第十三話 本物の魔法
永獄1648年10月3日。
イグレットは現在の日にちをティラに聞いて知る。
そして、この日から一年後の旅に備え、彼とエパは前よりも本格的な修行を始めた。
「え〜? 将級剣士に魔法を教えてもらってたのーん? すっごいね、その人〜」
「キリートって言うのよ。すっごく強いんだから」
今は家の外にて、ティラとエパが会話している。そんな二人を見るイグレットは、キリートの面影をティラに重ねる。
(キリート師匠は無事なのかな……)
イグレットは一年後の旅の中で、自身の両親、エパの両親、キリートの行方を明らかにすることが目標だ。
大陸は多く、世界は広い。一生かけても見つからない可能性がある。それでも探してみたいと思う──イグレットは遠くにそびえる大きな山脈を見る。
(……この一年で強くならなきゃ)
「エパちゃんの師匠はすごいんだねー、ま、とりあえず魔法見せてのーん」
イグレットが考え事をしている間にも、二人の会話は進み、エパが今から魔法を放つようだ。
「いくわよ……! 水砲!」
エパの足元には青い魔法陣が出現し、彼女が右手を斜め上に向けると、そう呼称して魔法を放つ。
水砲。
中級に位置する水属性魔法。一直線に水を勢いよく放出し、水圧で敵や物などを破壊する魔法である。
「……どうかしら!」
エパの放つ魔法は威力が強かった。加えて、魔法の杖なしで魔法を放つのも特異だと言えよう。
「おー魔法の杖なしでー、威力は上級に近いのーん」
「そうなの? や、やったわ!」
彼女がぎこちなく喜ぶと、ティラは続けて話す。
「ただ、扱いが雑すぎるのーん」
「……扱い?」
ティラはダボダボの黒い服を着ているので、懐からよく物を取り出す。今回は小さな水晶玉を取り出した。
「精度だけを見て、それを魔法の等級で言ったら……まあ下級以下、威力だけは上級並みだのーん」
エパはそれを聞いて信じられないようである。
「う、嘘よ! キリートはあたしを褒めてたのよ!」
「所詮将級の剣士でしょ? わちは帥級の魔法使い、剣士と魔法使いは全くの別物のーん」
その言葉でカッとなってしまいそうになるエパだったが、なんとか感情を抑え込んで話を聞く。
そんなエパの様子には気が付かず、ティラは水晶玉を左手に握り、空に向けてそれを掲げた。
「今のエパちゃんの魔法は、魔力放出に近いのーん。だから見せてあげる、本物の魔法ってやつをねー」
ティラは水晶玉を手放すと、それは浮き始める。そして、彼女は両手を擦り合わせると、二つの魔法陣が体の左右に出現する。
すると、次第に快晴であったこの地域を曇天が覆い、大量の雨が降り始める。イグレットとエパはずぶ濡れになるが、そんなことどうでも良かった。
「……災裁雲河」
呼称、ティラはそれを行い、魔法を発動する。
次の瞬間──閃光が辺りを駆けた後、ティラの向いている方向にあった家に、轟音が鳴り響いて雷が落ちた。
(……え? これが、魔法?)
誰も住んでいないボロボロの家は、落雷によって黒く焼け焦げ、木っ端微塵になっている。続けて、雲が空から消えていき、瞬く間に日が差し始める。
「これが、魔法のーん」
びしょ濡れで水滴をポタポタと垂らすティラは、ドヤ顔でそんなことを言う。
「ティラさんは……水と雷魔法の使い手なんですか?」
イグレットは質問した。
「んー、違うのーん。災裁雲河は、水魔法と風魔法の混合魔法! 雷はただの副産物のーん。わちは、水と風の使い手のーん」
ティラは帥級魔法使いであり、水と風を扱うようだ。それにしても、とてつもない魔法であった。これが帥級魔法なのである。
「す、すっごいわ……今の、魔法なの?」
エパの常識が覆された。生まれて初めてこの規模の魔法を見たので、驚きが隠せなかったのだ。そして、彼女はずぶ濡れになりながらティラに近づく。
「そう! わちはすっごいのーん!」
ティラは嬉しそうに水晶玉を左手で掴み、懐に入れるとエパの前で胸を張ってみせた。
(キリート師匠の魔法もすごかった気がするけど……流石魔法使い……これが魔法なんだ。でも──)
イグレットは髪をかき上げる。
「その……ティラさん。お風呂入りません? このままじゃ風邪引きそうですし……」
彼の一言でティラは目を伏せて苦笑した。
「にゅははは……ま、まあちょっと濡れすぎたのーん。お風呂行こう、魔法の特訓はそれからのーん!」
「……なんでこの魔法にしたのよ」
「なんか……すごそうだったからのーん」
「濡れない魔法だったら完璧だったわ」
ティラはエパかのその一言で肩を落とす。
ーーー
「エパちゃんは水と草の魔法使いなのーん?」
「そうよ、あたしはそれが良いと思ったの」
イグレットが入浴を終えた頃、二人は家の中でソファに座り、くつろぎながら話していた。
「水は教えるの得意のーん」
「草は苦手なの?」
「草は……ちょっと」
「……なら水だけでいいわ」
二人はどちらも魔法を使う者たち。イグレットが会話に入る隙なんてない。
「僕、ちょっと走ってきます」
なので、体力作りでもしようと思った。
「おー、了解のーん」
「……魔物なんかに襲われるんじゃないわよ!」
エパが心配した様子でそう言ってきたが、イグレットは軽く笑う。
「心配しすぎだよ。襲われそうになったら逃げるから」
納得はしてなさそうなエパ、イグレットはその様子を見ながらも、剣を腰に差して外に出る。
彼は走り出すと、家から離れていく。
走る中で、イグレットは思うことがあった。
(このままだと、僕……置いていかれるんじゃ?)
エパは魔法使いとしての才能がある。故に、イグレットの鈍才ぶりに比べれば遥か高みにいる。
「はぁ……」
呼吸に混じってため息が漏れた。
(一年も経ったら、エパがすごく強くなって……僕は弱いままなんてのもあるかもしれない)
イグレットは、自身が強くならない理由を知っているつもりだ。
(黒い風……だいぶ抑えられるようになったけど、油断するとすぐ出てきて剣がブレるし、抑えるのに集中しちゃって剣振りにくいし……)
走るスピードが上がり始めるイグレット。
「っ……」
(黒い風なんてなければ、僕はもっと強くなれるかもしれないのに……!)
うんざりする。この黒い風のせいで、イグレットは苦労することばかりだ。
(……ただ剣を振っても、上達してる気がしない)
道を間違えたのではないだろうか。もっと幼い頃、そう、六歳の頃にでもやめるべきだったのだろう。
(魔法……魔法使いだったら、僕は……)
剣士、なぜ自分はこの道を進んだのだろうか。
『自分を疑うな』
ふと、父親であるルカットの言葉を思い出した。
「……」
まだ剣を握って少しした頃に言われた言葉である。
(父さん……僕は──)
『君の扱い方が悪い』
キリートの言葉も続けて思い出す。
(……そうだ。そうだっ! 扱い方が悪いんだっ!)
あの頃、あれ以上キリートは深掘りしてくれなかった。というよりは、こちらが聞かなかったため、彼女も忘れていたのだろう。
すっかり忘れていた。
(僕は……抑え込むことに必死で、扱おうとしてなかった。言ってたじゃないか……キリート師匠は、剣士は魔力を使わないと弱いままだって……!)
イグレットは立ち止まる。
「……魔力」
そして振り返り、遠くにあるティラの家を見た。
「僕も……教えてもらおう」
黒い風は魔力。ならば、扱い方を知るべきである。
そう思った時にはすでに、イグレットは来た道を走り始めていた。




