第十話 転機・序
世喰──その名の由来は多く存在する。
一夜にして村の人間が全て喰われた──
半日で町が破壊され尽くした──
一日で小国が潰れた──
その他にも多くの被害記録が各地に残されていた。
まさに天災。彼女は、チラテラ・ベゼドルブ。
君級邪族であり、罪誓に属する厄災の体現者。
そして今、その厄災はドミテオ王国に襲いかかる。
「さぁみなさ〜ん。ぜぇんぶ、いただきましょう」
チラテラはそれを合図に、両手で持つ大きな魔法の杖を空に掲げ、ドス黒い暗雲でこの国を覆う。
そして、彼女の背後は真っ青に燃え盛り、地面から大量の魔物が出現する。皆、青い体である。
「チラテラだっ……逃げろ逃げろぉお!!」
一人が叫び、その声を聞いた町の者らが走り出す。
戦うことなど無意味、勝てるわけがないのだ。
「きゃっはははは!」
チラテラの笑い声一つに、多くの悲鳴。
地獄が始まりかけている。
ただ、それを止めようとする者が現れた。
「悪寒感じ帰れば世喰。飯食うとけば良かったわい」
一人の老人が、逃げる群衆の中を突っ切り、チラテラの方へと向かってきている。そして、彼女もそれには気がついている。
チラテラの顕現させた魔物たちが動こうとした。
「待て。あのお爺様は私一人で充分ですよぉ」
そう言って魔物を制止するチラテラ。古びた魔法の杖を右手に持ち、銀の顎ひげを伸ばす老人に対し、彼女は一対一の勝負をすることにした。
「ルドラと、エパは元気かのう」
老人の名は、水漠、ジャバネ・ミルティア・ダッドアード。今年六十一歳になる将級魔法使いであり、ドミテオ王国の国王である。
「喰らい甲斐がありそうですねぇ〜……」
彼は前線の敵が全て消えたことによって、ドミテオ王国に帰ってきていた。そして、この国の希望として君級邪族に立ち向かう。
ーーー
「キリート師匠! どこに向かってるんですかっ!」
一方、イグレットは、エパと共にキリートに抱えられ、ドミテオの町からどんどんと離れていた。
「“迷宮”だ」
「迷宮!? なんでそんなところ行くのよ!」
迷宮。原因不明で自然発生する巨大な地下構造物。
「父さんも母さんも……置いていけないです!!」
「あたしだってお父様とお母様から離れたくない!!」
迷宮は誰もが知る危険な場所だ。
「キリート師匠、降ろしてっ! 僕はっ!」
「早く降ろしなさいよ! 離れたくないわ!」
移動に抵抗する二人に対し、キリートが口を開く。
「戻れば死ぬぞ」
彼女の声には、いつもの暖かさがなかった。
「し、死ぬって……じゃあお父様とお母様は?」
エパがキリートに問いかける。
「……生き残る保証はない」
沈黙が訪れる。キリートが砂の上を駆け抜ける足音、風を正面から受ける際の衝突音。それのみが耳の中でこだました。
「…………父さんは、母さんは……死ぬの?」
イグレットはそう言葉を溢す。
「わからない」
キリートはすぐにそう返してきた。
「……」
エパは声も発さずに、ただ黙り込む。
(父さんが死ぬ……? 母さんも……? なんで? なんで死ななきゃいけないの? 嘘だ、そんな、死ぬはずがないよ。だって……父さんと、母さんが?)
イグレットは受け止めきれていなかった。目を見開いて、パニックになってしまいそうであった。
「小さな迷宮には奴が来る可能性が低い、魔物は君らでも倒せる。危険だが外よりはマシだ」
キリートは先ほどからつまずくことが多く、上手く走れていない。
「……ちょっと待ってください! キリート師匠っ、まさか一人で行こうとしてるんですか!?」
イグレットがそう聞くと、彼女は無言のままだ。
「だったら僕も連れてってください!」
すると、キリートが足を止める。
「……この先に見える洞窟があるだろう。あの中に迷宮の入口はある。行け」
二人を降ろし、キリートは町の方へと顔を向けた。
「嫌です師匠! 見殺しなんて……僕はっ!」
イグレットがその言葉を口にした瞬間、キリートは鞘から静かに剣を抜き、歩き始める。
「イグレット、君はもう十歳の男だ。自分で決めろ。今から町に戻って無駄死にするか、迷宮に入って一難が去るのを待つか。その腰の剣に聞いてみろ」
キリートは待ってはくれない。どんどんと彼女は離れていく。
「待ってキリート! 置いてかないでよ!」
エパが彼女の背後から抱きつき、引き留める。
だが、キリートは止まらずに歩み続けた。
(……僕が? 僕が決めなきゃ……僕がっ……)
父から貰った剣に右手を当てるイグレット。
彼は知らなかった。自分で何かを判断し、重い決断を下すことの難しさを。そして、今までこんな機会などなかった──
常に、誰かに後押しされて動いてきた。
『好きに生きろ』
わかっている。そんなことはわかっている。
「キリートっ! 止まってよ!」
「エパお嬢様、私は戦わなければいけない者です。ですから、ご理解ください。私は戦士であり剣士です」
エパの制止に対して、キリートはそう言った。
その時、エパは彼女を掴む手から力を抜いてしまう。
「エパ、行こう」
「え?」
イグレットはエパの背後に立っていた。そして、彼は短くそう伝えると、エパの手を優しく握る。
「行くって……町に?」
「迷宮に」
彼は歩き出す。キリートに背を向けて。
エパはそれに強く抵抗した。
「離してっ!! なんで行くのよ!!」
「……僕らは、生きなきゃいけないんだ」
ふと、イグレットの顔を見たエパは、彼の瞳が潤んでいることに気づく。そして、ゆっくりとキリートの方へ視線を向ける。
「イグレット……」
キリートは何も言わずに歩き続けていた。
「行こう。早く」
イグレットは再び、エパに言う。
「…………」
エパは無言のまま、柔らかい砂の上をゆっくりと歩き始め、イグレットの背中に体を寄せる。
二人がそれから振り返ることはなかった。
ーーー
キリート・ユルドジア。今年で三十一歳を迎えた女性の剣士。将級剣士で、異名は赤冥。
彼女は弟子のイグレットと、護衛対象であるエパを町から離れた場所に置き去りにした。そして、町へと向かって走っている。
(……イグレットは、強い。人として強い。私なんかよりも、ずっと……ずっと強い)
赤黒い髪の毛を風に靡かせながら、速く走り続けるキリート。
(私は子供の頃に……あんな決断なんて出来なかった)
彼女は歯をくいしばりながら、前を向き続けた。
(……この世界は醜く理不尽だ。どれだけ頑張ろうと、一つの悲劇的な出来事で全てが終わる)
キリートはこの世界が嫌いだ。
(理不尽……それを受けたイグレットは……それでも生きることを選んだ。ちゃんと自分で考えて……)
イグレットはエパよりも、冷静に物事が判断できる。だからこそ、キリートは彼を頼った。
(……もし、もしまた会うことがあれば……その時は謝りたい。私がもっと強ければ、強ければ良かっただけ)
キリートは顔を歪める。
(私は、結局……何も守れないのか?)
ーーー
数十回ほど、大きな爆発が聞こえた。
ルカットは、ユラコアと共に逃げている。
「……デカい魔力が消えた。負けたぞ……将級が」
君級と将級には圧倒的な差がある。
国王であるジャバネはおそらく、敗北した。
「どうでもいい! イグレットはっ……!」
二人は走る中で、現状に絶望している。
「キリートと一緒にいたはずだ……大丈夫、イグレットなら死なないさ。俺たちの息子だぞ?」
根拠なんかない。ただ、それでもこの言葉に縋る。
“俺たちの息子”──それを言わないと今にも、膝から崩れ落ちてしまいそうになるからだ。
「……わかってる……けど」
「いいから走れ! 死ぬぞ!」
「え、ええ……!」
自分たちの命より、息子のイグレットのことが頭から離れない。なら尚更、全てを知るには生きねばならない。だから二人は走る。
そこら中から悲鳴が聞こえる中、一心不乱に走った。
町から早く、町から遠く、離れなければいけない。
生きるために。
ーーー
チラテラは肉を食べていた。顕現させた魔物が町を破壊する中、ゆっくりと。
「まぁちょっと、手こずりましたかねぇ」
屍と化した名高い魔法使いの上に座り、口元を血に染めながら話す彼女。
「でも、歯応えはなかったですねぇ」
彼女は隣に立ち尽くす、身長四メートルの巨人を見上げる。そして、真っ青な体で顔がないそれを見て、妖しく笑う。
「巨食。待っててくださいねぇ。いっ〜ぱい、今から食べれますからねぇ」
その日──ドミテオ王国は滅亡した。
逃げ出した民も多いが、大半の民が死亡。
王家は国王のみが死亡。後継も行方不明。
呆気ない終焉。ただ、この世界ではよくあること。
小国とは争いの末に潰えるか、君級邪族に潰されるかの二択。この国の運命は、元々決まっていたのだ。
ーーー
イグレットは目を覚ました。
迷宮の中ではなく──茶色い草が生える草地にて。
「…………?」
隣でエパが倒れていた。イグレットは起き上がって辺りを見渡すと、自分たちは木々に囲まれていた。
「みんなは……?」
その言葉が、不意に口からこぼれ落ちた。
第一章 西黎大陸 紛争地帯編 -完-
次章
第二章 東勢大陸 廃村編
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
次章からは旅が始まり一気に世界観とキャラが増えていきますので、お楽しみください。
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