第十五話 普通じゃない
「イグレットだけズルいわよ! あたしが先に教えてもらう約束だったんだから!」
魔力操作、それは剣士にとっても必要な技術。
「あ……そ、そうだよね。エパから先に──」
「別々は面倒〜、同時に教えるのーん」
イグレットもエパも、この技術を極めるべきである。
「まあ一応言っておくけど、わちは魔法教師でもないから、教え方は結構感覚だけど……がんばれのーん!」
その言葉でイグレットは仄かに不安を感じた。
(感覚……どうしよう、すごく教え方が下手だったら)
そんな失礼な危惧をしてしまうイグレットだが、不安に浸かる前に、ティラが早速問うてくる。
「二人は、魔力を扱う時どうやって流してる?」
答えるのが早かったのはエパ。
「こう、体の真ん中からグンッと! ぶわぁ〜って! そしたらくぁあっ! ってして魔法が出るわ……!」
最悪な答え方だが、ティラは理解したように頷いている。イグレットはそんな二人に絶望した。
(絶対感覚重視だ……僕そういうの苦手なのに!)
「次イグレット君〜」
そうして、自分の番が回ってくる。
「えと、えっと……踏ん張ると、手から出ます!」
イグレットの回答も中々に酷かった。
「……たははは、そういう感じ? わかったのーん」
(すごく……バカにされた感じがする)
ティラは苦笑いしながらそう言い、左腕を上に向けて話し始める。
「結論から言うと、二人はやり方を知らないだけ。エパちゃんに関しては、何言ってるかわからないしー……イグレット君は典型的な良くないやり方のーん」
エパがムスッと腕を組む中、イグレットは自分のやり方が良くないと言われて納得した。
(そもそも……魔力なんていつも使わないし……)
「魔力ってのは水と同じだよ。体を川だと考えて〜、手足は分かれ道、頭が源泉で胴体が本川」
ティラはニヤニヤとしながらそう語る。
「頭から魔力は流れる──ってことは、無理に手足や体から出そうとすると、ちょっとしか出ないし、流れに逆らってるから粗くなりやすいんだのーん」
エパはそれを聞き、自分なりに解釈した。
「じゃあ頭からぶわぁ〜ってやればいいのね……!」
それを聞いたティラは諦めたように頷く。
「まあ、エパちゃんは魔法使いだから、魔法陣を経由させるために一回、足まで魔力を流してから手に流すのが良いと思うのーん」
一方、イグレットは少しだけ理解していた。
(流れるように……確かに、手からいきなり出そうとしてたかも)
ティラは左腕から風の魔力を放出する。
「慣れたら意識しなくても出来る。てことで、早速やってみようかのーん?」
イグレットはその声掛けで実践に移る。黒い風の魔力を、意識的に扱おうとするのは久しぶりだ。
彼は右手を誰もいない方向へと向ける。
(頭から体に魔力を流して……)
イグレットは自分の体が熱くなる感覚を味わう。
(手足から……グッと! グゥウアっと!!)
やがて、その熱は全て右手に集った。
「エパちゃん下がって!」
「えっ?」
ティラがエパに向かって飛ぶ。二人は倒れる。
続けて、イグレットは感じたことのない寒気を全身に覚える。そして──右手から黒く染まった衝撃波のようなものが、数メートル先まで地面を抉り取った。
キーンって耳鳴りがする。
イグレットはボーッとしていた。
(あれ……音が聞こえなくなって……あ、れ)
彼は後ろに倒れる──白目を剥いた状態で。
「イグレット!? イグレットっ!!」
エパはティラが上から退くと、すぐに立ち上がってイグレットに近づき、顔の隣に座り込んで頬を強く摘む。それでも彼から反応は返ってこない。
「落ち着いて落ち着いて、死んじゃいないのーん」
「し、死んでないの? ……よかった」
「魔力切れによる気絶、よくあることだのーん」
ティラは気絶したイグレットを見た後に、抉られた地面の規模を見て口角を上げる。
「……制御なしの全開とはいえ、子供がこの破壊力……是非とも魔法使いになってほしいのーん」
そんなことを言うと、エパが猛反対してきた。
「イグレットは剣士になるんだから!!」
「あぁ〜ごめんごめん〜」
ーーー
目が覚めた。イグレットは布を退けて起き上がる。
「……エパ?」
隣では壁にもたれて彼女が寝ていた。
(なにがあったんだっけ……?)
「んぅ……イグレット……?」
すると、イグレットの声掛けに目覚めたのか、エパがこちらの名を呼んでくる。
「おはよう……というか今、夕方なんだ」
窓からは夕日によって茜色の光が差し込み、エパは窓のすぐ下にいたので日陰に染まっていた。
「……」
イグレットはそろそろ立ち上がろうかと思った時、エパが座ったまま床を進み、こちらに抱きついてくる。
「え、え? え」
「心配させないでよ……」
エパは悲しそうな声で言ってくる。どうやら、かなり彼女を心配させていたようだ。イグレットはそれを知ると申し訳なさそうに、エパの背中を撫でた。
「ごめん……多分、倒れたんだよね、僕」
「魔力切れで気絶って、ティラさんが言ってたわ」
エパはこちらから離れて立ち上がると、短い銀髪を靡かせながらイグレットを見下ろす。
「ティラさんが起きたら降りてこいって言ってたわよ。だから早く行きましょ」
そう言う彼女は少しだけ不満そうな表情を浮かべていた。そのせいか、なんとなく怒っているように感じる。
「……怒ってる?」
「べつに……怒ってなんかないわ」
「そう……? でもやっぱり怒ってるんじゃ──」
「怒ってるわよ!! 察しなさいよ!!」
イグレットはビクッとして驚いた。エパはドミテオ王国が滅んだあの日以来、過保護な態度を彼に見せるようになった。
「……は、早く行くわよ!」
そして、エパは駆け足で部屋を出て行く。イグレットもこれ以上待たせると殴られる気がするので、早々に立ち上がって彼女を追いかける。
「おはようイグレット君〜」
「おはようございます……」
プンプンと怒っているエパを前にしながら、ソファに埋もれるティラに挨拶を返した。
「なんか怒らせちゃったのーん?」
「いや……まあ、そんなところです」
エパは目をつぶったままソファにボフッと座り、イグレットは少しだけ気まずい。対してティラは面白がるようにクスクス笑っている。
「とりあえず、ちゃんと起き上がって良かったのーん。お腹とかすっごく空いてるんじゃない?」
そう聞かれると、イグレットは頷く。
「はい、お腹空きました……」
「魔力切れになったから当然当然〜」
ティラはソファから起き上がって、イグレットに指を向ける。
「イグレット君の魔力、正直想像以上だったよーん。今まで魔力関係を鍛えなかった人が、ただの魔力放出で地面を抉り取るのは異例だのーん」
異例。イグレットは首を傾げた。
「普通じゃないってこと。もっと言えば、魔力面は才能があるってことのーん」
イグレットはその一言に、強く反応する。
「才能……僕にも才能があるんですか!?」
だが、予想に反してティラの返しは冷たい。
「いや、剣士をやるなら、むしろ足を引っ張るよ」
イグレットはその場に座り込んだ。
「そ、そんな……そんなぁ」
ただ、ティラはそこで話を終えない。
「まー、上手く使いこなせば強くはなれるよーん」
「え……?」
彼女はソファを降りてこちらに近づいてくると、イグレットの頭を撫でながら言う。
「周りより魔力が強くて、それが剣の邪魔になるだけ。でも言っちゃえば、扱いが上手ければどうにかなるし、他の剣士より強くもなれるのーん」
(他の剣士よりも……?)
「だけど、魔力を使いこなすってのも難しい話。君がこの一年でどれくらい出来るようになるか……それは完全に“努力次第”ってやつのーん」
イグレットは希望を抱く。
努力。それは今までし続けてきた行為。
慣れているわけでもない。好きなわけでもない。
彼にとってそれは、才能のなさからの逃げ道だった。
だからこそ、努力と聞いて口角が上がる。
道は見えた。やることも決まった。
ならばどうするか──
「努力なら……僕、たくさんできます!」
やるだけである。
「にゅははは、良い意気込みだぞー、ただ明日からね。今日はゆっくり体を休めるのーん!」




