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黒剣塵拙 -不吉な黒風に纏われし鈍才-  作者: ガリガリワン
第二章 東勢大陸 廃村編

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第十一話 西から東へ


 イグレットは茶色い草地にて、なぜこんなところにいるのかと、キリートと別れた後のことを思い出そうとする。


(……迷宮、迷宮に入ったら……どうなったんだっけ)


 記憶には霞がかかったようであり、鮮明には思い出せない。ただ、ここが西黎大陸(せいれいたいりく)──言わば自身が住んでいた大陸じゃないことはわかる。


(父さん……母さん、それにキリート師匠も、みんな、みんな無事なのかな……)


 イグレットは生まれて初めて触れる草の上で、気を失っているエパを見ながら、強く拳を握りしめた。


(……僕は……もう、みんなには会えないの?)


 残ったのは唯一の友であるエパと、父が誕生日にくれた綺麗な剣のみ。


「うぅ……」


 彼はエパの隣で膝をついて座り込み、ボロボロと涙を流し始めた。涙が乾くことはなく、しばらくその状態のままで、動くことなどできなかった。


 やがて、エパが目を覚ます。


 ゆっくりと目を開けた彼女を見て、イグレットはどうにか泣き止むように息を止める。


「……イグレット」


 エパはいつもとは違う、静かな声でこちらの名前を呼んできた。


「目が覚めたんだね……」


 涙を拭ったイグレットは、エパの顔を見ながらそう声を掛ける。


「…………お父様と、お母様……キリートは?」


 彼女のその問いに、イグレットは答えられない。


「……そうよね。わかんないわよね」


 エパは脱力してため息を吐くと、生まれて初めて草に包まれる感覚を味わいながら、青空を見続ける。


「あたしたち……どうなるの」


 彼女はこの清々しい晴天を視界に映しながら、涙声でそんなことを言い、次第に泣き始めた。


 イグレットはただ無言で、彼女のそばにいてあげることしかできない。何も解決策など思い浮かばない。絶望のみが、残酷なほどこの美しい風景を濁す。


(……どうすれば。いや……決めなきゃ)


『その腰の剣に聞いてみろ』


 師匠であるキリートの言葉が、頭の中でこだまする。そして、イグレットは彼女が泣く中、鼻をすすって息を呑み、ゆっくりと口を開く。


「エパ」

「っなによ……」


 イグレットは空を見上げながら言った。


「僕たちで、みんなを探そう」

「探す……?」


 エパは流れる涙を止め、イグレットの方に顔を向けながら、少し上体を起こす。


「探すってどうやって……!」


 彼女はそんなのどうやるんだと、こちらの無謀に聞こえる提案に言葉を返した。


「わからない」

「わからないって……なんでそんな適当なのよ!」


 エパは怒った。イグレットは息を深く吸う。


「でも、生きなきゃいけない。前を向かなきゃいけない。もし……みんながもういないんだとしたら、僕たちは生き残ったんだ。だったら──」


 イグレットは空から視線を外して彼女の目を見る。


「歩き続けなきゃ……僕らは、これからを」


 その言葉には、彼なりの決意が込められている。


 生きる。その行為が、どうしようもなく難しい。

 それでも生きる。何もわからないまま死ぬのは、嫌だとイグレットは思った。故に進み続ける道を選ぶ。


「歩き続ける……?」


 エパはあまり理解は出来ていない。だが、イグレットが何を言いたいかは仄かに感じ取っていた。


「……イグレットは、いなくならないわよね」


 不意にそんな言葉を漏らすエパ。イグレットはそれを聞き、彼女の右手を両手で優しく包み込む。


「いなくならないよ。さびしいもん」


 その返しに、エパは顔を俯かせて肩を震わす。


「なら……ならあたしも歩く。一人じゃ嫌だけど……そう言うなら歩いてあげるわ……」


 彼女は安堵したのか肩の力を抜き、再びイグレットに目を合わせてそう言い切る。


「……とりあえず、歩こっか」



 そうして、二人の子供は生きる道に進む。


 たとえ絶望に呑まれ、辺りが果てしない闇に包まれても、きっと歩き続ければ、光があるはずだから。


 イグレットとエパは前を向く──


 二人は立ち上がり、同じ方向を向いて歩き始めると、互いの髪の毛が、木々を抜けてきた風によって靡いた。



 ーーー



 東勢大陸(とうぜいたいりく)。

 大陸全土に茶色い植物が生えている巨大な大陸。


 イグレットは本で得た知識を基に、ここがその大陸だと断定した。気温は西黎大陸(せいれいたいりく)よりも涼しい。


「近くに村とか……町とかないかな」


 自分たちが先ほどまでいた草地を囲む木々を抜けると、すぐに平原に出ることができた。


「道とかあればいいわね」


 ただ、道が見えない。というよりは、ない。


(飲み物はエパの魔法でどうにかなるけど……食べ物とか泊まるところ……お金もないし……)


 イグレットは少し焦っている。生きるためには一刻も早く、食べ物などを見つけなければいけない。


「とりあえず……進もう」

「そうね、止まってちゃ意味ないわ……!」


 現状はエパも理解している。


(日の位置……まだ夜までは時間がある……)


 イグレットは度々、空を見上げて太陽の位置を確認する。そして、今の時刻は昼頃だと推測した。


「ねえ」


 エパがイグレットの服を掴む。


「ん、なに?」


 横並びに歩いているので、イグレットは彼女を見た。


「……ずっと思ってたんだけど、イグレットってあたしより年上みたいよね。頭良いし……」

「急にだね……そんなことないと思うけど」


 彼女は前を向きながら続けて話す。


「こういう時って、普通はあたしがイグレットを支えなきゃいけないのに……」

「……年上とか関係ないと──」

「関係あるの! あたしだって気にするのよ?」


 プライドの話だ。しかし、よくよく考えてみると、イグレットは彼女に対して共感する。


「……まあ、確かに」

「そう、だから……その、なんて言えばいいのかしら」


 エパは顎に手を当てて考え込む。


「あっ、頼りなさい! そうよ! あたしを頼っていいんだから! イグレットは一人じゃないのよ!」


 彼女は強くそう言う。一人じゃないと。

 それに対し、イグレットは無言で微笑み、頷く。


「な、なによ」


 そんな彼に対し、エパは少し眉を下げる。


「いや、嬉しいんだ。エパがちょっと元気そうで」

「は、はぁ!? べつに元気なんかじゃないわ! 全然まだ悲しいんだから!」

「あははは、じゃあ僕と同じだね」

「もう何よそれ……違わないけど」


 二人はなんとか気を保っている。未知の地、身近な人たちとの別れ、これからに対する不安。押し潰されそうだ。けれども、孤独ではない。


「……僕はエパに頼ってるよ」

「そ、そうなの?」

「うん。一人じゃないって思えるから」

「……あたしもそれは……同じよ」


 二人がそんな会話を交わしてから、どちらかが再び口を開くのは、数十分も後のことであった。



 道を見つけた。ここだけ草が禿げている。


 イグレットは地面から前へと視線を向け、それがどこまで続いているのかを、目を細めて確認した。


「……もしかしたら村があるかも?」

「絶対あるわ! じゃなきゃおかしいんだから!」


 彼女は嬉しそうに言って、一足先に前へスキップして進み、イグレットもそれを追いかける。



 ーーー



「あの……さ。ここって……」


 イグレットとエパは村に辿り着いた。


 しかし──


「“廃村”じゃないの!!」


 建物は崩れており、人も見当たらない。加えて、まだ道が禿げているということは、最近まで人がいたということ。運が悪い。


「もう日も暮れるし……今日はここに泊まろう」

「えぇ? あたしたち、こんなところで寝るの?」


 エパがドン引きしたように言った。


「うん。野宿よりはマシだろうし……まだ壊れてない建物も見えるから、そこに泊まろうよ」


 イグレットはまだ壊れきってない建物を指さし、エパに提案してみる。


「……わ、わかったわよ」


 すると、彼女は渋々その提案を呑み込んだ。



 そして、廃村の中に入り、二人は辺りを見渡す。


「……食べ物とかないかな?」

「どうせ、あっても腐ってるわよ」


 そのことを考慮すると、果実の成っている木などがあれば、非常に幸運と言えよう。


(最悪、エパを家に残して僕が探しに行けばいっか)


 そんなことを思いながら、イグレットは今日泊まる家の前にやってきた。二階建てのなんの変哲もない家、エパはそれを見て腕を組む。


「ふん、小さい家ね」

「お城と比べてる……?」

「……比べなかったら、そこそこね」


 彼女の評価はそこそこだ。


(元々他人の家だけど……今はいいよね?)


 イグレットは家を見ながらそう考え、エパよりも先に家の中へと入る。


「……ベッドとかあるかしら?」


 背後から彼女が話しかけてきた。


「ありそうじゃない……? 綺麗だし」


 そう、家の中は綺麗であった。

 この廃村で唯一壊れていない建物なだけはある。


(……というか、人が住んでそうな感じする……)


「……綺麗すぎるわね」

「ここ、人住んでるんじゃないかな」


 家の中は妖しく光る液体が入った瓶や、木の枝などが一箇所に集められている。加えて、天井からは光る木の実がぶら下がっていた。


「……あれ食べられるのかな」

「食べてみましょ!」


 二人が前に進む、そしてその時──


「ハァ? あれ食ったら死ぬよーん」


 咄嗟に振り返った。そしてそこには、二人と同じ身長ほどの女性が、大きな水晶玉を抱えて立っていた。


「……そんな驚いてどうしたのーん」


 彼女は、犬の耳と尻尾を持ち、人の容姿をしている。


「あ……その」

「ど、泥棒なんかじゃないわ!!」


 エパがそう叫ぶと、犬耳の女性は笑って言う。


「どっちでもいいのーん」


 この家は、彼女の物なのだろうか。

 そして自分たちはこれから、どうなるのだろうか。

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