第十四話 猪突猛進
「エパちゃんはさ、憧れの魔法使いとかいるのーん?」
「憧れ……? う、うーん、わかんないわ」
ソファでくつろぐ二人は、イグレットが出かけた後も会話をし続けていた。
「珍しいね、みんな大体いるけどねーん」
ティラが言うように、大体憧れは持っているものだろう。ただ、思えばエパに、憧れの相手などはいない。
「あんまり考えたことないの、そういうの」
ティラはそれを聞いた後に頷き、少しして口を開く。
「わかりやすく憧れるなら、君級魔法使いの誰かを目標にしておくといいのーん」
エパはそう言われると、現存する七名の君級戦士のうち、五名の君級魔法使いの異名を思い出した。
(キリートが教えてくれた五人……確か──)
癒永──
枯星──
墜楼──
川霍──
龍詠──
(だった……はずよね? 憧れ? いないわよそんなの……だってどういう人たちか知らないもの)
エパはしばらく難しい顔をして考えていたので、見兼ねたティラは話題を変えるようにこの話を終わらせる。
「ま、憧れなんてなくてもいいさー。とりあえず、エパちゃんは魔法の精度を上げるために、今から魔力操作の特訓でもしようかのーん」
彼女はそう言って立ち上がり、エパもそれに合わせて立ち上がる。
「魔力操作の特訓って何をするのよ?」
「エパちゃんの意識を変えさせるだけだのーん」
よく理解はできない。ただ、ティラは家の外へと歩き始めたので、エパも置いていかれないように駆け足でついていく。
ーーー
「エパちゃんは、魔法の威力自体は強いからねー。でもほんと、魔力の流し方が雑すぎる。てことで、わちが今から色々教えてあげるのーん」
外に出た二人。歩く中で饒舌に話すティラは、立ち止まって振り返り、腰に手を当ててエパを見る。
「雑……でも、あたし綺麗にやってるつもりよ!」
「のんのんー、まあまあ、教えてあげ──」
すると、エパはティラの肩の先、遠くではあるがイグレットが見えたので、思わず名を叫ぶ。
「イグレット!!」
「うわぁ!? び、びっくりした」
ティラは驚いて振り返ると、エパが叫んだことに納得する。
「早いわね。もう疲れたのかしら?」
「いやぁ、そんな弱っちい子なのーん?」
「イグレットは弱くないわ!」
「ご、ごめんのーん」
エパに気圧されたティラは、苦笑いしながら水晶玉を懐から取り出す。
「エパちゃんってさ」
「ん、なにかしら」
そして、水晶玉を左手に握るティラは言う。
「イグレット君の……黒い魔力は知ってるのーん?」
エパはそれを聞き、即答する。
「知ってるわ。黒い風の魔力でしょ。あたしも昔から見てきたし……それがどうかしたの?」
彼女は水晶玉を上に投げ、それを浮かせ続けた。
「そう黒い風の魔力ね。それでさ、うーん……まあ結論から言うと、やっぱり予想通り──イグレット君のおかげで、デカいのが来ちゃったのーん」
エパはティラが何を言ってるのかわからない。そして、次第にイグレットはこちらに近づいてきている。
「デカいの……?」
「そうそう、まあ、ここが廃村になった元凶ね」
それでも、理解できないなりに、なんとなく嫌な予感がし始めた。
「はぁっはぁっ……」
そう感じ始めた時、イグレットが二人のもとに帰ってくる。
「イグレット、早すぎない? もっと走ったほうがいいんじゃないかしら!」
「あは、はは、そうなんだけど、僕ティラさんに──」
濃い紫の電撃が走る。
咄嗟に、ティラがイグレットの手を引き、結界のようなものを発生させ、完全にそれを防ぎ切ってみせた。
「……え?」
「間一髪、危なかったのーん」
イグレットは振り返ると、少し先に大きな牛が見えた。続けて、エパが驚いたように声を発する。
「なんで!? さっきまでいなかったわよ!」
二本のドス黒い角を持つ牛は、身体中に発光する紫の模様を刻んでおり、赤い瞳がこちらをジッと見つめていた。
「二人とも、良い機会だしちょっと見てなのーん」
ティラは水晶玉を浮かせたまま指をパチンと鳴らすと、ドーム状の青い結界が発生した。彼女だけが結界の外に出ていく。
「ティラさん!」
イグレットは叫んだ。危険だからだ。あの牛は魔物である。加えて、見た目からしてかなり強そうだ。
「大丈夫大丈夫ー、わち、強いのーん」
とんでもなく慢心しているティラ。結界の中に残された二人は不安を抱えて、彼女の背中を見続ける。
「イ、イグレット! ティラさん止めなきゃ死ぬわよ! もうこれ以上、良い人が死ぬなんて嫌よ!」
エパがそう言って走り出すと、結界から出ようとした瞬間、ゴンッと空間に頭をぶつけて尻もちをついた。
「いったぁい! なによこれぇ……」
「ティラさんが多分……内側から通れない結界に変えたんだ」
エパはその事実に青ざめる。
「じゃ、じゃあどうするのよ!!」
「ティラさんの自信を信じるしかないよ……」
イグレットとエパは、彼女が強いことを知っている。それでも、あの魔物と戦うのは危険だと思った。
一方、ティラは余裕そうに体を伸ばしながら歩いており、懐からもう一つ小さな水晶玉を取り出す。
「元凶退治、今日は出来るかのーん?」
ーーー
ティラ・パラメルノ。ここ、東勢大陸──フィエルテ王国領土内にて、ギルドに所属していた魔法使いの一人。
彼女は現在、ある理由で魔物討伐をしている。
(帥級魔物、茈牛。しぶとすぎてギルドが諦める理由がわかるのーん)
「ま、どうにかなるのーん」
ティラは水晶玉を少し先に見える茈牛に向けて投げ、片目を閉じた。
「モゥォオオオオオオン!!」
戦いの火蓋が切られる。
「颶風蒼!」
ティラの足元に青く巨大な魔法陣が浮かぶ。
そして、茈牛が紫の電撃を纏いながら向かってくると、直線上故に先の水晶玉に接近した。
それは悪手と言える。なぜならば、ティラの魔法は水晶玉を起点に発生するからだ。
「モァアアアアア!!」
颶風蒼。
帥級魔法に分類される、水と風の混合魔法。巨大な竜巻に水で出来た斬撃を纏わせることによって、とてつもない破壊力を誇る魔法である。
「ぼちぼち、将級目指そうかのーん」
茈牛が高く打ち上がり、ぐるぐると回転しながら地に向かって落ち始めた。案の定、その巨体は地面に強く叩きつけられた。
(死なないよねーん)
「モルァアアアアアアア!!」
身体中が鮮血に塗れる茈牛は、咆哮を上げると快晴の下、激しく発光して走り始める。
「風群針、水沈!」
ティラは懐からもう一つの水晶玉を取り出し、体の中心で固定すると、左右の空間に魔法陣を浮かばせた。
茈牛に向けて彼女は指を二度、パチンと鳴らす。
「ボォオォオオオオ!!」
一つの魔法陣からは風を硬く固め、尖らせた弾丸を大量に発射した。次に残る一つの魔法陣は、大量の水を地面向け放出し、茈牛の足元を濡らす。
それにより地面は軟化し、茈牛の巨体に耐えきれず足を絡めとる沼へと変化する。
(にしても……体力は無限かのーん?)
しかし── 茈牛は尽きない。
風の弾丸によって身体中が凹み、皮膚が砕かれ血が噴き出そうと、死に至るには到底ダメージが足らない。
「ッモォオオ……モォオオウウウ!」
足を沼から引き抜き硬い地面の上に出た茈牛は、ティラを睨みつけて鼻息を荒くする。
(……ダメージは入ってる。変なことしなきゃ、このままわちが勝ち切れる。だけど──)
戦闘が再開されるかと思った矢先、茈牛は紫の電撃を纏って後退し始めた。
(だよね。毎回逃げるのーん)
茈牛はこのまま戦う選択肢を取らなかった。これでティラは、三回目の逃亡を許すことになる。
「追ってみろって感じだのーん」
深追いすれば確実に、相手が有利になってしまう。
(……それにしても、イグレット君の黒い魔力は困っちゃうのーん。魔物を引き寄せるなんてねーん)
ティラはジリジリと下がり続ける茈牛が、視界から消えるまで警戒を解かなかった。
ーーー
イグレットとエパのもとに、ティラが無傷で戻ってくる。戦いの一部始終を見ていた二人は、すっかり彼女の実力を信用しているようだ。
「わちは強いんだのーん!」
結界を解いたティラは、水晶玉を自身のもとに帰ってくるように操作し、左手でキャッチして懐に入れる。
「あんなに強いなんてすごいわ! あたし、ティラさんが絶対に怪我すると思ったのに!」
失礼なことを堂々と言うエパ。ティラは頭をかきながら苦笑いしていた。
「本当に強い魔法使いさんなんですね……!」
続けてイグレットがそう言うと、ティラは言葉を彼に返す。
「にゅははは、嬉しいのーん! ……あっ、イグレット君、言っておくけど、あいつが今来たのは君のせいでもあるんだからねーん」
そう言われたイグレットは、きょとんとしてしまう。
「君の黒い風の魔力、特異な魔力のせいなのか、魔物を強く誘き寄せる力があるのーん」
(……そうなの? 僕の黒い風の魔力に……?)
ティラは腕を組み、忠告するように話す。
「つまり! 君が旅する時は人よりも数倍危険、一年かけてめちゃくちゃ強くなってもらうのーん」
そこで、イグレットは思い出す。
「そ、そうなんです! 強くなりたくて帰ってきたんですよ!」
「イグレットも魔法を使うの?」
エパの言葉には首を横に振るイグレット。
「強くなりたいって、どういう意味のーん?」
ティラの質問に、イグレットは答える。
「僕に、魔力の扱い方を教えてください!」
その一言に、彼女はニマニマと笑顔を浮かべた。




