第58話 それぞれのルート
それぞれの指針が決まったところで松原が帰ろうとする
煙草に火を付けて坂を下ろうとした彼を安斎が呼び止めた
「協力して貰って感謝してます松原さん」
「……良いもんだよな 身内が腐ってると署内はどんどん汚染されていくんだ」
「心中お察しします それで松原さんに頼み忘れていたんですけど……」
「何だ言ってみろよ?」
「死刑が確定した人間って拘置所にいるんでしたよね?
弱竹亜純との面会を取り付けて貰えませんか?」
「受刑者と違って拘禁者に厳戒な制限はねぇ
面会時に立ち会い人は必要になるだろうが…… まぁ俺が何とかして立ち会ってやるよ」
「ありがとうございます……
そういえば弱竹亜純の死刑判決が出てもうすぐ半年が経ちますよね?
死刑執行はまだなんですか?」
「奴さんは以前黙秘のまま 知り合いの話では随分と拘置支所で大人しくしてるらしい
だが弁護側は減刑を求めて不服申し立て…… 再審請求や恩赦等に躍起になっている
実際にあの事件の毒物の入手ルートは見つかっていない
加えてワクチン接種と偽って生徒に毒を投与した医者達の行方も分かっていないんだ
死刑囚はダンマリを決め込んでいるもんで 裁判側や検事側はどうやっても目線が弁護士に向いちまう
遺族達の手も緩まることが無いのに 大変だよなぁ弁護する側ってのも」
「もしかしてその毒もボツリヌス菌を改良した生物兵器……」
「残念だがそんな報告は届いてねぇ
無理矢理繋げると後が怖ぇぞ? まぁ面会出来るようになったら連絡する」
松原は火の付いた煙草を咥えながら坂を下りていく
木に貼り付いていた藤吉が火事を怖れ 松原にバケツ一杯の水をぶっ掛けていた
続いて岳斗も出て行こうとする
その面持ちはいつもの元気を削いでいる
「乗り気じゃねぇのか岳斗? らしくねぇ顔だなぁ」
「分かっとるんか安斎ちゃん?
親父の得体の知れへん企みを探偵のアンタに認識させてしもうた……
どうせ追うんやろ? 覚悟しろっていうんはそういうことなんやで?」
「何だよ今更じゃねぇか……
仮に親父さんがやろうとしていることを岳斗が肯定して
俺達と敵対するんなら遠慮する必要ねぇだろ? 俺とお前の決着はまだ先送り状態だ」
杞憂で済ませろと言わんばかりの安斎の助言に 岳斗は彼の両肩を強めに掴んだ
「ワシは推しカプに死んで欲しくないんや……!!」
「何だよ気持ち悪ぃな…… 俺とアイツはそんなんじゃねぇから……」
「……今二人だけやからちょっとボヤいてまうが 四季園家は底が見えへん
政財界の中枢は魔窟なんやで? ホンマはこの複数が絡み合う事件からも手を引いて欲しいんや……」
「二つの旧財団が何をしようとしてるかは分からない…… 分からないが……
人を誘拐してまで得られる大義に価値なんて無いだろ?
お前が怖れてんのは実家とその仲間との対立か?
心がグラついてんだったら姪の命とどっちが大事かしっかり天秤で量っとけ
俺は子供の人生を弄んでおいて それに勝る正義なんかありゃしないと思っている」
「……取り乱してすまんかった グラスフロッグは必ず見つけたるで」
岳斗も藤吉の毛皮を撫で繰り回して下山して行った
荷物をまとめた柴塚と合流すれば 最後に河上に挨拶する
「私も門脇先生の復讐や咲彩ちゃんと話がしたいけど…… 自由に動ける立場じゃないから……」
「河上…… もしかしたら次会う時は敵同士になるかもしれねぇ
情が移るよりも俺達とはここで別れておいた方が良い……」
「……私よりも殺し屋の事が分かってるじゃん 安斎先生」
「また予想もしない場所でお前と会える気がする こっちも腹を括っとくぜ!!」
「うん…… 気を…… 付けてね」
安斎と柴塚が暗殺の対象になった時
自分はどういう行動に出てしまうのか そればかりを考えてしまっている河上
二人を見送る際の表情はぎこちなく 藤吉が安斎に無意味にちょっかいを掛けている光景も
先の未来での不安が勝っている為なのか 感想を抱くのも困難だった
暁風楽校から家が近い建守颯颯の家へ徒歩で向かう二人
安斎はチラチラと目を配る住民の視線にも動じず
しかし建守宅の玄関前を見て その無表情が少し強張った
「息子さんの素行が悪かったって本当ですかお母さん?!」
「フリースクールに通っていたとお聞きしましたが
集団孤児誘拐事件にも関わっていたっていうのは本当なんですか?!」
「颯颯さんは人を殺しているんですよ?! 被害者遺族に一言お願いします!!」
「ネットで息子さんが何て言われているか知っていますか?! 偽善振った快楽殺人鬼ですよ?!」
「あ…… あの…… 買い物に行かせて下さい……!!」
建守の母親はマスコミに囲まれていた
自分にも濡れ衣が掛けられている為 あそこに跳び込むのは億劫な安斎だが
ここで彼も物事を天秤に掛けた 自分の保身か真実の発掘か
門脇の死に顔が頭をチラついてしまえば 踵を返す必要性が無くなる
「すみませんちょっと通ります……」
「なっ何ですかアナタは……?!」
集団を掻い潜って建守の母親と接触を図った安斎
「俺は…… トアル探偵事務所の安斎です」
「安斎……?? おいカメラ回せ!! 孤児誘拐疑惑が掛けられている犯罪者だ!!」
「颯颯君の事でちょっとお時間いただけますかお母さん?」
「安斎さん今まで何処に隠れていたんですか?! 姿を現したってことは自首するんですか?!」
「ここでは何なので…… どうぞ家に上がって下さい」
建守の母親の許しを貰って安斎達は敷地を跨ぐ
しかしメディア関係者はギリギリまで粘っこく引っ付いてきた
「孤児だから誘拐したんですか?! アナタに良心という物は無いんですか?! どうなんですか?!」
「…………」
安斎はマスコミの方を向けば 思いっ切りカメラのレンズに拳をめり込ませた
地に崩れ落ちる破損した機材の残骸よりも その場の全員は安斎に注目する
「なっ…… おまっ… ちょっ…… えっ??」
「……世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る by坂本龍馬」




