし……今度の剣術に組み込むってやつは一切やったことない)
彼は自身の両手を開いて見つめる。
(出来るのかな……)
『自分を疑うな』
(……そうだ。魔力放出だって出来たんだ。出来る!)
ーーー
永獄1648年12月16日。
ティラのもとで暮らすようになって、二ヶ月と少しが経った。辺りは肌寒くなり、乾燥した日が続いている。そして、この日はエパの十一歳の誕生日だ。
「お誕生日おめでとう、エパ」
「おめでとうのーん」
誕生日を毎年祝うのは西黎大陸だけらしく、ティラはこう言ったこと自体久しぶりである。
「ありがとう! 今日はあたしが主役よ!」
エパもあれから時間が経って、徐々にではあるが元気な姿を見せるようになってきた。
「特に贈れる物もなくてごめんね……」
「わちも、何もあげれんのーん」
プレゼントはない。それでもエパは嬉しそうである。
「なくてもいいの、祝われるだけで満足なんだから!」
彼女はかなり満足している様子で、イグレットもここまで元気なエパを見たのは久しぶりだった。
(エパはよく、夜に一人で泣いてる。だけど……いつもは僕とティラさんには涙を見せないから……こうやってエパが嬉しそうにしてると、僕も嬉しいや)
「来年の誕生日は祝ってあげられないから〜、旅に出る時には贈り物を用意しておくのーん」
イグレットはあの日を迎えるまで、日々目にするエパの元気な姿のおかげで、元気を貰っていた。しかし、今の彼女からは底なしの明るさが溢れてはいない。
「僕もその時に用意して渡すよ!」
だからこそ、今は自分が元気を与える番である。
「二人とも……ありがとう! 大好きよっ!!」
エパは笑みを浮かべ、イグレットとティラに両腕を伸ばし、二人まとめてギュッと抱きしめてきた。
「結構……力強いのーん」
「あはは……はは」
「これくらい我慢しなさい!」
彼女の抱擁はかなり力強かった。エパが感じる喜びに比例するように──
ーーー
永獄1649年2月23日。
イグレットとエパが喧嘩した。
と言っても、エパが一方的に怒っている。
「帰るの遅すぎなのよ!!」
「その……でも一応怪我はないし?」
彼女が激怒する理由は、日が暮れて辺りが真っ暗になった頃に、イグレットが外から帰ってくることだった。
「まあまあ、イグレットも多少は戦え──」
「ティラさんは黙ってて!!」
「……はぁい」
イグレットは剣士だ。それ故に外で積極的に体を動かし、剣が重たく感じない程度には身体を鍛え続けなければいけない。
「ご、ごめん……次からはしないよ」
「そう言って何度目よ! もう四回目なのよ!」
エパは昔と比べ、かなり心配性になっている。
「……でも強くなるにはこうしなきゃ」
「だけどっ……危ないことばっかするのはやめて!」
彼女はイグレットよりも歳が一個上で、色々と考えることが多いのだろう。ただ、どんな過程があろうとエパの頭の中心には──
「イグレットがいなくなったら……あたしっ」
もう誰も失いたくない。それがあった。
「……わかった。もうしないよ」
「嘘よ、絶対またするんだから……!」
イグレットは泣き出してしまいそうなエパに近づき、頭をそっと撫でる。
「外に出るのは日が出てる時だけ、約束するよ。僕……エパがここまで心配してるとは思ってなかった」
身体が成長してエパと一緒の身長になったイグレット。彼は彼女を落ち着かせながらも、気まずそうにしているティラを見て、少しだけ恥ずかしくなった。
ーーー
永獄1649年5月6日。
暖かい空気が満ちるこの頃、イグレットは生まれて初めてであろうか、ラッキースケベを体験する。
(体を洗ったら、ティラさんの手伝いでもしようかな)
彼は外から帰った後、すぐに体を洗う。それが習慣となっており、イグレットは毎日の楽しみにしていた。
いつもこの時間に浴室を使う者はいない。浴室に繋がる洗面所で服を脱ぎ、早く入ってしまおう。
そう思っていたせいだろうか。違和感に気が付かなかったイグレット。
彼は目にする。洗面所の扉を開けた時──
「……?」
「え?」
浴室から出たばかりなのだろう、髪は濡れながらも輝いており、布一枚で辛うじて体が隠れてはいるが、露出が激しすぎるエパが──そこにはいた。
「あっ……」
浴室から湯気が溢れていたので、よく見えなかった。ただ、彼女が赤面しているのはわかる。
「その……あはは、待っ──」
「バカァッ!!」
エパのガラ空きの右手はこちらに向けられ、一つの暴言と共に、大量の水が勢いよくイグレットに放たれた。
「ぼふぉぁあっ!」
壁に叩きつけられ、びしょ濡れになって崩れ落ちるイグレット。バタンっと洗面所の扉が閉められる音が聞こえると、ティラが騒ぎを聞きつけやってくる。
「ありゃりゃ……すっごいねーん」
「な、なんで……言ってくれなかったんですか」
「……気づくかと……にゅははは」
「勘弁してください……」
イグレットは脱力して俯く中、エパは洗面所でしゃがみ込んでいた。
ーーー
永獄1649年6月11日。
イグレットは早朝、外に出て剣を振るう。
剣に黒い風を纏わせる彼は、汗を流していた。
「っ……! ふっ……!」
黒い風を纏わせながらの素振りは、ただの素振りよりも何十倍もキツい。一つでも間違えれば気絶するか、膝から崩れ落ちるかの二択。
「……はぁっ!」
三つある流派の中で、龍刃流を扱うイグレット。彼は素早さに依存した剣術を扱うため、とにかく腕を鍛えなければいけない。
「もっと早く……」
だが、もう彼は貧弱ではない。一般的な剣士として見られるほどには、剣を軽く振っていた。魔力の操作も完璧ではないが基準に達している。
「イグレット〜?」
「……エパ?」
「やっぱりここにいたのね」
「う、うん。それにしても早起きだね」
朝練をしていると、ごく稀にエパがやってくる。彼女が来る時は、大体嫌な夢を見たせいだ。
「まあ……こういう日もあるわ!」
イグレットはまだまだ普通の剣士。対して、エパはこの期間でかなり成長している。
「エパに聞きたいんだけど……」
「なに? なんでも聞いていいわよ!」
そのことはイグレットも実感していた。
「旅に出る時、エパは他の仲間とか欲しい?」
そのせいで、最近は成長の実感よりも、焦りが強く頭の中にあり続けてしまう。
「……あたしはイグレットだけで十分よ。でも、イグレットが欲しいならいいんじゃないかしら。戦う時は多い方がいいもの」
エパがそう言ってくれたので、イグレットはホッとすると頷き、彼女の意見に共感を示す。
「ならそれでいいかな」
「なんでそんなこと聞いたのよ」
「……ま、まあ気まぐれみたいな」
「変なの。それより! 早く剣振りなさいよ!」
彼女が急かしてくれた。イグレットはその言葉で朝練を再開する。
(エパがいきなり離れることなんてない……か)
ーーー
永獄1649年8月1日。
早朝、ティラが肩に傷を負って帰ってきた。
「ティラさん!? その傷どうしたんですか!?」
彼女は月に一度、丸々一日出かける時がある。そして帰ってくると毎回疲れた顔をしている。
「ちょっとしくったのーん」
「ティラさんが死んじゃうのなんて嫌よ!!」
「わちそんな簡単に死なないのーん……」
「そ、そうなの?」
床に座り込む彼女を、二人は囲う。
「ティラさん……そろそろ教えてくださいよ。毎月出かける理由」
イグレットはそう言うと、ティラの表情がいつもとは違って、少し暗くなるのを見た。
「……じゃあ言うよ〜ん」
彼女はかなり前に見せてくれた銀色の宝石を、懐からゆっくりと取り出す。
「わちは、元々ギルド所属の魔法使い。ってのは言ったけど、多額の借金を背負ってるのーん」
借金。彼女は嫌そうにそれを暴露した。
「前来た茈牛、あいつを討伐したら借金はチャラ……期限は三年。それで、今年が最後の年。返せなかったら死ぬまでギルドでタダ働きのーん」
かなりの闇を抱えていたティラ。
イグレットとエパは顔を見合うと──
「なら僕たちにも手伝わせてくださいよ!」
「ならあたしたちにも手伝わせなさいよ!」
その言葉が、家の中に響く。
ティラは思わず、笑ってしまった。




